第44話 仲間達

 正直に言ってしまうと獣人達は純人すみびとに比べて頭があまり良くない者が多い。種族によっては純人と変わらないか、それ以上に知的な者もいるにはいるのだが例外であろう。

 おまけに手先もさほど器用とは言い難い。薬の調合などという作業は特に彼らにとっては苦手とする分野だ。

 それでも薬草を握れば擦り潰してしまう私に比べればだいぶましと言えた。


「土は綺麗に水洗いして落として、葉はそのまま擦り潰していいけど茎は汁だけ絞ったら取り除いてね。根っこ擦り潰すのは力入れちゃっていいよ。綺麗な泥状ペーストになるまで乳鉢で擦り続けて」

 泥状ペーストの塗り薬として薬草を加工してしまえば長持ちするうえ、高値で買い取ってもらえる。

 薬品の類を売るのは実績がないと鑑定に時間がかかるが儲けは確実に増えるだろう。


 言われるままに薬草の下処理を済ませて、乳鉢でひたすら擦り潰し続ける獣人達。

 作業に飽きて手元が疎かになってきている人には、肩をごく軽く揉んで労ってあげると仕事が捗るようだ。雄叫びを上げて気合を入れ直し、作業に集中してくれる。

 これまでは私一人だと薬草摘みも調合作業もできなかったが、私と比較すれば遥かに手先が自由な獣人達の協力を得ることで薬を作ることができる。薬を扱う呪術士としての尊厳を取り戻せた気がして私は嬉しかった。


「擦り潰すのはもう充分だね。あとは目の粗い布でして繊維を取り除いて、最後に清潔な油と消毒剤を少量入れて混ぜるよ。入れすぎは注意。そこは私が指示するから……。出来上がった薬は、瓶に移してから渡して」

 薬草の軟膏がなるべく劣化しないように、私は切り株の上に乗せた薬瓶を『微氷結レヴィス・ジェリードゥ』の術式で凍らせる。瓶を私がつかむと割りかねないので、手は触れずに両手で包み込むようにして冷やした。

 後は布で軽く包んで木箱に詰めるだけだ。

 冷却のとき私の手が大きすぎて薬瓶が隠れていたため、獣人達には何をしているのかよくわからなかったようで、ひんやりと冷えた薬瓶を不思議そうに木箱へ詰めている。

 こうした梱包などの見た目も品質の高さを保証する一つの方法だ。これくらいしっかりした出来栄えなら、森都の商業組合に持ち込んでも無下にはされないだろう。


「なんかよくわからんうちにできたなぁー、これ。作業はぁ大変だったけどなぁ」

「店で売ってる軟膏みたいだぜ」

「ばっか、そのものだろうがよ!」


 獣爪兵団の獣人達も最初は慣れない作業に戸惑っていたが、私の指示で作業を進めていったら、普段は見向きもしなかった草から高価な薬が出来上がるという不思議にえらく感動していた。指示に従って作業しただけとはいえ、自分の手で薬が作れたという事実が驚きだったようだ。

 今はもう、鮮やかな緑色をした薬草軟膏の入った小瓶を眺めて、獣人達は互いの薬の出来を競い合っていた。



 薬草採取が一段落した翌日、グレミー獣爪兵団ブチ分隊と私は獣の狩猟も少しやってみようという話をしていた。

 ここ牙獣の森・中域となると生息する猛獣もかなり危険度が高い。果たしてこの環境でまともな狩りができるのか、それを試す意味合いもあった。

「そんでなぁ、狩りしようと思ってんだけどもぉ。なんか全然、獣がいねぇんだよなぁ」

 森の中域まで来ればさすがに一斉襲来後であっても獣はいるだろうと踏んでいたのだが、思っていたよりも獣の気配が少なかったのだ。

「もしかすると私がいるからかも。いつも獣に逃げられていたし……」

「あー……? そんじゃレムリカ、息でも潜めていてもらっていいかぁ?」

 分隊長のブチとどうするか話し合ったのだが、あまり作戦を考えるのが得意でないブチは原因となる私を単純に隠すことにした。それも効果はあるかもしれない。


 ひとまず私は隊から離れて様子を見ることにした。

 皆から離れた後、大きな木の根元に膝を抱えてうずくまる。大きな岩の腕で体を覆うように包み、息を潜めて気配を殺せば木石の如く振る舞うこともまあまあ無理な話ではない。

(……私は石。動かない岩……)

