第42話 新しい居場所

 森都シルヴァーナの復興作業が一段落したところで、私は身の置き場をどこにしようか考えていた。

 大きな瓦礫の撤去作業など私の腕力が必要になるような作業は片付いてしまった今、ギルドで受ける仕事も私にとっては平常と近いものになり、宿舎をいつまでも借りている必要もなくなった。

 正直なところギルドの冒険者用の宿舎は狭いし、寝台の強度に不安がある。いつか私の体重で破壊してしまわないかと心配してしまって、迂闊に寝返りを打つこともできやしないのだ。


 森都の防衛そして復興に貢献した私に対して、街の人の対応はだいぶ優しくなっている。今なら宿を取るのもそこまで苦労しないと思うが、問題はやはり部屋の寝台を痛めてしまわないかとかそっちの心配である。

 体の大きな獣人が専ら宿泊していた森都郊外にあるティガの宿はまだ休業中だ。

 そうなると、ティガが言っていたようにグレミー獣爪兵団のところに厄介になるというのが一つの道だろうか。


(……ティガが言うには私を歓迎するだろう、って話だけど本当かな……)

 同じ宿で寝泊まりしていたことで全く知らない仲ではないが、互いの事情を語り合うこともなく、たまに宿ですれ違って一言二言の挨拶を交わす程度だった。

 駄目で元々、そう考えて話をしてみよう。無理ならどこか適当な宿で我慢すればいい話なのだから。なんなら雨風がしのげるだけの小屋でも借りられればそれで充分だ。

 そこまでの覚悟を決めてから、私は森都郊外でも外れの方にあるグレミー獣爪兵団の拠点へと足を運んでみた。



 森都の外れにあるグレミー獣爪兵団の拠点は森の中の遺跡を再利用した場所で、太古の昔に人が住居として使っていたらしい石造りの建物を補強改築している。広い玄関口は所々に草が生えているなど半ば自然と一体化しているが、奥に進むと立派な石の螺旋階段と廊下が続き、大きな部屋が整然と幾つも並んだ構造になっている。

 単純な収容人数を考えたら、この拠点だけで数百人は暮らせるだろう。

 グレミー獣爪兵団の団員は拠点のあちこちで適当に自分が気に入った部屋を選び、広々とした部屋をやや持て余す感じで使っていた。とりあえず入口付近にいた馬人の獣人ボーズに声をかけると、事情を理解して私をグレミーの元まで案内してくれる。


 結論から言うと、私はグレミー獣爪兵団にあっさりと迎え入れられた。

「おう、ようやくかよレムリカぁ。お前はこっちの世界の住人だと俺は最初から思っていたぜ」

 兵団の頭領である狼人のグレミーは、私の申し出に対して快活に応えてくれた。

「いいの? お邪魔しちゃって」

「ま、知らねえ仲じゃないしな。部屋は余っているくらいだ。好きに使いな。食事の面倒だのは見られねぇが寝泊まりは自由にすりゃいい。ただ、あんまり奥の方に行くと補強してねえ区画に入るから気をつけろ。レムリカの体重じゃ、たぶん床が崩落するぞ。前にもグズリの阿呆が踏み入って、一部屋が丸ごと崩れ落ちたからな」

 グレミーの表情は至って真面目なもので私をからかっているわけでもないようだ。本当に気を付けた方が良さそうである。

「元々、武器や食料の倉庫として使っていた場所だからな。正直言っちまうと長期間の滞在には向いてねぇ。ま、今はそうも言ってられねえから、住むにも少しましになるよう改築は進めているんだが」

「それで今まではティガの宿にいたんだ」

 住み心地の問題もあるだろうが、組合ギルドから仕事を受けるにしても、森都に近い方が何かと便利なこともある。頭領のグレミーや各分隊長がティガの宿に集まっていたのもそうした理由からだろう。


「寝床を貸す代わりってわけじゃねえが、レムリカお前、うちの団に入っちまえよ。どうだ?」

「私がグレミー獣爪兵団に? 獣人でもないけど」

「うちは獣人だけで構成される傭兵団だが、そいつは単に獣人以外の奴がわざわざ加わろうなんて思わねぇからだ。俺ぁ別に獣人に拘って団員を集めているわけでもねぇ。必要なのは……腕っぷしだ」

 グレミーは白くてふさふさの手を、私の岩の腕にぽんっと置いて軽く引っ張る。そうして「こっちへ来い」と親指で玄関口の方を指し示す。


 わけもわからず玄関口まで戻された私の前に大きな樽が運ばれてくる。そして何故か樽を挟んだ目の前には熊人のグズリがどっしりと構えている。

 私を引っ張ってきた当のグレミーは私達よりも数段高い階段の上から大きな声で吠える。

「てめえら聞けぇ!! 今日からうちの団に客人が来た! 知っている奴も多いだろう。森都防衛戦で魔獣の親玉を討ち取った『巨石剛腕のレムリカ』って冒険者だぁ!!」

 グレミーの大声に兵団の獣人達が呼応して盛り上がる。

 しかし、ちょっと待ってほしい。なんなのだろうか、その『巨石剛腕』というのは。


「名の知れた冒険者だ。文句のある奴は少ねえと思うが、目の前で腕っぷしを見なきゃ納得いかねえ馬鹿もいるだろうな! だから、これから俺らの拠点で暮らす客人には、今ここで力を示してもらう!」

