第46話 陰日向に助けて
グレミー獣爪兵団が森都シルヴァーナから去った後、私は営業を再開した虎人ティガの宿屋へ身を寄せていた。
街の復興が一段落して、復興作業に当たっていた人員も引き上げたことにより、森都は普段の落ち着きを取り戻している。
「おぅい。レムリカの嬢ちゃんよぉ。今日は仕事に行かねぇのか?」
「んー……決まった仕事はないかな。冒険者組合の方には顔を出すつもりだけど」
一階の食堂でダラダラとしていた私に宿屋の主人であるティガが声をかけてくる。
「のんびりしたもんだなぁ。そんなんならグレミー達と一緒に行けばよかったろうに。はぁ~……俺は一人だけ残されて、しけた宿の管理とかよ。怪我さえなけりゃ行きたかったぜ。秘境探索の旅……」
「ティガ……」
確かにグレミー達が旅立ってからというもの、既に生活するに困らなくなっていた私は気が抜けていた。
炎熱術士フレイドルに復讐を果たすといっても、まずフレイドルに関する情報集めをどうしたらいいか思いつかなかったのもある。
魔導技術連盟で馬鹿正直に聞いたところで、五級術士で素性の怪しい私では一級術士であるフレイドルの情報を教えてもらえるとは思えない。
最悪、フレイドルを害そうとしているとして捕まるかもしれない。既に一戦やらかしているし、事実フレイドルに復讐しようと考えているので言い訳もできないのだ。
「まー、お前さんの苦労は森都に来た頃から知っているしよ、のんびりするのも悪かねえけどな。何かやりたいことでもあれば今のうちにやっといたらいいんじゃねえか? 買い物でも何でも時間あるときによ」
「やっておきたいことか……」
一つ、あるにはあった。
ひとまず自分の生活が安定したところで、どうしても気になっていたことが頭を過ぎる。
「ティガ。私、二、三日は戻らないかも」
「お、早速やりたいことでも思いついたか。いいね、いいねぇ。行ってこいよ」
思い立ってすぐに私は出かける準備を整えた。荷物の大半は宿の倉庫に預かってもらっておいて、召喚術で取り寄せられるように陣を組んでおいた。信頼できる荷物の保管庫がないとできない仕込みだが、その点でティガは信頼できた。
付き合いも長くなって、グレミー獣爪兵団がいなくなってからは特にお互いの関係性が近づいたようにも感じる。残された者同士という奇妙な信頼関係ではあったが。
森都シルヴァーナを発って、街道をしばらく走り抜ける。
今の私の体力なら、馬車に乗っていくよりも自分で走った方が早い。もっとも、乗合馬車などに私が乗せてもらえるかそもそも怪しいという理由もあったが。
それに、今から行く場所──レドンの村は山奥にある。
街道はやがて途切れて、森の中の獣道を突っ切っていくことになる。
正直、逃げ出すほかなかった故郷に戻るのは怖い。戻っても村に受け入れてもらえる可能性は皆無だ。それでも、私が逃げ出した後にレドンの村がどうなったのか、それだけは確認しておきたかった。
レドンの村には翌日の昼に辿り着いた。
以前にレドンの村から森都シルヴァーナへ向かった時は数日を要したが、既に一度通った道を迷いなく辿れたので思いのほか早く到着することができた。気が
あまり村に近づき過ぎて、自分の姿を人に見咎められると騒ぎになるかもしれない。
ひとまず村の全景が見える地形を探して遠くから様子を窺うことにした。
幸いにもゴーレムの体になってから視力も上がっているため、村の全景が見える崖上からでも家の一軒一軒の様子がわかった。
炎熱術士フレイドルの襲撃で多くの家が焼け落ちてしまい、その焼け跡はまだ村のあちこちに見て取れた。
焼けた家の残骸がまだ片付いていない所も多く、比較的延焼が軽度だった家屋だけが修繕されて使われているようだ。復興がやけに遅れて見える。
村の畑も半分くらいは荒れている。こちらはフレイドル達の襲撃で荒らされたというよりは、人手が足りなくて放置されてしまったという感じである。雑草が伸び放題になっている畑があちこちに見られるのだ。
(……人手が急に減って、村の自給体制が崩れているのかも……)
