第39話 対価の釣り合い

 森都郊外の街の様子を確認できた私は、バクルムから言われたように明日からの仕事の依頼を受けるため冒険者組合へと足を運んでいた。

 グレミー獣爪兵団の拠点には、冒険者組合での用事を全て済ませてから行くことにした。なんならそう急がずとも、街の復興作業が終わってからでもいい。どうせしばらくはギルドで仕事の依頼を片付けては報告する日々が続く。その間はギルド管理の宿泊施設を使わせてもらう方が都合もいい。


「えーっと、バクルムが出している依頼があるって聞いてきたんですけど……」

 冒険者組合の受付に声をかけると、待っていましたとばかりの表情でいつもの受付嬢が私の前にすっ飛んでくる。それまで対応していた冒険者はその場で待機させられて、受付嬢はにこやかな笑顔で私に書類を差し出してきた。とても不気味だった。

「レムリカさん、お待ちしておりました~。今回の一斉襲来の報酬説明と、幾つか受注して頂きたい依頼がありますので、奥の部屋でギルド職員から話を聞いてください」

 猫なで声で対応する受付嬢は、もしかしたらいつもの人とは別人なのかもしれないと思わせる変貌ぶりだ。でも、紛れもなく同じ人だろう。態度の豹変を下手に詮索するのも怖かったので、私は黙って奥の部屋へ向かうことにした。


 奥の部屋で待っていると、以前に特例討伐依頼の対応をしてくれたギルド職員と、素材換金所でよく担当してもらっている鑑定術士のお姉さんがやってきた。あと何故か、見知らぬ強面こわもての大男が一緒に部屋に入ってきた。強面の大男は一人だけ席には着かずに、部屋の入口付近で立っている。面倒ごとが起きたときの対処要員だろうか。

 三人が席に着くと早速、ギルド職員が一斉襲来のときの報酬配分に関する説明を始める。


「一斉襲来では複数の冒険者が協力していますので、報酬の割り振りは複雑になりがちです。特に、獲物をその場で回収する暇もないため、横取りが発生しやすい状況です。その点を不公平なく納得頂けるように、報酬配分をギルドが取りまとめております。一斉襲来から一定期間内に持ち込まれた素材類は、ギルドで回収した後に冒険者へ金銭報酬の形で配分されます。このとき持ち込みの手間賃はお支払いしますが、素材報酬はありません。また、黙って素材を隠し持っていた場合、後から発覚した際には厳しい罰則があります。もし、一斉襲来のとき入手したものがあれば、隠さずギルドに提出願います。これは他のギルド、狩人組合や魔導技術連盟とも協定を結んでいますので、他で売ることもできません」


 予想以上に、一斉襲来時の取得素材に対しての管理が厳しかった。

 この非常時にも戦わずして利益を得ようとする小賢しい輩がいるのだろう。一斉襲来時の活躍は大勢の冒険者や狩人達から話を聞いて判断する加点方式らしい。少しでも疑わしい功績は省かれるとか。

 こうでもしておかないと、一斉襲来の最中に素材回収を優先する者達が出てきてしまうからだ。最悪は冒険者同士で獲物の取り合いになって殺し合いに発展する場合もあるとか。そんなことをしていたら、猛獣の群れに対して一致団結しての対処などできない。だからこそ、一斉襲来のときはギルドが冒険者や狩人を雇った扱いにして、獲物の素材を得る権利は全てギルドが持つことで、金銭による公平な分配を行う方式にしているのだった。


「私は……戦闘のあと倒れ込んじゃったから、特に拾ったものはないです」

「そうでしょうね。すいません、一応の確認ですので気を悪くなさらないでください。レムリカさんは特に魔獣を相手にしたご活躍が大きかったのと、多数の猛獣を狩っています。猛獣に関しては評価の取りこぼしもあるでしょうが、その分は魔獣討伐の貢献に上乗せ致しますのでご了承ください」

「そうよ! しかも魔獣が立派な魔石と固有素材を残したから、報酬は期待して頂戴!!」

 辛抱たまらずといった様子で鑑定術士のお姉さんが口を挟んでくる。説明担当のギルド職員が軽く咳払いしてお姉さんを押し止めていた。

「では、魔獣素材の鑑定結果を説明お願いしますね。今回は物が大変に特殊ですから、説明は専門の方からで……」

「ええ、いいわよ!」

 鑑定術士のお姉さんをいつまでも抑えておけないと思ったのか、早々に説明はお姉さんからされることになった。なんだか鑑定術士のお姉さんはいつもより上機嫌というか、かなり興奮気味だった。


