第48話 魔導技術連盟からの注文
私は、無心に木を引き抜き続けた。
森猪を一撃で叩き潰せる剛腕でも、大地に深く根を張った木を何十本、何百本と引き抜いていくのは容易なことではなかった。
「はぁっ……はぁっ……ふぅー…………」
何本目になるかもわからない木を岩の両腕で抱きしめながら一息つく。顔を横に向け、胸を密着させて、指先と指先をがっちり組んで、木の幹がみしりと音を鳴らすくらい締め上げてから一気に大木を引き抜く。
根を半ばから引き千切り、地面から引き剥がした後は横倒しにして持ち変える。
山道の整地までは私の仕事ではなかったが、引き抜いた木を引きずって既存の山道まで運ぶ過程で勝手に地面が均されていた。
自分の仕事で、少しずつ道ができていくのを見るのは楽しい。
着実な成果。誰かの役に立てるという確信。
私にとってこれほど気持ちのいい仕事はなかった。気分がいいものだから、ほぼ丸一日働き続けて疲れたらその辺で寝転がり、起きてお腹が減ったら適当に食事をしてまた働き始める。
昼夜を問わず、樹木を引き抜いては運び、疲れ果てて倒れ込むまで働き続けた。時には真昼の太陽の下で熟睡し、月明かりの下で作業を続けた。
雨が降っても構わず作業を続ける。
むしろ地面が柔らかくなって、木を引き抜く作業が捗った。
泥まみれになったけれど、次の日には晴れて良く乾き、泥は砂となって勝手に剥がれ落ちていった。
作業をしている間、猛獣に遭遇することはなかった。
元々、私には獣が近づいてこないのに、これだけ派手に動き回っていればわざわざ近づいてくる獣はいないだろう。それこそ魔獣の類でもなければ。
道を切り開いている近辺は、元から安全地帯と見なされていた。道筋を決めて標識を立てた前任者はいい仕事をしたといえる。
いくら私に近づいてくる獣がいないとはいえ、休憩しているときに見かけるのは小動物くらいで猛獣の類は遠目にも見かけなかった。当然、魔獣の姿もない。それほどにこの辺りは獣に襲われる心配がないのだ。
(……この道は、きっといい道になる。人の流れを作ってくれる……レドンの村にもきっと……)
そうして十日も経った頃、標識を辿って道を切り開き続けた私はついに景色の開けた岩場へと到達していた。
「ここが、石切り場……!」
どこまでも続くかと思われた樹海が唐突に消えて、赤茶けた大地と灰色の崖が切り立つ殺風景な岩場が目の前に広がっていた。
草一本も生えていない様子を見るに、ここだけ塩分でも多い土壌なのかもしれない。
これまで石材の調達は必要最低限の岩を切り出しては、術士の召喚術で森都に運んでいたらしい。
しかし、召喚術というのは移動する物体の質量やエネルギー量によって、消費する魔導因子の量も増える。人力で運ぶよりは遥かに楽だが、巨石を召喚するとなると等級の低い術士では日に何十個もとはいかないだろう。合間に十分な休憩を取る必要があるので、時間はとてもかかるはずだ。
それに岩を切り出すための職人はどうしても現地へ赴かなければならなかった。牙獣の森の道なき道を歩いていくというのは危険だし、長期間も見晴らしのいい石切り場に留まっていれば、いらぬ捕食者を招き寄せかねない。
だが、石切り場までの道が整備されれば職人の行き来は楽になるし、運搬用の台車を使えるなら術士にばかり負担をかけず誰でも石を運べるようになる。
「やったよー! 大仕事、やりとげたー!」
誰もいない荒野で大岩の両手を高々と掲げて私は一人、自身の偉業を褒め称えた。
ぱち、ぱち、ぱち……。
自分以外に誰も褒める人間などいないはずの荒野に乾いた拍手の音が響いた。
誰もいないはずの場所に、誰かがいた。
灰色の崖を背に、顎を上げて見上げるほどの高さの空中に『魔女』がいた。
布地の少ない奇抜なローブを着た黒ずくめの少女が、大きな箒に腰かけながら細長い指を揺らして拍手している。
大胆にさらされた白い脚に、蜘蛛の巣のようなレースが絡みつく。
何よりも特徴的なのは、つばが肩幅より広い三角帽子。
「お疲れさまね、本当にお疲れさま。この十日間、まじめに働く貴女の姿はずっと見ていたのよ、ずっとずぅっと……最初から」
「……メディ……」
私は幻でも見ているのだろうか?
森の開拓で体も頭も疲れ切って、夢を視ているのかもしれない。
あまりにも現実味のない状況に私は唖然として、懐かしい友人の姿をぼんやりと眺めていた。
「空から見下ろすと面白かったわ~。森に綺麗な道が生まれていくの。ぐねぐねくねくね曲がりはするけれど、一本の綺麗な白い道が成長する景色……見ていて退屈しなかった。忙しいこのあたしをこの場に縛って十日も飽きさせずにいたのだから、大したものよ、ええ、大したものだわ」
何度も同じ言葉を重ねる言い回しは、私が良く知る魔女の口癖だった。
その口癖に意識を引き戻されて、ようやく目の前にいる人が確かに私の知る一級術士、『妙薬の魔女メディシアス』であると認識する。
「メディがどうしてここに……?」
もう一度会えたら話したいと思っていたことは頭の端から砂のようにこぼれ去ってしまい、ごく当たり前の質問だけが口を突いて出てしまった。
「貴女はとても頑張ったから、ご褒美にいいことを教えてあげましょう。ええそう、これはご褒美かしら」
どうしてだろう。
メディシアスは私の問いに答えてくれているはずなのに、どこかよそよそしく、会話がすれ違っているように感じてしまう。
「貴女が冒険者組合で仕事を受けて来たように、あたしも仕事があってここへ来たのよ」
薄い唇が細く長く、頬を裂くように横へ伸びて笑みを形作った。
「魔導技術連盟からの
口元は変わらず笑みの形を保っているのに、魔女の声音は寒気がするほど冷たかった。
「特殊案件依頼『人造人間レムリカの討伐』。それがあたしの受けた
魔女は笑い、その形の良い唇からはひどく残酷な言葉が吐き出される。
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