村の指導者も失ってしまって復興が遅れれば、このまま困窮していくばかりだ。
魔女メディシアスが管轄している村なので放置されているわけではないと思うが、彼女も忙しい身であるから一から十まで復興の手助けはできていないはず。
せめて村の自給体制が正常な状態へ戻るまでは支援が必要になるだろう。
だが、私には表立ってこの村の支援をすることができない。
村の人達は私のことを『レムリカの皮を被った化け物』と認識するだろうし、仮に『レムリカ本人』と認めてくれたところで炎熱術士フレイドルと直接的ないざこざを起こした私が村にいるのは新たな火種を招き入れかねないからだ。
そんな私にせめてできることと言えば……。
夜が深まり、村の住人達が寝静まった頃。
私は出歩く人の気配がないことを確認してレドンの村へとこっそり入り込んだ。
彼らになんとか金銭的な援助をしてやりたいが、出所が不明な金銭をいきなり家に投げ込まれたりしても不気味なだけだろう。それとなるべく援助は村民へ公平に行き渡ってほしい。
そこで私は一計を案じた。
今は誰も住んでいない村長の家の庭に、大きな氷の柱が地面から伸びるような形で創り出して、その中に援助金を封じ込めた。氷の柱は大きく完全に溶けるまでは数日かかる。一方で、数人がかりの人力で氷を割れば時間はかかるが一刻もあれば中の物を取り出せるようにした。
氷の柱にはお婆様が昔から使っていたサインを大きく彫り込んでやる。氷自体がかなり大きいので私の岩の指で削るようにサインをかけばちょうどいい。
こうしておけばお婆様が貯蓄していた財産が、過去に仕掛けたお婆様の死後に発動する術式で姿を現したと勘違いしてくれると思うのだ。
実際、似たような方法で財産を残す術士は少なくない。自分の死後、家族などに遺産が確実に渡るように、血縁者が近づくと発動する術式で遺産が姿を見せるように仕込んでおくのである。
今回はそう見せかけることが目的なだけなので、術式にあまり込み入った条件付けはしていない。
ただ、分厚い氷に閉じ込めることで、まずは村の人達に『お婆様のサインが入った隠し財産がある』という事実だけを知らしめて、村の皆に周知された後で氷の中の金銭を受け取れるようにした。これならば第一発見者が欲を出して独り占めということもなく、村で公平に分配しようという方向に動くはずである。
翌日の朝、突如として元村長の家の庭に出現した巨大な氷の柱を見つけて、村民達は大騒ぎになっていた。
大騒ぎと言っても村人の人数がだいぶ減っているので、かつての住人の数を思えば小さな人だかり程度に見えてしまうのは悲しかった。
彼らはしばらく危険がないか、これが何なのか氷の柱を調べていたが、氷の柱に彫られた今は亡き元村長のサインを見つけて何かしらの結論は得たらしかった。
少しばかり議論があって揉めたようだが、氷の柱内部に金貨や銀貨が見えることからこれを取り出そうという流れになったらしく、村人総出で氷の柱を削る作業が始まっていた。
削って取り出した金銭を持ち逃げする者が出ないように、周囲で監視している村人の数も多い。
読み通り一刻ほど時間をかけて氷の柱に埋め込まれた金銭は取り出された。その後、村人がそれらを一ヶ所に集めてから均等に分け始めた。
ひとまず私の思った通りに無事、援助金は村人全員に行き渡りそうだった。
もしここで村人が協力し合えずに、金銭の奪い合いになるようならこれっきりにしようと思っていた。村に不和をもたらすようなら下手な援助はやめた方がいい。
だが、あの様子なら村人達は公平に分け合って、お互い助け合って村の復興に当たることだろう。
それならば稼いだお金を定期的に援助として持ってこようと思った。
私にとって炎熱術士フレイドルへの復讐は第一だが、故郷であるレドンの村が復興してくれることもまた同じくらいに大切なことだったからだ。
あとは何か、間接的にでもいいので、表立って復興援助に役立つことができないか、私は森都シルヴァーナに戻って考えることにした。
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