第50話 魔女の友人

 まじめで、礼儀正しく、賢くて、手先が器用な娘だった。

 だけど、融通が利かなかったり、変なところで頑固だったりするのが可愛らしい少女。

 呪術の才能もあって、将来が楽しみだった。

 ――レムリカ。

 レドンの村が焼け落ちたあの日、混乱の中で失われてしまった命。

 彼女が変わり果てた姿で村に戻ってきたとき、あたしはその事実を受け入れることができなかった。

 魔導人形ゴーレム人造人間レプリカントの合いの子と成り果てた、レムリカであったものを前に、ただ村の子供達を脅威から遠ざけるためアレを追い返すことしかできなかったのである。


 荒れ果てた村を立て直すために奔走するなか、魔導技術連盟から一つの討伐命令が送られてきた。

 レドンの村を含むこの辺り一帯の地方を治める貴族であり、一級術士でもあるこのあたしに対して『嘆願』や『依頼』ではなく『命令』をしてくるとは。

 実のところ、レドンの村に出現した古代兵器の魔導人形によって数十名の術士が殺害されたという被害届が一級術士フレイドルから上げられていたのだ。


 フレイドルの糞野郎!!

 あいつがやらかした事件で、あたしの村の人間を多く殺害しておきながら、恥知らずにも被害を訴え出ていやがったのだ。しかも、あたしが焼け落ちた村の後始末に手一杯のときに、自分に都合の良い解釈でもって連盟の幹部達を抱き込んでいたのである。

 そうしてあたしは、その地を管理する立場にある『魔女メディシアス』が始末をつけねばならない、と主張する連盟からの命令に従わざるを得ない状況に追い込まれていた。

 はらわたが煮えくり返る思いとはこのようなことを言うのだろう。目の奥で血が迸るような怒りを覚えた。

 フレイドルは言うまでもなく、あいつの言い分に耳を貸した連中にはいつか報いを受けさせてやる。


 この討伐命令には連盟本部の幹部である古参の魔女三人の署名もあった。

 古参と言っても一代の成り上がり一級術士達だ。百年を超えて歴代の魔女メディシアスが紡いできたような上に立つ者の矜持など持たない連中である。

 いつだって自分達の利益ばかりを優先して、古参の魔女共は自らの権益を拡張しようと暗躍している。

 大方、フレイドルのやつに賄賂か何か交換条件でも貰ったのだろう。


 そんなやつらの命令に従うのは気に食わなかったが、一方であたしは親友の亡骸を回収して弔いをしてやりたかった。

 急速に力を付けていくアレについても危険視していたので、あたしは『人造人間レムリカ』の討伐を命令通り執行する。


 あたしの大切な友人レムリカ、彼女は絶対に取り戻す。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 人造人間レムリカは極めて頑丈だった。

 気化爆弾を召喚する『爆鳴ばくめい水鉢みずばち』は、魔女メディシアスが扱う術式では最も使用頻度が高く、猛獣の一群さえ吹き飛ばす火力がある。強烈な爆風で単体火力としても申し分ない。

 それでも、レムリカを倒しきることはできなかった。

 ならば、と生物の大半を確実に死へ至らしめる『黄緑空気きみどりくうきの呪いばこ』という切り札も切った。対人用としては非人道的なほどの殺害効率を発揮する毒性気体を撒き散らす召喚兵器だ。


 毒気の中で苦しみもがくレムリカの姿に胸が痛んだ。

 だが、レムリカは『旋風』の術式で毒気を吹き飛ばして抗う。

「……あれだけの爆炎と……毒気にてられても死なないのね……やはり人間ではない……」

 追い込みで投下した『爆鳴ばくめい水鉢みずばち』も『石弾』によって空中で打ち砕かれた。

「……対空迎撃を……?」

 戦闘感覚センスが抜群に優れている。あの学習速度と応用力の高さは、生前のレムリカを彷彿とさせる。

(――あのも賢い子だった。生前と変わらないほどの知性を引き継いでいるということ……? それでは――)


