第38話 襲撃の後
牙獣の森から溢れ出てきた獣達の一斉襲来は、親玉である大鷲の魔獣が討たれたことによって収束した。
操獣術によって森の猛獣を操っていたのは間違いないようで、大鷲の魔獣が滅びた後、森都郊外まで侵入してきていた獣達は途端に統制を失って散り散りに逃げ出した。
中には暴れ続ける猛獣もいたが、それらも獣同士での連係ができなくなれば冒険者達に各個撃破されるのは時間の問題だった。
「街はだいぶ荒らされちゃったな……」
森都の防壁内は被害に遭わなかったが、森都郊外の貧民街は猛獣共が暴れたせいで多大な被害を受けている。
あちこちに破壊痕が残る街並みを見回しながら私は虎人のティガが営む宿に向かっていた。
大鷲の魔獣を倒した後、疲労困憊だった私は森都の都市内にある冒険者組合が管理する宿泊施設で数日間、体を休めた。そこには大盾の戦士マグナスも運び込まれていて、野戦病院かと思われるような場所だったが、混乱する都市の中でもそれなりに手厚い看護を受けられる施設だったらしい。
重傷者には医療術士が治癒術式を施して回っていた。かくいう私も酷い怪我を負っていたので医療術士の治療は受けたのだが、どうも私の体には治癒術が効きにくいらしく、四級医療術士のおばさんが困っていた。
だが、治癒術が効きにくい代わりに私の自己治癒能力は高いようで、体に受けた矢傷はこの数日で完全に塞がっていた。
岩の腕に関しても、欠けた部分に針状の濁った結晶が無数に生えてきて、いつの間にか欠けた部分を埋めて元通りに修復していた。
等級の高い医療術士なら一回の治癒で完治させることも可能らしいが、あいにくとそこまで腕のいい医療術士はこの街におらず、居たとしても治療代が馬鹿みたいに高くなるので結局のところ重傷者はゆっくりとした静養が必要になるのであった。
私の体について、わりと本気で心配してくれた医療術士の気のいいおばさんには、危うく魔導技術連盟の医療施設へ連れて行かれそうになり焦ってしまった。怪我の治りが悪かったら本当に連盟の施設へ移送されていたかもしれない。そうなったら、一級術士である炎熱術士フレイドルとの間に問題を起こしている私がどういう扱いを受けるのか、考えたくもない。
(――メディがいたら……昔だったら、得意の薬で治してくれたんだろうな……)
レドンの村が焼け落ちたあの日、魔女メディシアスから明確に拒絶されてしまった私は逃げ出すようにこの森都へと移ってきたのだ。
もう昔のように、私が薬草を摘んできて渡しては、メディシアスからお返しに薬をもらうという当たり前だった日常は戻って来ない。
荒らされた森都郊外を歩きながら、ふと街の一画に目をやると何やら難しい顔をした狩人のバクルムが街の人達と集まって話し合いをしていた。冒険者組合ではギルドマスターの片腕でもあり、狩人組合にも顔が利くバクルムは調整役として街の復興に尽力しているようだった。
ちなみに冒険者組合のギルドマスターであるシルヴァは、森都の組合本部で事後処理に忙殺されている。冒険者達も多数が怪我を負った。命懸けで森都防衛にあたってくれた彼らの治療費の補償や、貧民街復興における冒険者の派遣などやることは山積みだ。防壁の外にある貧民街ばかりが被害を受けた形だが、復興には森都全体が協力する。
防壁の外のことだからと無視すれば、郊外に拠点を持つ冒険者の協力を得られにくくなり森都自体が窮することになるからだ。
「……では、冒険者の巡回は最低限にして、なるべく瓦礫の撤去と建物の修復に人数を割くということで頼んだ。……ふぅ。ん? ああ、レムリカ! ちょうどいい所に来たな」
近くを通りかかった私にバクルムが声をかけてくる。ちょいちょいと手招きするので、私は仕方なくそちらに向かう。これは間違いなく何か仕事を任される流れとみた。
「何か用事?」
「ああ、体が回復したなら、瓦礫撤去の作業を頼みたくてな。一日、手伝いを頼めるか?」
「今日は様子を見に行きたい場所があるから、明日とかでもいいですか?」
「それは構わんが、もし復興の手伝いをするつもりなら先にギルドの依頼を受けておいた方が報酬も出るぞ」
「う~ん、今日はまだ本格的に働くことはしないつもり。依頼で動くのは明日からでお願いします」
「わかった。そういうことなら、用事が済んだらギルドに寄って復興作業の依頼を受けてくれ。俺の名前で依頼を幾つか出している。瓦礫撤去の依頼だ。他にもできそうな仕事があれば引き受けてもらえると助かる。頼んだぞ」