 唐突な腕試しときた。しかし、ここで暮らすにあたっての紹介と無用な衝突を避けるためにも必要な儀式なのだろう。

「……はぁ。それで、私は何をやらされるの?」

「動揺もしねえか。いいねぇ!! 単純なことだ。兵団一の腕力自慢、グズリと腕相撲対決をしてもらおうじゃねえかよ!!」

 獣人達の中でも一回りは大きい体躯の熊人グズリが、太い腕を大樽の上にどどんと乗せる。


「おぉ、レムリカの嬢ちゃん。一度、手合わせしてみたかった。遠慮はいらんぞぉ」

「皆、血の気が多いね。怪我しても知らないよ」

 私の一言に周りを囲んでいた獣人達が大いに盛り上がる。どうやら私がグズリを挑発したと見たらしい。本当にただ心配で言っただけなのだが。

「ぐわははっ! 面白い。相手に本気で心配されるなんて初めてのことだわ。久々に燃える……」

 つぶらな瞳で大らかな印象だったグズリの表情が豹変する。闘志を燃やして牙を剥きだし、顔面にも力が入っているのか鼻にしわが寄って恐ろし気な表情になった。

「グレミー獣爪兵団、重撃隊長グズリが相手になろう!!」

 名乗りと共に「ごあぁっ!!」と吠え猛るグズリ。周囲で囃し立てていた獣人の幾人かが沈黙してたじろぐほどの迫力である。


 私も大樽の上に腕を乗せてグズリと手の平を合わせた。

 剛毛に覆われたグズリの腕は、上腕だけなら私などよりもよほど太い。手の平にしても私の巨大な岩の手と握り合える程度には大きかった。長く伸びた獣の爪が私の手の甲にがっちりと食い込んでいる。普通の人間であればグズリと握手をした時点でズタズタに手を切り裂かれてしまうに違いない。

(……これは、油断できないかも……)

 グズリの腕は軽く握り合っているだけでもその安定感が伝わってくる。当のグズリは真っ黒な瞳でじっと私の岩の腕を見据えていた。そこに動揺のようなものはない。本気で私に勝つつもりでいるのだろう。


「準備はいいかぁ? 合図を出すぜ」

 グレミーがグズリと私の手に軽く触れた。

「三、二、一、おらぁっ始めぇえええっ!!」

 グレミーが合図した瞬間、グズリの全身に力が漲りその手から爆発的な衝撃力が伝わってきた。私も瞬時に全力で踏ん張りグズリの腕力に対抗する。

 ずぅんっ!! と、衝撃音に震えた大樽がみしみしと不穏な音を上げて軋んでいる。

「────っ!?」

 瞬間的に伝わってきた圧迫感に私は思わず空いた手を大樽の端にかけて体勢を保つ。見ればグズリの方も組んでいない手は大樽の端にかけて深く刺さるほど爪を立てている。

 もし油断していれば私でも体ごと投げ飛ばされていたかもしれない。


 既に私の腕はグズリに押し込まれて半ばまで傾いている。このまま勢いで押し込まれては不利だ。

「ふぅ──っぅんん!!」

「ぐがっ!? ぬぅううっ!!」

 深く息を吸い込み、溜めた気合いを勢いよく吐き出して足で地面を踏みしめ、初期位置まで腕の角度を無理やり押し戻してやる。

 グズリの顔により一層深いしわが刻まれる。

 初期位置に戻ってからはしばらく互いの力が拮抗して動かなくなる。それでも互いに尋常ではない力が込められているのは、先ほどからずっと聞こえている大樽の軋む音で観衆にもわかった。互角の腕相撲に獣人達が大騒ぎになる。


「すげぇっ!! グズリ隊長と互角だ、あの女! 化け物か!?」

「魔獣を仕留めたのも頷ける腕力だ!! 人間じゃないだろ!?」

「ほぉー……やりますねぇ、あのグズリ相手に。あの状態から立て直すとは」

「あぁ~ん? 女っこに押されるなんて、グズリのやつ腹でも減ってるんかなぁ~」

「見たか野郎ども! 馬鹿でかい岩の腕は見せかけじゃねぇんだな、これがっ!!」

「やばいっ!? グズリ隊長、負けないでくれ! 俺はあんたに賭けてるんだ!」

 どうやら、こんな突発的な催しでもちゃっかり賭け事にしている連中がいたらしい。

 それにしても野次馬連中が化け物とか人間じゃないとか好き放題に言ってくれる。かといってここで女々しく振舞ったところで誰も良い印象は持ってくれないだろう。今ここで示すべきなのは純粋にわかりやすい腕力だ。


「むぐっぅうう……!!」

 わずかに腕の角度が傾き始め、グズリの口から苦悶の声と涎が漏れ始める。その表情はもうなんというか、気の弱い婦女子が目の前で見たら卒倒しかねないほどの凶悪さだ。闘志を超えて殺意すら見え隠れする。

 グズリの腕を徐々にだが押し込んでいく。瞬発力はグズリの方に分があったかもしれない。だが、地の腕力と持久力は私の方が上のようである。さらに角度が傾けば傾くほど、岩の腕がのしかかる重量で私が有利になっていく。


「ぐっ――!? がぁああっ……!!」

 ついに耐え切れなくなったグズリの腕から力が抜けて、彼の手の甲が大樽の板に叩きつけられる。勢いで組んでいた手は離れ、グズリは大樽を抱え込んだまま転がるように投げ飛ばされた。

「勝負ありだっ!! この勝負、文句なしでレムリカの勝ちだ!! くははっ!! グズリの野郎が猫みたいに転がっていきやがった!! 傑作だぜぇ!!」

 即座にグレミーが勝敗を宣言して、私とグズリの腕相撲対決に決着がついたのだった。

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