第45話 復讐を遂げるまでは

 牙獣の森・中域での狩猟任務。私を含むブチ分隊は擬態樹を倒した後、早々に引き上げることになった。

 擬態樹の皮は見た目が樹皮のようでいて性質は動物の皮に近いため、色々と面白い使い道があるとかで高値で売れるらしい。丸々一体分の擬態樹の皮なら狩猟の成果としては十分であった。

 だが、狩猟を切り上げた最大の理由はやはり牙獣の森・中域が危険すぎるからだ。さらに森の奥には魔獣も徘徊していると聞くし、長居をすればそういった厄介な獣を引き寄せてしまうかもしれない。


 分隊長のブチは「ん~……どうすっかなぁー……」と考えているようで何も考えておらず、無駄に牙獣の森での滞在期間を延ばしそうだったので私から強めに帰還を勧めた経緯もある。狐人のゴンあたりが素直に賛同してくれたこともあって、ブチ分隊は無事に成果を上げての帰還となったのである。

 結果として、帰還の最中にも森の中域を抜けるまでに何度か見たこともない猛獣に襲われるなどして、それを狩っていたら思いのほか多くの収穫を得ることになっていた。


 そうして私達は数日間をかけて、森都シルヴァーナのはずれにあるグレミー獣爪兵団の拠点に意気揚々と戻ってきた。

「おう! お前ら、どうやら全員無事に戻ったみたいだな。その様子だと、成果は上々ってとこか?」

 鼻も耳もよく利くグレミーが真っ先に気が付いたようで、私達が機嫌よく帰ってきたのを見て遠征の結果を察したのか、口を耳元まで広げて顔をニヤニヤさせながら軽快な足取りで近づいてくる。

「いやぁ! 大収穫でしたよね、レムリカの姐さん!」

「他の連中にも姐御の武勇伝を聞かせてやりやしょうぜ!」

「ほんとになぁ、レムリカに分隊長の仕事、任せて良かったなぁ~。俺じゃぁー、こうもすんなり行かなかったとこだぁ~」

 ブチ分隊が任務から戻ったとき、何故か私が分隊の隊長になっていた。


 力押しで物事を解決しようとするブチの分隊において、そのまま見てはいられなかった私が計画的な行動を促して仕事を進め、時には恐ろしい強敵を打ち倒したことで「姐御!」「姉さん!」と持ち上げられてしまった結果である。

「おめえら……戻ってきたら、なんで立場が逆転してんだぁ?」

 私を持てはやすブチ分隊……いやレムリカ分隊の様子を、呆れた表情でグレミーが眺めていた。



 牙獣の森の遠征から戻ってしばらくは、のんびりと休暇を取ることになった。

 一緒に遠征していた兵団の獣人達もさすがに疲れたのか、皆が拠点でひなたぼっこをしたり、昼まで寝ていたりとダラダラして日々を過ごしている。

 だが、帰ってきてすぐ収穫物を整理して売却するのに付き合っていた私は割と忙しかった。


 薬草軟膏などは特に、私が目を光らせておかないと価値がわかっていない獣人達では、あこぎな商人に買い叩かれてしまう。

 商業組合の買取窓口では案の定、買取拒否からの買い叩きをされそうになっていたので、一旦は冒険者組合を通して売ることにした。私としては期待以上の販売価格にはならなかったのが悔しいのだが、一般の相場価格には届いていたので今回はよしとした。薬草軟膏の品質が認められれば次はもう少しいい値段で売れるだろう。


 擬態樹の皮はかなりの高値で売れた。ここ数年、一つも出回っていない珍品として注目されたようだ。

 一応、擬態樹の肉部位も回収してきていたのだが残念ながらこれは食用に向かないらしく、家畜飼料や肥料として買い取ってもらった。私の送還術で運んだから大した手間にはならなかったが、もし人力で運んできていたら全く割に合わなかった。それでも結構な量があったので、金額としてはそれなりにまとまったものになっていた。


「ようやく遠征の後始末が終わった~」

「お疲れ様だなぁ、レムリカの姐御ぉ」

 冒険者組合での買い取りが終わって帰ってきた私を、拠点の入口付近でひなたぼっこしていた鬣狗人はいえなびとのブチが迎えてくれる。

「ブチはお昼寝? 気持ちよさそうだね」

 上半身裸で、といってもふさふさの毛皮に包まれた半身だが、頭から背中にかけて生える立派なたてがみを風に揺らしながらブチは気持ちよさそうに陽だまりで昼寝している。

 思わずそのふさふさした鬣に手を添えて軽く撫でてしまう。

「あ~……。レムリカの姐御ぉ? 鬣をそんなに撫でられると気になって仕方ねぇんだけどなぁ?」


 牙獣の森の獣にさえ避けられてばかりの私では、大好きな犬猫を撫でて愛でることも今では叶わない。

 だが、ここの獣人達は逃げないでモフモフさせてくれる。たまにやり過ぎて逃げられるが。

 一番のお気に入りは熊人グズリの毛皮だ。一般的な獣人と比較すればゴワゴワとして固い毛並みらしいのだが、岩の腕の私にとっては丁度良い抵抗感のある柔らかさでとても撫でがいがあるのだ。

「あ、姐御っ! 強い……っ! 岩がぁっ……!?」


 だが、あまりにも触り心地がよくて半日くっついて撫で続けていたら、ついにグズリも恥ずかしがって逃げてしまった。

 思い返せばかなり距離が近過ぎたかもしれない。種族としてはだいぶ離れているが彼も大人の男性だ。あちらが私を女性として意識しているとは思えないが、愛玩動物のように撫でくり回されては体裁が悪いだろう。