「メディーっ!!」

 両手を開いて空にかざし無抵抗の態度を示すレムリカに、あたしは思考を中断して意識を戻す。馬鹿なことを考えていた。認められるはずがない。

「……やめなさいよ」

 強酸の薬瓶を怒りのままに投下する。

 自由落下するだけの薬瓶など避けられただろうに、レムリカはまともに顔面に酸を浴びてうずくまる。すぐに術式で生成した水で洗い流したようだが、私の怒りはそれで伝わったようだ。

 高速飛行で爆薬をばらまき、『炎弾』による着火で逃げる隙も与えずにレムリカを盛大に吹っ飛ばす。

 爆風で空中高く舞い上げられ、落下して地面に叩きつけられるレムリカ。

 友人と同じ姿をした存在を痛めつけるのは心が痛む。あと何度、あたしはレムリカを傷つけるような真似をしなければならないのだろうか。


 よろよろと立ち上がるレムリカの姿に、唇を噛みしめてあたしは耐える。

 余計なことを考えまいと、次なる攻撃の手を繰り出そうとして、思わず動きを止めた。

 足元が覚束ない様子のレムリカは地面に座り込むように膝を着いたと思ったら、これまでになく強い魔力の波動を放ち始めていた。

(――何をする気?)

 ぶつぶつと呟くレムリカの声が風に乗って聞こえてくる。本来ならば集中を高めて、意識制御のもとで口に出ることはない術士固有の詠唱。

『――我が思念を複製し、大地の恵みを糧にして、骨を、肉を、皮を、髪を、目を、歯を、舌を、爪を、血を宿せ――』

 力強い意思を感じさせる術式発動の楔の名キーネームが発せられた。

『生まれ出でよ!! 自己複製レプリケーション!!』


 レムリカの岩の腕に刻まれた魔導刻印が光り輝き、橙色の光の粒が無数に飛び交う。

 召喚術の前兆現象。

 そして現れ出たのは、二房に括られた灰色の長い髪を持つ少女の魔導人形。

 ぎだらけの煤けた白い肌。

 左右で色違いの瞳はガラスのように無機質で、体の部位は幾つか欠損し、それでも人としての姿を成立させたいびつな人形。


 あたしはその魔導人形のことを知っている。生前のレムリカから詳しく聞いていたからだ。

 召喚したのに言うことをちっとも聞いてくれない魔導人形だとレムリカが愚痴をこぼしていた。

 自己複製体、レムリカ=エラー。


 ぼんやりと生気の感じられない表情のまま、空を飛ぶメディシアスを見上げながら大きな手を天に向けて差し出す。

 創り出された魔導人形ゴーレムは痙攣しながら不器用に口を動かした。

『め、めめ……、メディ……?』

 自信なさげに首を傾げる言動。

 その仕草にあたしは激高した。

「おまえは何で……!! また同じように生まれてきたの!! 偽物に生み出された紛い物が!!」

 問答無用で爆薬により辺り一面を吹き飛ばせば、レムリカ=エラーは木の葉のように無抵抗のまま爆風で転がされていく。


 ――偽物。紛い物。劣化した複製体。

 そこに感情は見て取れず、召喚者の指示に従って簡単な動作をするだけの人形。

 それが本来の魔導人形というものである。


 決して、決して感情をあらわにしながら、苦しそうな表情で命乞いをするようなこともない。

 魔導人形ゴーレムのあるべき姿。

 人造人間レプリカントであっても、見た目が人間らしいだけでそこに本物の人間のような意識は宿らない。

 それが魔導技術学会においても定説であった。


「メディ!! お願いだから、もうやめて!! これ以上、戦いたくない!! 貴女を傷つけたくもない!」

 ましてや自らを滅ぼそうとする相手のことを、必死に説得するなどありえないことだ。

 であればこそ、あのレムリカそっくりの怪物はいったい何者なのだろうか……?

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