第40話 遅れてきた援軍

 猛獣達の一斉襲来で荒れ果てた森都郊外に、人が集まり大規模な復興作業が本格的に始まった。

 周辺をうろついていた猛獣の掃討も終わり、『永夜の王国ナイトキングダム』の王国軍がつい先日に森都へ到着したことで、森都の治安維持を軍隊に任せながら復興作業に専念できるようになったのだ。

 冒険者組合で受けた依頼について、私も今日は幾つかの現場仕事をこなすことになっている。

「お、おい! そこのお前! 怪しい風体をしているな。何者だ、所属を名乗れ!」

 まだ昼前のこの時間までに、本日で何度目の誰何すいかになるだろうか。私は、治安維持にあたっている王国軍兵士から数えるのも面倒なくらいに度々の職務質問を受けていた。仕事にならないので本当に勘弁してほしい。

 一ヶ所の現場で作業している分には、最初に挨拶でもしておけば問題はないのだが、あちこちへ資材を運搬する作業のときなど少し歩くたびにこれだ。


「どうなっているんだ……この腕は……? 本物の岩なのか? 魔導技術連盟の術士にしても随分と異様な」

 魔導技術連盟の術士にはかなり変な格好した人物なども普通にいるのだが、私の姿はその中でも群を抜いて異様に見えるらしい。私の岩の腕を不思議そうに撫でて感触を確かめていた。

「おう、兵士の兄ちゃんよぉ。森都の英雄にあんまり迷惑かけないでくれねぇか? 今は仕事中だし、手が止まるのも困るんだが」

 厳つい顔をした冒険者のおじさんが何ということもなしに王国軍兵士へ苦言を呈する。その落ち着いた様子に兵士のお兄さんも困惑していた。

「冒険者の知り合いなのか? それにしても森都の英雄とは?」

 それは私も知りたい。森都の英雄なんて誰が誰のことをそう呼んでいるのか。

「なんだ、まだ王国軍には伝わってないのか? このレムリカ嬢は今回の一斉襲来で、敵の親玉である大鷲の魔獣を討ち取った森都の最強戦力だぜ?」

「最強戦力!? 魔獣を討ち取ったと……なるほどこの剛腕ならばそれも可能か……」


 森都の最強戦力とかとんでもない肩書きが付けられていた。大鷲の魔獣に止めを刺したのは剣士のグラッドなのだが、世間一般の認識では私が仕留めたことになっているらしい。これはちょっとどころか、かなり恥ずかしいかもしれない。

 近くを通ったまた別の冒険者が、思わず顔を赤くしてしまった私を見て、何を勘違いしたのか兵士のお兄さんの手を掴み上げて言った。

「こらこら、珍しいからって女の子の手をそんなに撫で回すもんじゃない。恥ずかしがっているじゃないか!」

「……っ!! いや、そんなつもりでは! 失礼しました。復興作業の続きをよろしくお願いします。森都の英雄殿!」

 兵士のお兄さんは慌てた様子で私の腕から手をどけると、照れ隠しなのか急に丁寧な口調と態度に変わると仕事熱心な兵士の姿に戻る。

「…………はい。じゃあ、もう行っていいですね……。治安維持のお仕事もお疲れ様です……」

 ぴしっと敬礼する兵士の前を通り過ぎ、溜め息を吐きながら私は仕事に戻る。

 今は森都を囲む防壁の壊れた部分を直す作業の手伝いで、石材を運んでいる最中なのだ。荷車に積載された石材は一塊が大人一人分の体重くらいはある。それを片手に三個ずつ担ぎ上げて、指示のあった箇所へと運んでは積み上げていく。

