第43話 動かせる手足
森都郊外からさらに外れた場所にあるグレミー獣爪兵団の拠点に身を寄せたその日。
私の歓迎会と称して酒盛りの宴会が始まってしまった。特に私を気遣うでもなく、ただ大騒ぎがしたかっただけなのか、散々に飲み食いした挙句に拠点のあちこちで獣人達が雑魚寝するという大荒れの初日となってしまった。
かくいう私も少しだけお酒を飲んで、無謀にも腕相撲の挑戦をしてきた獣人達十数名ほどを捻じ伏せた後、いつの間にか拠点の奥の方にある部屋で眠りこけていた。
固い石の床に毛布を敷いただけの寝床だったが、不思議と寒々しい感じはしなかった。
森都に来るまでは山で野宿もしていたし、雨風をしのげる建物の中で毛布一枚があれば上等だ。
何よりも、大勢の人に迎えられ、囲まれて過ごした一夜はとても楽しいものだった。
グレミー獣爪兵団に世話になることとなって兵団への勧誘を受けた私は、森都シルヴァーナの復興が落ち着くまでの仮入団という形で承諾した。煮え切らない態度の私に対して、グレミーは「わけありか」とひとまず納得してくれたようだった。
「仮とはいえ、兵団の一員になったんだ。今後の方針は伝えておくぜ。何はともあれ今は仕事がねえ。蓄えは充分だが、それを漫然と食い潰しちまうんじゃ、次のでかい仕事に差し支えるからな。色々と考えているんだぜ、俺様も」
魔獣による一斉襲来の後、森の獣の数が減ったことで狩りが仕事にならずグレミー獣爪兵団は暇を持て余していた。森の中は広範囲で生態系が荒れており、かなり奥深くまで潜らないと獣の狩猟もままならない状況なのだ。
それでも牙獣の森が秘めた再生力は底が知れない。数ヶ月もすれば森奥の獣が進出してきて、また以前と同じように獣で溢れかえるだろうという話だった。
グレミー獣爪兵団は一斉襲来のときの活躍でそれなりに稼いだものの、暇をしているとろくでもないことに金をつぎ込んでしまう団員達にグレミーは頭領として危機感を持っていた。
かといって近場では薬草採取くらいしかやることがない。しかし、薬草採取の知識がないグレミー獣爪兵団はさっぱり仕事が捗らないそうである。
グレミーは早々に薬草採取の仕事は諦めて、森の奥まで入り込んでの狩猟計画を立てていた。なるべく貴重な獣の素材を手に入れて、よその街に遠征へ行った時に売り払う考えである。
「森の奥に入ってまで狩りをするの危険でしょ? 聞いた話だと魔獣が普通の獣みたいにたくさん生息しているって……」
「まあ~、相当に危険なんだけどよ」
グレミーも森の奥に分け入る危険性は承知しているようだった。それでも他に仕事がないのだから仕方ないということか。
「うーん……。薬草採取なら私が手伝えるかもしれない。薬草摘みの人手を出してくれるならだけど」
「お? 本当かよ。レムリカお前、冒険者組合じゃ薬草採取が雑で土地を荒らすから狩り専門になったんじゃねえのか?」
「……な、なんでグレミーがそのこと知ってるの?」
「うちの情報網、舐めんなよ。てか、お前は森都じゃ有名過ぎていくらでも噂話が聞こえてくるんだわ」
思わず顔を赤くして俯いてしまう。この様子ではあることないこと、色々と恥ずかしい噂まで広まっていそうである。
「……入団したばかりだからって気負わなくていいんだぜ。お前に力仕事以外は期待してなかったしな。頭使う仕事は俺に任せとけよ」
残念な子を慰めるような口調と表情でグレミーに肩をぽんぽんと叩かれる。みじめだ。余計に悲しくなるからやめてほしい。
「できるし……。私、薬草の知識とかあるから。ただ、薬草を摘むのに手が不器用なだけで……」
「まあそこまで言うなら……ちょっくら試しに薬草採取に行ってくるか? ブチの分隊を一つ出してやるからよ。ただ、森の浅いところでの採取はやめておけ。街の近場を荒らすと冒険者組合や狩人組合がうるせえ。普通の冒険者や狩人が入り込まない所でやってくれや」
「いいの? そこまでしてもらって」
「兵団のために仕事してくれるってんだから当然だろ。どうせ連中も暇してやがるんだ。疲れ切って馬鹿みたいなことに金を使う余裕がないくらい扱き使ってくれや」
こうしてグレミーが私の提案に乗り、獣爪兵団からは
牙獣の森・中域へ踏み入ることになった当日、
グレミー獣爪兵団の拠点には自分の荷物を保管してくれる倉庫もあったので、必要になったらここから物資を召喚できるように調整してもらった。おかげで持っていく荷物は最小限で済みそうだ。
意外なことに、私が簡単な召喚術なら使えるとわかったグレミーはえらく興奮していた。
