第6話

「営業中」という札がかかったドアを開けると母さんが文字通りの茶飲み友達とテーブルを囲んで談笑していた。


 そこを表に呼び出して「係長に変なことを言うのは止めてくれ」と文句をつけるつもりだったがウエイトレス姿のアヤミちゃんを見て諦めた。

「タカヒロくん、今あなたの話をしていたところなのよ、ここ席空いてるから話の輪に」


「入る訳ないでしょ」

 母の無神経な誘いを無視。背を向けて別のテーブルに座る。


「コーヒーのブラックを」

 注文を取りに来たアヤミちゃんに告げると彼女は舌足らずながらも澄ました声色で、

「アップルパイが今日のお勧めですがいかがなさいますか」と売り込みに来た。押し黙って様子を伺う母さんと暇な主婦連盟。


「じゃあそれもお願いします」

「かしこまりました」

 無難極まりない僕とアヤミちゃんのやりとりに主婦連盟も納得した模様。「ほう」と誰かがため息をつき、彼女達は席を立ち母さんが無言で軽く僕の肩を叩き帰っていった。


 励まさなくていいんだよ、駅ビル構内のいつものチェーン店カフェに行けばよかったと後悔。


 ちらりとカウンター内の飛騨乃ジンを見る。端正でダンディな横顔。アヤミちゃんは父親譲りの美形。アパートのドアを通り抜けたのは物凄く気になるが、迫られたのに追い返してしまった。あれは今考えると彼女に恥をかかせたのではいや公務員27歳が近所の小娘に手を出したら結婚決定同然だけど彼女も居ないし拒む理由は無かったしかしそんな事態になったら飛騨乃ジンさんの滞納分僕が立て替えることに。


「アップルパイとコーヒーのブラックでございます」

 アヤミちゃんの声で緊迫した妄想中断。アップルパイを一口食べてみる。量産品に無いおいしさ。

「おいしいです」


 ジンさんに言うと彼はクールな面持ちを崩し、リンゴについて熱く語り始めた。

「ケーキやパイに使うリンゴは西洋のものがいいんですよ。贈り物の詰め合わせには日本の生のリンゴがいいんですけどね。若い時修行でロンドンにいたことがあるんですが、ロンドンっ子も日本のリンゴの旨さには頭を下げるんですよ」


 寡黙な人だと思っていたら案外多弁なんだなと感心していたら来客。背広姿の背が高い強面の男性。東京からたまにくる出張者か。


 ジンさんはお喋りをぴたりと止め男性に訊いた。

「いらっしゃいませ。ご注文は?」

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