 その様子を見ていた先ほどの兵士が感嘆の声を上げていた。


「何て剛力だ……。あれが森都の英雄。雄々しいな……」

 たぶん称賛しているつもりなのだろうが全くもって嬉しくなかった。雄々しいって……。

 注がれる熱い視線に耐え切れず、早くこの場を離れたい一心で手早く仕事をこなしていると、周囲の冒険者がまたざわついていた。

「すげえな。あのくそ重い石材をいっぺんに三つも、片手で運んじまうのか」

「あれを片手で掴んで防壁に積み上げていくのも大したもんだ。冒険者四人いてもあれほど早い作業にはならんぞ」

「荷車で石材を運ぶのは俺達でやっちまおう。レムリカの姐さんには石積み作業をしてもらった方がいい!」

 いつの間にか私が防壁への石材の積み上げを選任されて、私の腕力と仕事の早さを活かすために他の作業者達は荷車で石材をどんどん運び込み始めた。荷車から二人がかりで下ろしてきた石材を私が片手で掴み上げて、職人の指示のもと指定の場所に積み上げる。

 石材で防壁の穴を細かく埋める職人作業の方が追いつかなくなってきた辺りで、現場監督をしていた狩人風の男バクルムが近づいてきた。


「レムリカ、ここはもういい。後は他の者に任せて、次の現場へ移動してくれ」

「いいの? まだ作業は終わってないけど」

「十分だ。予定よりかなり早い。これ以上は他の作業者がついてこられん。半壊した家屋の取り壊しと廃材の撤去作業が遅れている。そっちを助けてやってくれ」

「わかった。じゃあ、行ってくるね」

 防壁の石積みは職人仕事っぽくて少し気に入っていたのだが仕方ない。どうしたって私に求められているのは腕力なのだ。



「そこのおかしな腕の女! 止まれ! 何をする気だ!」

「瓦礫の撤去作業に来ました。はいはい、退いてくださーい。危ないですよ」

 現場を移動した先では早速、王国軍の兵士に引き留められる。もうさすがに対応するのが面倒くさくて、ついおざなりな態度になってしまう。

 とりあえず事情を知っている森都出身の作業者に軽く挨拶だけして、早々に作業に取り掛かる。

 まずは半壊して崩れかかった家屋の撤去だ。

「この家は完全に撤去しちゃっていいんですか?」

「ああ、完全撤去だな。壁や屋根なんかは取り除いた。だが、傾いた支柱が何本も残されている。再利用は難しいから取り除いてしまいたいが、随分と地面深くに埋め込まれていて撤去が一苦労なんだわ」

 現場監督の人が困った様子で、地面から突きだした太い柱を指さす。

 かなり背丈の高い柱だ。地面にも相当に深く刺さっているのだろう。通常なら上の方を切断してから、地面を掘り返して引き抜かねばならないので一苦労だ。時間もかかる。


「わかりました。引き抜きますね」

「あぁ……? さすがにそれは無理だろ」

 現場監督が呆れた様子でぼんやりと「どうするかなぁ……」と悩んでいるのを尻目に、私は柱に岩の両腕を回して抱きかかえると胸と腕に力を込めて柱が軋むほどに締め上げる。その状態で腹、腰、足へと力を伝えていって、最後に背筋をぐっと引き延ばして深く地面に刺さった柱を引き抜く。


 ずごっ……と、周囲の地面が盛り上がり、柱の根元を地中で固定していた膠灰セメントの塊ごと持ち上げる。

 なるほど、柱の根元がこれほど頑丈な石の塊で補強されていたのなら、引き抜くのは無理とも考えるわけだ。普通は周囲の地面を掘り返してから、膠灰セメントを砕いて除去するしかない。

「郊外の建物にしては頑丈な造りなんですね、この建物。基礎が凄い丁寧です」

 言いながら次々に支柱を引っこ抜いていく。口は動かしながらも手は止めない。おばば様にはよく「喋るか、作業に集中するか、どっちかにしな気持ち悪いねぇ!」などと怒られたが、それで仕事が捗っているなら悪いことじゃないと思う。

「へぁあ? あー……そうだなぁ。ここは、森都郊外での犯罪を取り締まる自警団の詰め所だったから特別頑丈に……造られていたんだがなぁ……」

 ぼこぼこと引っこ抜かれていく支柱を現場監督は遠い目で眺めながら突っ立っていた。現場監督なら撤去作業の指揮をしっかり執ってほしいものだ。手の空いた作業者が出てきて、私の作業を見物し始めているではないか。