「大物からいくわね。大鷲の魔獣と雄牛人の魔獣の魔石だけで、報酬金貨四五枚。魔石の価格は他の冒険者とも分配したうえでの金額です。レムリカさんはだいぶ活躍したと聞いていますから、大鷲の魔獣に関しては六割、雄牛人の魔獣は三匹分を八割換算で報酬としています。これと鋸顎の合成獣キメラ――正式名称『硬熊蟲こうゆうちゅう』が残した強固な甲殻で、配分は金貨七枚。あとは大鷲の魔獣が残した黄金羽根の素材が一枚あたり金貨十枚。レムリカさんの取り分は黄金羽根五枚で金貨五〇枚ですね。魔導素材としては大変貴重な物で、これ単体でも少し手を加えれば、黄金の矢を放つ魔導具になるんですよ。もし現物で欲しければ、十日以内であれば換金をやめて取り戻せますので、遠慮なく言ってね?」

 事務的な説明の最後に、ちょっと親しみの湧く笑顔で鑑定術士のお姉さんは説明を終えた。


 あの鋸顎の合成獣……正式名称とかあったんだ。あの手の合成獣は一種族として認知されることは稀なので驚きである。

 それにしても魔石が高価なのはわかっていたが、素材の価格が予想以上だった。

 特に大鷲の魔獣の黄金羽根は相当な枚数が落ちていたはずだ。それにも関わらず一枚で金貨一〇枚から価格が落ちていないのは、それだけ魔導素材として優秀だからなのだろう。現物で一枚もらおうかとも考えたが、今の私には術士として魔獣特有の魔導回路を解析するような技術も設備もない。武器として使うにも私の場合は普通に術式を行使した方がお金もかからないので、結局は現物で受け取ることはやめてお金で報酬を受け取ることにした。


「ああ、そうだ。他に魔獣化した雄牛人の角も三本がレムリカさんの分です。これもよい魔導素材なので三本で金貨十二枚になります。後は街中で倒した猛獣の肉など、レムリカさんが倒したとわかるものは全て記録してあります。数が多くこちらは報酬の算定がまだなので、処理が済みましたらギルドの受付に来られた際にご連絡しますね。ひとまずの報酬は合計で金貨百十四枚になります。……よく頑張りました。レムリカさん、この報酬で美味しいものいっぱい食べてね。あ、でも無駄遣いはだめですよ。他の冒険者達がたかりに来ても相手しちゃだめ。彼らの派手な金遣いを参考にするのもお勧めしないわ。計画性がないと、お金なんてすぐ使い果たしてしまうんだから」

 最後は少し説教っぽい話をしながら、報酬の金貨を並べて見せた後、袋に入れて私の腰もとに括り付けてくれた。

 私がまとまった報酬を受け取ったとき、冒険者組合ではこうして袋を括りつけて渡してくれることが多くなっていた。なんだか子供がお小遣いを渡されているようで気恥ずかしいのだが、自分で括りつけようとすると結構な時間をかけても綺麗に紐を結べないので、厚意に甘えさせてもらっている。


「おほん。よろしいですか? では、後は受注して頂きたい依頼の件で……」

 ギルド職員の人が改めて、バクルムから出されている依頼書をずらりと並べて見せる。どれも街の復旧工事に関わるものだ。どこどこの区画の瓦礫撤去とかが多数、街はずれの倉庫にある木材や石材の運搬など。中には丸太柱の杭打ち何本とか、完全に工事件名である。

「あの、私も術士なので、土系統の術式で工事を手伝うこともできるんですが」

「大丈夫です。そうした繊細な作業は魔導技術連盟の術士達に任せていますので」

「あっ、はい……。繊細な作業……そうですよね……」

 どうやら繊細な作業が苦手そうな私は、最初からお呼びでなかったらしい。悲しいが仕方ない。岩の腕は確かに細かい作業に向いていないが、術式制御にしても器用にできるかと問われれば疑問だ。最近は特に、術式の出力ばかり上がってしまって、細やかな制御は難しくなっている。もっと手先も術式も器用になってから挑戦を申し出よう。


 とりあえず瓦礫撤去と資材運搬、それから杭打ち作業のほか取り壊しの決まった建物の解体などの依頼を幾つか受けることにした。

「それではこの依頼書を受付に提出してください。お仕事は明日からですのでよろしくお願いしますね」

 ギルド職員と鑑定術士のお姉さんはそれで部屋を出ていった。そして一緒についてきた強面の大男は結局、一言もしゃべらずにギルド職員と共に去ってしまう。本当に護衛のような役割の人だったのかもしれない。たぶん、他の冒険者との説明でもああして睨みを利かせているのだろう。一斉襲来の時期は文句を言う冒険者も多そうだから。