獣爪兵団には術士がいないので、遠征の際にはいつも大荷物を運んでいるそうだ。遠方からでも荷物を召喚できる術士は兵団としては喉から手が出るほど欲しい人材だったようである。その場で本入団の勧誘がまた始まりそうだったので、私は出発の準備があるからと逃げだしてしまった。
荷物の整理も終わってしまったので、グレミーが再び来る前に出発してほしいのだが分隊長のブチは
「ふわぁ~あ。十五、十六、十七……ぶわっくしょん!! んあ? えーと、何人まで数えたっけかなぁ?」
「十八まで数えてたっしょ、ブチの兄貴」
「そうだっけか? そうすると後二人はー。あー、俺とぉ、ゴーレムっ子のレムリカでしまいかぁ。全員いるなぁ。ブチ分隊、いつもの二十人ぴったりだぁ」
「……もう一回数えた方がいいと思うよ」
私が加わったらいつもより一人多いはずだから、誰か一人いないようだ。何も言わないとこのまま出発してしまいそうだったので、さりげなく人数の再確認を促しておいた。
もう一度、人数を確認しているうちに残りの一人も加わって総勢二十一名が揃って牙獣の森へと出発した。
「なんか今日、一人多くないかぁ? なぁんで二十一人もいるんだろうなぁ?」
「ブチの兄貴、そりゃレムリカさんがいるからっすよ!」
「そういえばそうかぁー。ああ、なんか腹減ってきたなー」
「朝飯は食ってきたっすよね?」
「あーそういえば食べたなぁ、忘れてた。それで腹減ったと勘違いしたのかもなぁ~。満腹だったわー」
「…………」
この分隊、無事に牙獣の森から帰って来られるのだろうか、一人も欠けずに……。
牙獣の森へ入って数刻、朝に出発して順調に森の中を進み、日が傾いてきた今は牙獣の森の中域に既に入ったとみていいだろう。
「ブチ、この辺りで薬草を探しておきたいんだけど。日が暮れる前じゃないと、手元が見えなくなるでしょ」
「んあー? ああ、そっかぁ。薬草取りに来たんだっけかぁ」
本気で森へ何をしに来たのか忘れてしまったのだろうか。元々は私が提案したことだし、目的意識は薄いのかもしれない。
ブチはかなりぼんやりした性格だとは思っていたが、これほどに迂闊だと私が作業を誘導しなければまともな仕事にならないかもしれない。普段のグレミーの苦労が想像できるというものだ。
薬草には既に目星を付けていた。森の中域に入ってから植生をよく観察して、薬草類が群生していそうな場所を把握しておいたのだ。
「少し戻るけど、野営の準備をする人以外は私に付いてきて。なるべく手先の器用な人がいいんだけど」
「野営かぁ。大した準備ないし、全員で薬草取りに行ってもいいなぁ?」
「……いや、ダメでしょ。地面均して寝床の用意とか、食事の準備とか、あるでしょ?」
「あー、そりゃそうだぁ。じゃあ、半分も残ればいいかぁ」
ようやく分担が決まり、ブチを含めた十人が野営の準備に取り掛かり、残り十人が私に付いてくることになった。
薬草摘みということで小柄な部類の獣人達が選ばれている。
その獣人のうちの一人である狐人のゴンが私のすぐ隣に駆け寄ってくる。
「そいで、薬草はどんなのを摘めばいいんで? あっしら草のことはとんと知識がねぇ」
「それは大丈夫。最初に見本となる薬草を見つけて渡すから、それと同じものを探して摘んでくれればいいよ」
「なるほど。それならわかりやすくて助かるってもんだ」
野営の場所からそう遠くない森の一画で私は目星を付けていた薬草の群生地を獣人達に教える。
「ほら、ここに集まっているのが
「へ、へぇ……。詳しいっすね……レムリカさん。なんか手慣れた感じで、森都の医療術士さまみたいだ」
きびきびと指示する私に狐人のゴンは若干引いていた。たぶん、私のことを完全に武闘派だと思い込んでいたのだろう。私は元々、呪術士だ。薬草摘みや薬の調合といった、こうした作業の方こそ本職なのである。
「猛獣とか周囲の警戒は私がしておくから、採取に集中してね」
「へいっ! 了解しやした! おい、皆! レムリカさんが監視役だ。手を抜いてサボるんじゃねぇぞ!」
狐人のゴンが率先して作業を始めると、他の獣人達も見よう見まねで作業に取り掛かり始めた。
私は周囲の警戒をしながらも、獣人達の手際を観察していた。
最初はぎこちない動きだったが荒っぽい感じはなく、勝手がわからないからこそ丁寧にやろうとしている様子が見て取れる。
「そうそう。それくらい慎重でちょうどいいよ。優しくね。あと、こういう藪の中を探すときは気を付けて。たまにこういう──」