「あれが噂に聞く、『熊殺しの抱擁』か……」

「俺が聞いた話じゃ、抱擁で体中の骨をばきばきに折って抵抗できなくした後、海老反りして地面に頭を叩きつけ首の骨をし折るらしい」

「死ぬな。赤銅熊しゃくどうぐまでも確実に死ぬわ」

 また勝手なことを言っている人達がいる。そうした無責任な噂話はあまり広めないでほしいものだ。


「この瓦礫はどこに撤去すれば?」

「瓦礫は向こうの街はずれにまとめている。撤去もやってくれるのか?」

「もとから瓦礫の撤去が仕事内容ですから」

 引き抜いた支柱を四本まとめて担ぎ上げて運ぶ。地面を引きずるのは跡がついてしまうのでよろしくないから。ひとまずこの支柱を撤去すれば、あとは他の人でも瓦礫の片付けが捗るだろう。

 私が現場から少し離れたところで、ようやく現場監督がやる気を出したのか、大きな掛け声が聞こえてくる。

「お前ら、残りの片づけ集中しろぉ!! ゴーレムの嬢ちゃんが一番大変な作業を片付けてくれちまったんだぁ! サボっている奴には給料出さねえぞ!!」

「うぉーし!! やったるわぁ!」

「ゴーレム少女に任せきりにできんわな!」

「俺らの街だ! 俺らが復興を頑張らないでどうするよぉ!」

 他の皆も発奮してくれたようで何よりだ。これなら、街の復興も早いことだろう。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 一斉襲来の危機を脱して復興に勤しむ森都シルヴァーナ。その上空から、箒に跨った魔女が森都の様子を観察していた。

「あら? あら、あら? これはこれは、いったいどういうことなのかしら? 救援要請に飛んで来てみれば、なんだかもう無事な感じで終わっているじゃない?」

 魔女は防壁の上に降り立つと、高台から周囲を監視していた兵士の一人に声をかける。

「ねえちょっと、あなた、そこのあなたでいいわ、質問に答えて?」

 いきなり誰もいなかったはずの防壁に魔女が出現したことで、監視任務にあたっていた兵士は驚きのあまり跳ね上がった。牙獣の森方面は警戒していても、まさか自分の頭上から飛行術式で死角に降り立ってくる存在がいるなど想像もしていなかったのだ。

 激しい動揺を見せる兵士に気を使うこともなく、魔女は横柄な態度で一方的に話しかける。

「牙獣の森から一斉襲来が起こったと聞いたのだけど。救援要請を受けて飛んできたのだけども? どうして、この街はこんなに平和なのかしら」


 兵士は突然現れた魔女に困惑していた。

 見た目は奇抜なローブを着た黒ずくめの少女だ。布地の少ないローブに反して、無駄に長い袖や裾は蜘蛛の巣のようなレースで飾りつけられている。

 肩幅より広い三角帽子のつばがゆらゆらと揺れて、まるで帽子が笑っているような印象を受ける。

 その若々しさとは裏腹に、有無を言わせない迫力を感じた監視台の兵士は素直に返事をするしかなかった。ぶるりと背筋を震わせた兵士は、佇まいを正して声を張った。


「一斉襲来は森都の戦力で撃退し、終息したとのことです! 王国軍の国境警備隊が到着した時には既に決着しておりました!」

 直感的にこの魔女はただものではないと思った。加えて、救援要請を受けて来たとも言っていることから、ここへ派遣されてきた王国軍の自分と似たような立場であるとも判断できた。そして末端の兵士でしかない自分と、実力のありそうな魔女であれば、どちらが立場的に上かは考えるまでもない。

「一斉襲来が終息した? 戦力が不足していて森都の存続は絶望的とすら聞いていたのだけど……。ねぇ、つまり、つまりよぉー? 一級術士のこのあたし、『妙薬の魔女』がわざわざ助けに来たというのに、やることがないってこと? そういうことぉ?」

 一級術士、その単語を聞いて兵士は自分の直感が正しかったことに安堵した。もし無礼を働いて魔女の機嫌を損ねていれば、彼女の一声で兵士職を解かれてしまっても不思議はない。それだけの権力者にして、実力者なのだ。機嫌を損ねてはいけない。せめて一兵士としての職務を全うせねばならなかった。

