第47話 特殊案件依頼

 レドンの村への支援で、貯めていたお金の大部分を置いてきてしまった私は、森都シルヴァーナに戻ってからは積極的に冒険者組合ギルドで仕事を請け負っていた。

 魔獣達の一斉襲来からしばらく、森都周辺から姿を消していた猛獣達が早くも数を戻し始めていた。

 『牙獣の森』の再生力は凄まじく早い。猛獣の討伐や木々の伐採をしないでいると、壁に囲われていない森都郊外などはいつの間にか森に呑み込まれていることも多々あるのだとか。

 森の中で朽ち果てた廃墟を幾つも見ることがあるのだが、それは元々森を切り拓いて暮らしていた人達がいた痕跡。一斉襲来で被害を受けたり、たまたま人手が不足して開墾速度より森の成長が勝った場合、過酷な牙獣の森の環境に取り込まれてしまうのである。


「……とまあ、牙獣の森ってのは相当に厄介な環境だからな! レムリカに頼みたい仕事は山ほどあるぞ! 頼んだからな! がははっ!!」

 冒険者組合のギルドマスター、シルヴァ・ダックスが森都の成り立ちから開墾の歴史まで、大声で丁寧に教えてくれた。私の他にも一緒に御高説を聞かされていた若手冒険者達が、うんざりした顔で「ようやく終わった……」「話長いんだよなぁ……」などとぼやいている。

 私は初めて聞く話も多かったので退屈しなかったのだが、子供の頃から森都で育った冒険者からすると耳にタコができるくらい聞いた話なのだろう。偶然にも通りがかったところで、ギルドマスターに捕まったのが運の尽きだった。


「あ、レムリカさん。少しお時間いいですか?」

「はい。大丈夫です」

 一斉襲来の後からだいぶ打ち解けてきた感じのある、見知った受付嬢が声をかけてきた。

 受付嬢は通常、仕事を探しにくる冒険者の対応がほとんどだが、ギルドでも目立つ場所に陣取っていることもあり、特定の冒険者にギルドの方で用事があるときには積極的に声をかけたり引き留めたりといった仕事もする。ギルドの奥の部屋で別の担当者が仕事の説明をすることも多いが、窓口で済んでしまうようなら受付嬢がその場で仕事の説明をしてしまうこともある。

 今回はどうもその手の類の依頼だったようだ。


「実は、レムリカさんへの指名依頼が入っていまして」

「指名依頼? それって特例討伐依頼みたいな?」

「いえ、指名依頼は名指しでの仕事の依頼というだけで、仕事の内容は簡単なものから特殊なものまで様々です。この前の一斉襲来で活躍したレムリカさんは名前がよく知られていますから、それで指名依頼が増えるんです。森都復興作業の時も、ギルドから仕事を割り振っていましたけど、かなりの数の指名依頼がレムリカさんに来ていたんですよ」

「そうだったんだ……。いつの間にかそんなことに……」

「他の人でもこなせるような普通の依頼でも、この人にやってほしい、みたいな依頼はよくあるんです。でも、有名な人ばかりに仕事が偏ってしまうのはギルドとしても歓迎していませんので、冒険者の負担にならないようギルドの方である程度は選別しているんです」

 確かに、誰だって評判のいい人に仕事を頼みたいと考えるのが筋だ。だが、それを全て許してしまうと一人に負担が偏るし、他の人に仕事が回ってこない。だから、明確な理由がある指名依頼だけを選んで、冒険者に話を通すようにギルドが調整しているのだろう。


「と、いうことは、私が指名される理由があるような仕事が来たということ?」

「ええ……まあ、ギルドでは判断に迷う程度に、レムリカさん向けの仕事かと思いましてお伝えしておこうかと」

 そう言って受付嬢が出してきた依頼書の内容は、森都から伸びる山道の開拓依頼というものだった。

 山中にある石切り場に通じる山道を切り拓きながら、付近の猛獣も討伐してほしいという何とも大雑把な依頼内容であったが、報酬はかなりの金額が約束されている。そして何より私の気を引いたのは、その山道がレドンの村方面へと伸びていることだった。