「……はい」
完全に力仕事の期待をされているのがわかる。
私に任せることで瓦礫の撤去が捗ると目算を立てたのか、バクルムの表情は街の人と話し合っていたときより随分とわかりやすく和らいでいた。
「おぉ……。魔獣討伐してくれたゴーレム少女が手伝ってくれるのか。これは頼もしいな」
「巨大な森猪も片手でぶん投げるらしいからな。瓦礫の撤去作業は明日の一日で終わるんじゃないか?」
「そうなら助かるな。復興計画も前倒しできそうか?」
「猪と言えば獣肉の処理で手が足りていないらしい」
「ああ、それもあったな……。術士がひとまず冷凍してくれたようだが、早く処理を済ませないとせっかくの肉が無駄になってしまうぞ」
「肉の運搬もゴーレムっ
街の人達も私が大鷲の魔獣を討伐したことは知っているらしい。あちこち街の中で派手に立ち回ったこともあり、私の腕力はほとんどの森都の住人達が知ることとなった。
私としては術士として活躍したことも評価してほしいところなのだが、岩の腕で猛獣を殴り飛ばす姿があまりにも印象に残ってしまったようである。
(……私も瓦礫の撤去より、獣肉の冷凍処理とか術士らしい活動に回りたかった……)
一人の女子、一人の術士としても不服な評価であった。
防壁の外に広がる森都郊外の街、その貧民街の一画にある宿に私は到着した。
ここ数ヶ月の間は私も世話になった宿だ。猛獣達の一斉襲来を受けて、この宿も少なくない被害を受けていた。
建物の壁にかなり大きな穴が開いていたり、窓が雨戸ごとぶち破られていたりと派手にやられたようである。
猛獣の突撃でも受けたのか傾いて立て付けが悪くなった扉がぎぃこぎぃこと音を鳴らしながら開く。
「お? なんだ、レムリカの嬢ちゃんじゃねえか。一斉襲来から姿を見なかったから、死んじまったのかと思ったぜ」
立て付けの悪い扉を押し退けるようにして、宿の主人である虎人のティガが顔を出した。会って早々に憎まれ口を叩くが、その表情には元気がなく動きも緩慢で脚を引きずっているように見えるのが気になった。
「ティガ、怪我しているの?」
「あー……ちょっとな。元々、治療中だったところをあの一斉襲来だ。宿を守ろうと奮戦した結果、治りかけに無理をしてこのざまよ。建物の被害も結局、出ちまった」
「何か手伝うことがあれば手を貸すけど……」
「ん? そうか? そいつは嬉しいが、大雑把な片付けならグレミーの兵団が手を貸してくれたからな。嬢ちゃんに手伝ってもらえることは……ねぇかな」
ちら、と私の岩の両腕を見てティガが溜息を吐く。どうやらティガも私が力仕事しかできないと思っているようだ。
そんなことはないというのに。
土系統の魔導で建物の壁を代用することもやろうと思えばできるのだ。ふん、と大きな両腕を前に出して見せつける。
「もしかして壁とか窓の修理をしたいんじゃないの? それなら私が塞いで――」
「やめてくれ!! 俺の宿をこれ以上、壊さないでくれ!!」
親切に手伝いを申し出た私に対して、ティガは失礼にも悲鳴を上げて拒絶の意思を示した。
そ、そこまで嫌がる……?
「街の方はまだまだ瓦礫の撤去も済んでねぇんだ。そっちを手伝ってやってくれよ。ああ、それとうちの宿は今、こんな状況だ。しばらくは泊めてやれねえからな」
「そうだね……。これだけ大きな穴が壁に開いているんじゃ無理か……」
「嬢ちゃん、森都内で宿を取れているのか?」
「今は冒険者組合の宿泊施設に泊めてもらってる」
「そうか……。まあ、それも悪くはねぇがいつまでもってわけにはいかねぇだろ。なんならグレミー獣爪兵団が拠点にしている場所に行ってみな。森都郊外のさらに外れた森の中にある。この宿からちょうどまっすぐ南の方角だ。グレミーに相談すれば寝床くらい貸してくれるだろうよ」
「グレミー達の拠点……。わかった、ありがとう。後で顔を出してみるね」
ティガの宿でグレミー達と過ごした日常は悪くなかった。お互い気を使うような仲ではなく、雑に絡まれるのが私にとっては嬉しいことだった。
もう一度、あの日常を取り戻したい。
そう思えばこそ、瓦礫の撤去作業員だとしても、森都の復興作業に尽力しようと思えるのだった。
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