ガサガサっと草葉の中から急に飛び出してきた
「蛇が潜んでいることは多いから。これは毒のないやつだし、そこまで危険じゃないけど噛まれると痛いよ」
「た、助かりやした! レムリカさん!」
下手すれば斑大蛇に鼻先を噛まれていたであろう犬人が震えながら感謝の言葉を述べた。首を握りつぶされてぐったりとしている蛇の死骸をチラチラと見ては顔を青ざめさせている。無理もない。毒を持っていないと言ってもかなり大きな蛇だ。噛まれれば鼻の肉を削がれているところである。
ここは既に牙獣の森の中域。
獣の一斉襲来で辺りの猛獣が減っているとはいえ、危険生物はいくらでも潜んでいる。油断は禁物だ。
薬草が一ヶ所に群生していたことと、人数が十人もいたことで採取はすこぶる捗った。おかげで半刻もしないうちに大籠はいっぱいである。
「もう充分かな。作業を終えて、野営地に戻ろう!」
『うっす!! お疲れさまでした!!』
作業している間に一体感でも生まれたのか、何故か声を揃えて返事をする獣爪兵団の皆さん。
無事に野営地に戻ると、そこではまだ野営の準備を続けていた。
「おお~ん? 随分と早かったんだなぁ~。薬草、見つからなかったかぁ~?」
のんびりとした様子で出迎えてくれたブチが、どこか優し気な瞳でこちらを見ている。これはお使いに失敗した子供を温かく見守る大人の笑顔だ。
「ブチ、そんなことないよ。たくさん見つけた。皆の手際が良かったから、早く済んだんだよ」
「ほへぇー……。こぉんな大籠いっぱいにすげぇなぁ。そんでもこんなにたくさん、初日で薬草拾っちまってどうするんだぁ? 腐っちまわないかなぁ?」
ブチの疑問はもっともなことだ。私も一人ならこれほど大量の薬草を一気に摘んだりはしない。これだけの量だとギルドで買い取ってもらう価格も下がってしまうからだ。
しかし、長期保存ができる薬に加工してしまえば高い値段で買い取ってもらえる。
「もちろんこのままだと腐っちゃうから、ここで薬に加工する。送還術で拠点に送って、すぐに冒険者組合へ卸すのもありだけど。新鮮なうちに薬にしてしまえば価値が上がるからね」
「薬かぁ。レムリカは薬が作れるんだなぁ? すげえなあ」
「まあ、知識だけはあるからね。今は手がこんなだから細かい作業はできないけど」
「うぅん? それじゃあ誰が薬を作るんだぁ?」
「皆で作るんだよ」
「ほへぇ?」
私の言葉にブチは全く理解できない様子で首を傾げている。
「野営の準備している人たちはそのまま作業を続けてもらって、薬草採取組でこれから薬の調合を行います!」
「ちょっ! ちょっと待ってくだせぇよ、レムリカさん! 俺たちゃ医術の知識なんてさっぱりですよぉ!? 薬を作るなんて無茶でさぁ!」
狐人のゴンが悲鳴のような声を上げる。こうもわかりやすい突っ込み役がいてくれると話が早い。疑問が不安に変わる前に説明を済ませてしまおうか。
「安心して。薬草摘みと同じで、私の指示通りに作業すればいいだけだから。できた薬の品質は私が確かめます。ギルドの鑑定術士は薬の鑑定もできるから、良し悪しで買い取り価格は変わるけど、それ相応の対価が支払われるよ」
獣人達がざわざわと騒ぎ始める。まだ、不安が拭えないようだ。
彼らがやる前から尻込みしてしまわないように、ささっと調合道具を召喚して準備を整える。彼らがまごまごしているうちに用意は整ってしまった。こうなれば後に引くことはできずやるしかないだろう。
「私は呪術士だった。でも、あるとき腕がこんな岩のようになって細かい作業はできなくなった。それでも私はもう一度、呪術士としての本分を果たしたい。だから、皆で協力してくれるよね?」
ここまで来たら後は勢いだ。圧力をかけてでも作業は完遂させたい。同情を誘ってでも構わない。本当は、森都シルヴァーナに来て私がやりたかった仕事は、薬草を摘んで薬を調合して……それを生活の糧にしたかった。まさかそれが猛獣と血みどろの殺し合いをする毎日になるとは思いもしなかったのだ。
ぱんぱんと軽く手を叩いて──のつもりが派手にガチンガチンと岩の手を叩き、びくついている獣人達に私は努めて優しく指示を出す。
「さあ皆、調合の時間だよ」
昔であれば、おばば様が私に言っていた台詞だ。今は私が他の人に教える立場。
どうしてだろう。もう私自身はまともに調合なんてできないのに、とっても楽しくなってきた。
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