 本気で石のように動かなくなり、ただ森の中の変化には気が付けるように、音にだけは意識を集中しながら時折視線だけを左右に動かして遠くを観察する。


 そんな風にして隠れ潜んで四半刻ほど過ぎた頃、ブチ分隊から大きな悲鳴が幾つも上がった。

 隊から離れていろと言われたが、私はすぐさま異常事態が起きたと判断して立ち上がり、ブチ達のもとへと駆けつける。


「皆、無事でいる!?」

 駆けつけたとき、ブチ分隊は何か巨大なものを囲んでいた。

 普段こそぼんやりしている雰囲気のブチが牙を剥きだして威嚇している。取り囲む獣人達がいずれも首を少し上に向けて身構えるほどにその存在は大きい。

「何と戦っているの……」

 薄暗い森の中、周囲に生える木々と遜色ないほどに大きな深緑色の影がゆらゆらと揺れ動いている。四足獣の体高ではない。二本足で立つ獣にしてもやけに細長い印象を受ける。


 獣人達が何と戦っているのか一目見ただけでわからなかったのは、ブチ分隊が囲んでいたのが一本の大きな樹木だったからだ。

 ざわざわと動く枝葉は奇妙なほどに横へ張り出していて、樹木の根っこが不自然に地面の上を這っている。

 私はこのような形で動く存在に見覚えがあった。

樹木兵じゅもくへい!?」

 レドンの村を襲ったフレイドル一派の三級術士フロガスが操っていた樹木人形ツリーゴーレムにそっくりな奴がそこにいた。


「レムリカのあねさん!! ありゃぁ、擬態樹ぎたいじゅでさぁ!」

 私が駆け付けたことに気が付いた狐人のゴンが叫ぶように教えてくれる。その焦った口調で、相対するこの擬態樹ぎたいじゅとやらが並々ならぬ敵だと察することができる。

 ざわり、と擬態樹の枝葉が音を鳴らしてしなる。

 太い枝が頭上から斜めに、取り囲む獣人達を薙ぎ払うように振り回された。

 反射神経に優れた獣人達はうまく避けるが、二人ほどは枝に引っ掛けられて吹き飛ばされる。しかも攻撃は一回に終わらず、何本もの枝が左右から切り返して振るわれた。


「────っ!?」

 比較的後方で様子を見ていた狐人のゴンが予想以上に長い枝の先端で運悪く顎を引っ叩かれ、がくん、とその場に膝を落とす。軽い脳震盪を起こしたのだろう。口を半開きにしたままその場で動けなくなっている。そこへ擬態樹の追撃が襲い掛かった。

「させないっ!!」

 私はすぐさまゴンの横に割って入り、擬態樹の一撃を受け止めた。ばしぃんっ!! と森中に打撃音が響き渡ったが、私は岩の腕でしっかりと擬態樹の枝を受け止め、力任せに引きずり倒そうと力をこめる。

 だが、擬態樹は他の枝葉を近くの木々に絡めて、体勢を崩されまいと踏ん張った。


 ――重い。私の力でもこれは引きずり倒せそうにない。

 そうとわかれば少しでも擬態樹に痛手を与えるため、引っ張りを一旦弱めてから改めて瞬間的に引っ張ることで枝を一本引き千切る。

 ぶつん、と枝が根元から千切れて、そこから真っ赤な血が噴き出して辺りに飛び散った。

「血!? もしかして、これ……動物? この見た目で獣の一種なの!?」

 手元に残る引き千切った枝をよく見ると、千切られた後も筋肉の収縮運動らしきものでじたばたと暴れ回っている。断面からは赤黒い肉がはみ出し、血を滴らせてもいた。


 このような化け物がうろついているのが、牙獣の森・中域の恐ろしさということか。道理で冒険者が誰も近づきたがらないわけだ。魔獣ですらない動物でこれなのだ。明らかに森都周辺の生き物とは危険度の違う怪物の棲み処なのである。