「森都郊外での戦闘により、建物や戦闘員に被害多数! ですが、森都防壁で猛獣達の侵入阻止に成功、非戦闘員の被害は軽微だとのことです。現在は怪我人の手当てが森都内で行われており、動けるものは総出で森都郊外の復興作業にあたっております!」

 兵士の報告を聞いた魔女の目がすうっと細められる。緊張で、思わず兵士はごくりと唾を飲み込んだ。


「あたしにできることは、怪我人の手当てだけということかしら? 人命は尊いものだけど、それなら医療術士か治癒術士を呼べば済む話じゃないのかしら? それともこのあたしに街の復興作業なんて後始末の土木作業をやらせるつもりなのかしら? そうなのかしら? いったいどうしてこういうことになっているの。本当は危機でもなんでもないのに、あたしは担がれたのかしらぁ?」

 一級術士の魔女に絡まれてしまい兵士は困り果てていた。こんなお偉いさんの相手は、本来は末端の兵士である自分ではなく、国境警備隊の代表として来ている大隊長がするべきことだ。

 『永夜の王国ナイトキングダム』の首都にある王国軍本部から出動命令が出され、森都に近い国境警備隊が駆け付け到着したのがつい先日。森都に到着してみれば既に一斉襲来は終息していて、やることは治安維持と復興の手伝いくらいになっていた。

 森都に到着して戸惑ったのは自分達も同じなのである。自分達が到着した頃には森都が壊滅しているかもしれないと最悪の想定までしていたのだから。

 そこまで思い返して兵士は一つ重要な情報を思い出した。おそらくは森都防衛に多大な貢献をしたであろう、予想外の冒険者の活躍を。まだ全体に行き渡っている情報ではないが、監視台での任務を言い渡される際に小隊長から簡単な説明を受けていた。小隊長からの注意として、『魔獣と見間違えないように』との随分と不思議な話で記憶に残っていたのだ。


「森都の防衛戦にて、冒険者による想定以上の活躍があったと聞いております」

「冒険者ぁ? あんな、ならず者達に何ができたって言うのかしら?」

「ゴーレム……らしき岩の腕を有した冒険者の少女が、一斉襲来のボス魔獣を討伐したとか」

「ゴーレム少女……岩の腕……。そう、そうなの。アレがこの街に来ていたのね……」

 何やら考え込んでいた魔女は、ふわりと箒に乗って飛び立つとあっさり森都を後にした。どうやら納得してくれたらしい魔女が地平線の向こうに飛んでいくのを見届け、監視台の兵士はほっとしてその場にへたり込んだ。



 森都から飛び立った『妙薬の魔女』、メディシアスはすぐさま自領の一つであるレドンの村へと帰還した。

 一斉襲来で危機的状況だというから、仕方なく戦闘準備を整えて森都シルヴァーナに飛んだというのに無駄足だった。被害という点では規模こそ小さいが、ここレドンの村も復興が厳しいくらいの被害を受けていた。本当は一時も離れたくはなかったのである。魔導技術連盟の要請で森都には仕方なく出向いてやったのだ。

 自分が手伝う必要もない状況とわかれば、森都に滞在する理由もない。


 レドンの村では一級術士である炎熱術士フレイドルによる虐殺行為が行われ、村をまとめていた大人達が多く亡くなった。メディシアスの親しい友人もまた命を落としている。

「今のあたしがすべきことは、この村を守ること。せめて残された子供達が一人前になるまでは……。それまではせめて……」

 村長候補であり、将来的に村を治めるはずだった親友に代わり、魔女メディシアスは多忙な中でもレドンの村へ最大限の手助けを行っていた。

 それはただこの地方の領主としての責任だけではなく、亡き親友の遺した形見ともいうべきこの村を大切にしたいという想いに尽きる。二度とこの村が悲劇に見舞われないように、村を強く育てるのだ。


 ただ、親友が遺したもう一つの忘れ形見について、メディシアスは今も複雑な想いを抱えていた。

「どうしたものかしらね……アレは……」


 ――とっくにどこかで、朽ち果てているものと思っていたのに。

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