 私は現在、レドンの村の方へ伸びている街道および山道付近の猛獣討伐など、なるべくレドンの村の利益に繋がりそうな仕事を冒険者組合で積極的に受けることにしていた。

 レドンの村への道は山中で途切れており、途中からは獣道をかきわけて進むことになる。そんなふうに交通の不便がある場所なので、あの村は復興にも苦労しているのである。人も物資も行き来が大変なので、復興がなかなか進まないのだ。


 石切り場はレドンの村から少し逸れた場所にあるが、そこまでの道の整備は長い目で見てレドンの村のためにもなる。報酬もいいのなら余計にこの仕事を断る理由がない。

「この仕事、受けます」

「そうですか? 報酬はいいですけどかなりの重労働です。レムリカさんなら大丈夫とは思いますが、無理はしないでくださいね。それでも石切り場への道が整備されれば、石材の調達が捗るようになります。大勢の人に感謝されると思いますよ」

 面倒な仕事をあえて請け負う私に、ギルドの受付嬢はささやかな心配をしながらも微笑んでくれた。私はレドンの村のためと思っていたけれど、森都への貢献になることも悪い気はしなかった。この街もまた、私にとって大事な居場所になりつつあるのだから。



 森都から伸びる山道は幾本かあり、牙獣の森の中域を迂回するように歪な曲線を描いて切り拓かれている。

 道を切り拓く度に猛獣の襲撃を受け、何度も作り直しをしながら他の街や村への道ができあがったらしい。あまり表沙汰にはされていないようだが、これまでに多くの血が流れ、相当な犠牲が積み重なって作られた道なのだそうだ。

 今回の依頼を受けるにあたって、冒険者組合からはそんな『道』に関わる逸話を聞かされていた。魔獣までもがうろつく牙獣の森を切り拓いて道を作るという事業は想像していた以上に困難で重大な仕事だった。


 既に先行して、切り拓く道筋には標識が建てられているという。

 安全な道を決めるだけの作業でもかなりの人的損耗があったとのことだ。それも当然だろう。安全と危険の境界を調べる仕事だ。猛獣の気配がない、さらには実際に襲われなかった地帯を安全と見なすという体を張った調査になる。

 あまりにも安全策を取ってしまえば道が無駄に長くなる。かといって危険地帯を見誤れば猛獣に襲われる恐れがある。

 そうした地道で危険な調査の末に、ようやく安全と思われる道筋を決めた。


 だが、問題はこの先である。

 いくら安全な道筋を決めたといっても、それは人間側の都合だ。いざ山道の開拓を始めれば、木々が切り倒される音に刺激された猛獣がいつ飛び出してくるとも限らない。

 森の異変を察知して、牙獣の森に潜んでいた魔獣が様子を見にやってくるかもしれない。

 それらの困難を全て排除しながら森を切り拓かないとならない。

「大変だけど、やりがいはある。この道、思った通り位置的にレドンの村に近いから、流通事情が少しは改善するはず……」

 直接的な援助にはならないけれど、少しでもレドンの村の助けになればいい。


 森の中を散策してしばらく、点々と設置された木の杭で作られた標識を見つけた。

 番号も書いてあるので、その標識順に道を切り開いていけばいい。

 などと、言うのは簡単だがその道となる場所には数えきれない本数の木々が生えている。こいつらを根こそぎ引っこ抜いていくのが特殊案件依頼の内容だ。

「それじゃぁ、始めますか!!」


 やけくそ気味に気合を入れて、私は目の前の大きな木を岩の両腕でがっちり挟むと、地面から根っこごとブチブチと引き抜く。かなり広く根を張っていて、引き抜こうとすると私自身の足場まで盛り上がってしまう。

 半ばから根を引き千切って引っこ抜いた木は、あらかじめ整地されていた既存の山道の脇へと放り投げる。これは後で森都から木材の回収に来る人がいるので、引き抜いた木はなるべく既設の道の近くまで運んでおいてほしいという要望だった。


 この作業を石切り場まで続けなくてはいけない。怪力を持った私であっても過酷な労働だ。

 一瞬、魔導を使って木を掘り起こそうかと思ったが、あまり派手に地面を隆起させてしまったら整地しないといけない。精神的な疲労を伴う術式を使った上に二度手間がかかるのと、一本一本地道な作業になっても有り余る体力で引っこ抜いていくのはどちらがいいのか。


「…………ふぬっ!」


 私は結局、腕力でこの依頼を解決することに決めた。

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