「ひぎぃいいっ……。は、禿げるぅうう……。鬣が禿げるぅ……」


 小耳に挟んだ程度ではあるが、どうも私とグズリが情を交わしたような噂まで立つほどだった。その手の下品な噂は傭兵団なんかでは当たり前にあることだけれど、変な誤解が広まってしまうのもよくない。

 そんなこともあって私はグズリだけを撫でるのでなく、毛並みの良さそうな他の獣人も撫でさせてもらうことにした。以降は変な噂が立つこともなくなって、私は私で色んな毛並みを堪能できるので問題は万事解決したと言っていい。


「…………は、禿げっ……」

 私に撫でくり回されたブチは、よほど気持ちよかったのか恍惚とした表情でぐったりと横になっている。

「お昼寝の邪魔しちゃ悪いし、これくらいにしておくよ。続きは……グズリいるかな?」

「……グ、グズリよぉ……逃げろぉ……」

 もう昼寝の続きを再開したのか、背後でブチがなにやら寝言を呟いていた。



 そんな楽しいひと時にも終わりが近づいていた。

 牙獣の森の中域で随分と稼ぎながら、私もすっかりとグレミー獣爪兵団に馴染んだ頃合いでグレミーが兵団の方針を告げたのだ。

「森都を離れる?」

「おう。元からの予定でな。俺らは次のでけぇ仕事に備えて資金を稼いでいたわけよ」

 グレミー獣爪兵団はある大仕事の為に数年に渡るであろう旅に出るとのことだった。


「いったいどこまで行くの?」

 私の問いにグレミーはいつも以上に不敵な笑みを浮かべて自慢げに語った。

「伝説の秘境『宝石の丘ジュエルズヒルズ』ってぇとこよぉ!」

「……秘境『宝石の丘ジュエルズヒルズ』……それってお伽話の類だったような……」

「いや、どうも本当にあるらしいんだな、これがよぉ。狡猾でかなりの守銭奴って有名な準一級術士が本気でその秘境を目指すんだと。情報の信憑性はかなり高い。そいつが同行者を募っていてよ。うちの兵団としても総力上げて挑むに相応しい冒険なわけだ。報酬も抱えきれないほどの宝石の山とくりゃぁ……賭けてみる価値はあらぁな」

「そっか……」

「レムリカ! おめえも来いよ。だいぶうちの団にも馴染んだし、正式な入団を決めてもいいんじゃねえか?」


 私は迷っていた。

 いな、心は既に決めていた。

 ただ、せっかくの彼らとの縁がここで切れてしまうのが惜しかったから、即答ができなかっただけだ。


「ごめん……。私、やることがある」

「ん~? やることだぁ? そいつは心躍る前人未踏の冒険よりもやりてぇことなのか?」

「人を……探さないといけない。その用事が片付かないと、私は、私の生きる道を決められないから」

 自然と岩の手に力が入り、みしりと岩同士の擦れ合う音が鳴る。

 私はグレミーの誘いを断った。私には、村を襲った炎熱術士フレイドルへの復讐という目的があったからだ。


 グレミーは私の様子をじっと観察して、やがて深い溜め息を一つ吐いた。

「復讐か」

 グレミーの的を射た発言にびくりと体が震える。

「最初っからよぉ、わかってたぜ。染みついた血の臭いに死んだような目で、それでも歯ぁ食いしばって生きる理由があるとしたら、てめえをそこまで追い込んだ野郎を呪い殺してやろうって魂胆だろ」

 まったく、グレミーは本当に鼻が利くというか、こういった人の感情を読み取るのに長けている。そこまで言い当てられてしまっては下手な冗談でごまかすこともできない。


「やっぱり復讐なんて馬鹿げていると思う?」

 私の問いにグレミーは心底くだらないといった様子で鼻息荒く吐き捨てた。

「止めはしねえよ。むかつく野郎がいるんだろ? それなら、気の済むまでぶちのめしてこいやぁ!!」

 ぱん、とグレミーが私の岩の手を叩いてから、額に向けて指を突きつけてくる。

「そうして全部終わったらまた、兵団に戻ってきな。生き方なんざ小難しく考えて決める必要もねえ。うちの団員を見てみろよぉ。どいつもこいつもその場の感情と本能でばかり動いてやがる。それの何が悪いってんだぁ!」

 大仰に両腕を広げて天に吠える狼人のグレミー。

 その快活さに私の気持ちは救われた気がした。


「うん……! そうだね、むかつく奴はぶん殴ってやらないとね!」

「おうよ! それでこそグレミー獣爪兵団の『圧殺隊長レムリカ』だぜ!」

「なにその物騒な名前!?」

 牙獣の森・中域の探索では私が一分隊を率いるようになっていたが、いつの間にそんな隊長名が付けられていたのか。


 ──だけど。この粗暴な獣人達の一員になって暴れ回る、そんな未来があっても面白いかもしれないと考えてしまった。

 山奥の村で大人しく呪術士として生活していたかもしれない私が、世界各地を渡り歩く荒くれ者の傭兵になるなんて痛快ではないか。


「お互い、つまんねぇ死に方はしねぇように気を付けようや。な?」

「グレミーも拾い食いとかしてお腹壊さないようにね。お肉には目がないんだから」

「ブチじゃねぇんだ。そんなことあるかよ」


 最後までふざけたやり取りで終わり、私はグレミー獣爪兵団と別れた。


 グレミー獣爪兵団は旅立つ。

 伝説の地、宝石の丘ジュエルズヒルズを目指す旅に。


 夢みたいな冒険に向かう彼らを私は眩しく感じながら見送った。

 自分はまだ、あんな風に自由な気持ちでは生きられない。

 せめて、復讐を遂げるまでは。

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