 部屋を出ると、ちょうど別の部屋から出てきた剣士のグラッドと鉢合わせた。

「おや、レムリカじゃないか。体はもう良さそうだな。さすがの回復力だ。君も報酬を受け取りに来たのかい?」

「君もってことはグラッドも?」

「ああ、大鷲の魔獣に関連する素材鑑定が終わって、俺とマグナス、それにレムリカの報酬配分が決まったからな。今日が受け取りだったんだ」

 言われて見ればグラッドやマグナスへの報酬配分が決まっていないと私への報酬も決まらない。同時期になるのは当然のことか。マグナスは療養中でまだ受け取りに来られないけれど。


「レムリカは相当な報酬を受け取れただろう? 一斉襲来での個人貢献度では一番だろうからな」

「こんなにもらっていいのかな、ってくらいにもらったよ」

「そうか。そりゃいい! 命を懸けているんだから、それぐらいでないと釣り合わないさ。自分を安売りするなよ? それは自分の命を軽視しているのと同じだ」

 グラッドの指摘に一瞬、どきりとする。頑強なゴーレムの体になってから、自分の体に対する扱いが雑になっていたのは確かだ。知らず知らずのうちに命を軽んじるようになってきていたとすれば、それは良くない兆候である。自分の命を軽んじる者は、他者の命も軽んじるようになる。そしていつか真っ当な人の心を失ってしまうのだ、と昔おばばさまから聞かされたことがある。


「グラッドも報酬は十分にもらえた?」

「まあ、なんとか赤字にならなくて済んだってところだな。正直なところ、あれだけの危険を負ったにしては稼ぎが少なかったのは事実だ。ま、その分はギルドへの貢献として冒険者レベルに上乗せしてもらった。俺はさらにランクアップを目指しているから」

「グラッドはBランクだったよね? Aランクになると何か良いことあるの?」

「単純に依頼を受けたときの報酬が上乗せされるんだよ。冒険者組合での様々な手続きの手数料とかも免除されるし、仕事の依頼で遠出する場合も組合の経費で落としてもらえる。最近はよその冒険者組合とも連携が進んでいて、あちこちの街でギルド関連の宿泊施設を優先的に格安で使わせてもらえたりする。他にも冒険者を育てる教官職に就くことができたり、貴族への仕官を斡旋してもらえたりと色んな優遇措置を受けられるな」

「ふ~ん……。地味だけど、色んな特典があるんだ」

「冒険者なんて体力があるうちしか続けられないから。若いうちにできるだけ金を貯めて、歳を取っても続けられる役職に就ければ安心なのさ」

「グラッドは意外と堅実だね」

「その日暮らしの冒険者が多いのは事実だけど、皆わりと安定した生活を望んでいるものだよ。マグナスだって大雑把に見えて、あれで盾の消耗と修理代にいつも頭を悩ませながら冒険者を続けているんだ」

 マグナス……大盾を凸凹にされていたが、彼には本当に助けられた。あの大盾による防御がなければ、私達は簡単に総崩れになっていたかもしれない。

 まだしばらく寝込んでいるだろうから、療養中には何度かお見舞いに行ってあげよう。



 グラッドと別れて、ギルドの受付にやってきた私は受付嬢から突然お祝いの言葉を受けた。

「おめでとうございます!」

「え? な、なんですか?」

「レムリカさん、今回の一斉襲来で冒険者レベル36から44へ一気にレベルアップですよ! ランクBまでもう少しですね! あ、受注した依頼書を確認させて下さい。こんなにお仕事受けてくれるんですね、助かります。はい、確認しましたのでお仕事がんばってください、レムリカさん!」

 受付に戻って依頼書を出したとき、不自然なほどにっこりと笑う受付嬢に冒険者レベルが上がったことを告げられた。確か、冒険者ランクBに上がるにはレベル50に達しなければいけないはずだ。ギルドで依頼をこなした際の報酬額や素材の換金額でレベルは決まってくる。つまり私もそれだけの稼ぎを上げているということである。受付嬢としてもギルドへの貢献度が高い冒険者には待遇が良くなるわけだ。


 受付嬢が仕事の大まかな説明と共に、受注確認の印を押した依頼書を手渡してくれる。

 ふと街の復興作業の依頼書を改めて見て、私は焼け落ちたレドンの村のことが気になった。村は多大な被害を受けたが、そこに住む人が全滅したわけじゃない。きっと荒れた村を復興するのに苦労しているはずだ。

「落ち着いたら……様子を見に行ってみようかな」

 遠くから覗くだけでもいい。

 せめて、残された村の人達の無事を確認したいと思った。

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