「ぐぅらぁああっ!!」

 いつになく獰猛な様子のブチが擬態樹の枝の一本に食らいつき、強靭な顎の力と鋭い牙で噛み千切る。即座に次の枝へと噛みつきかかるが、今度は少し太過ぎたのか噛み千切れずに咥え込むことになった。擬態樹は食いついたブチごと枝を振り回し、引きずり回されても牙を食い込ませたまま離れないブチを複数本の枝で何度も打ち据える。

「ぎゃはぁっ……!!」

 たまらず枝から口を離して地面を転がるブチ。そこへ擬態樹が木の根のごとき足を動かして、まるで怒り狂ったかのようにブチへ集中攻撃を与えんと迫る。


「ブチの兄貴ぃ!?」

「やべぇっ!! やられるぞ!!」

「止めろ止めろ!!」

 ブチ分隊の獣人達が一斉に擬態樹へ攻撃を仕掛けるが、擬態樹は傷つきながらもブチへの執拗な殺意を見せて複数の枝を樹上に持ち上げる。

 全力でもって叩き潰すつもりか。それはやらせない。


 ブチや獣人達が擬態樹の気を引きつけている間に精神集中を終えていた私は、右腕の魔導回路に魔力の源たる魔導因子を集めて術式を発動した。岩の大腕に刻まれた古き魔導刻印に橙色の光が灯り、私が得意とする土石系の共有呪術シャレ・マギカが撃ち出される。

『撃ち抜け!! 大石槍マグナム・ストォヌ・アースタ!!』

 擬態樹の幹よりも太く長大な岩の塊が私の拳の先端に出現して、魔導によって生じた運動力と突き出した拳による推進力で飛翔した。


 今まさにブチを叩き潰そうとしていた擬態樹の胴体に『大石槍』が突き刺さり、あっけなくその幹が撃ち抜かれると体を上下真っ二つにされた擬態樹から大量の血液が噴き出す。

 そうして間もなく、擬態樹の動きは鈍くなり完全に動きを止めるのだった。

 擬態樹の枝が近辺の樹木に絡まって、擬態樹の上半身はさながら磔にされた人間のようにだらりと空中にぶら下がっている。


 周囲の獣人達から歓声が上がり、倒れたブチに駆け寄る者が数人いるほか、残りの元気な獣人達は私の周りに集まってはしゃぎまわる。

「すげぇぜ!! 今の魔術ってやつだろう!?」

「レムリカの姐さんが術士って本当だったのかよ!?」

「冗談だと思ってたぜ! 薬士の真似事が精々かと!」

「信じらんねぇな、こりゃ! あの剛腕に加えて、大砲みてぇな術までぶっ放すなんてよぉ!」

「今日からレムリカさんのこと、姐御って呼んでいいっすか!!」


 こんな危険な戦闘の後だというのに、獣人達は擬態樹に殴り飛ばされた者まで笑って立ち上がり、陽気に騒いでいる。

「あぁ~。まいったなぁ~。レムリカにすっかり助けられちまったぁい。あぁ、もうほんと、腹減ったなぁ……」

 擬態樹から相当に手酷く殴られたブチもよろよろと立ち上がってこちらへ歩いてくる。いつもの優し気でのんびりした様子に戻ったブチと、彼を支える獣人達、私を囲む皆の姿を見て私は──。


(――良かった。皆が無事で。誰一人欠けずに、笑っていられる……)

 本心から、仲間の無事に安堵していたのだった。

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