第37話 レムリカ=ドリュアス

 ざ、ざ、ざざ、ざ……。


 森の木々が『レムリカ=ドリュアス』の動きと連動するようにざわめく。

 太い蔓が幾重にも大鷲の魔獣へと絡みつき、二度と空に羽ばたけぬようにと大地へつなぎとめていた。


 絶好の機会が巡ってきた。

 無我夢中で唱えた『自己複製レプリケーション』の術式は、森の樹木を取り込んで巨大な魔導人形『レムリカ=ドリュアス』を生み出した。

 空を悠々と飛翔していた大鷲の魔獣を見事に引きずりおろし、今も地面に這いつくばらせている。

 今が大鷲の魔獣を討つ好機。


 ふらつく足に喝を入れて私は立ち上がる。

 ゆっくりと距離を詰めていき、蔓に絡まって暴れる大鷲の魔獣の顔面を岩の握りこぶしで思いきり殴りつけた。

 ばきりっ、と大鷲の嘴が砕けて半ばからへし折れる。顔面を潰すつもりで殴ったのだが、魔獣だけあってかなり頑丈だ。

 それならばと左、右、と左右の拳を順番に切り替えて、腰の回転の勢いを利用して何度も何度も殴りつけてやる。

 拳の一撃が決まるごとに大鷲の魔獣の大きな嘴は砕けて小さくなっていく。


(……このままっ! このまま押し切る!!)

 体力の全てをこの瞬間に出しきって、大鷲の魔獣を滅ぼすまで手を止めることなく殴り続ける。

 顔面から真っ黒い泥のような血を噴き出しながら、大鷲の魔獣はまだ蔓の拘束を引き千切ろうと暴れ続けている。だが、『レムリカ=ドリュアス』の蔓がさらに数を増して拘束を強めると、抜け出すのは難しいと悟ったのか大鷲の魔獣は次に耳をつんざくような奇声をひたすらに発し始めた。


 ピヒィィィイイイイイイ――!!


 超音波一歩手前といった怪音に私は思わず顔をしかめて攻撃の手が緩んでしまう。

 だが、それで大鷲の魔獣が拘束から逃れられるわけでもなく、ただただ怪音で鳴き続けている。

「一体、なんの真似で――!?」

 謎の行動であったが、その結果はすぐに状況の変化となって現れた。

 まず、グラッド達と争っていた雄牛人の魔獣が二匹、大鷲の魔獣の元へと駆けつけてきて斧で『レムリカ=ドリュアス』の蔓を殴るように切り始めたのだ。


「こいつ、仲間を呼んだんだ……」

 周囲に気を配れば遠く全方位から地響きが聞こえてくる。猛獣の群れも大鷲の魔獣の元へと呼び戻されているようである。

 唐突に横腹へと重い衝撃が走って私は大鷲の魔獣の前から弾き飛ばされてしまう。見れば大きな森猪が泡を吹くほどにいきり立ちながら私に体当たりを食らわせたところだった。森猪はその突進で全ての力を使い果たしたかのように、ずぅんと横倒しになって絶命した。

「……心臓が止まるほどの勢いで走らせたってこと……? 魔獣らしい、操獣術の使い方……」

 戦力であろう猛獣達に命を削らせてまで自らの元へと走らせたのだ。

 だが、手駒を使い潰しただけの成果はあり、その決死の突撃によって私は、あと少しで大鷲の魔獣にとどめを刺せるというところを邪魔されてしまった。術者の命を守るという一点において、確かな効果を発揮しているというのがあまりにも合理的で腹立たしい。


「そうまでして生き残りたいの……。そう、だよね。魔獣だって生きているなら、力の限り生きるために抗うか……」

 でもそれは私だって同じだ。化け物みたいな体になっても、生き続けて何かを成したいと思えば、自分の命を、そして居場所を守るために戦うのは当然のことだ。

「レムリカ!! 生きていたか!!」

「大鷲の魔獣はっ!? 追い詰めているのか!?」

 満身創痍といった姿の剣士グラッドと狩人バクルムが駆けつけてくる。

 雄牛人の魔獣がこちらへ駆けつけたことで、二人の手も空いたのだろう。


「もう少し……もう少しだから……! 大鷲の魔獣を捕まえていられる今のうちにとどめを……。もう一度、空に逃げられたら打つ手がないよ!」

「蔓……で拘束しているのか? いったい何の術式を――おおぉっ!?」

「樹木の……怪物……いやレムリカなのか……?」

 グラッドが蔓の生えている大元を辿っていって、『レムリカ=ドリュアス』の本体を目にして腰を抜かす。あまりにも巨大すぎて森の中にいたグラッド達はその全容が視界に入っていなかったようだ。

 だが、大鷲の魔獣を拘束する蔓が、次々と雄牛人の魔獣によって取り除かれていく光景を見て焦りを見せる。


「くそっ……俺達が取り逃がした雄牛人達かっ。レムリカの足を引っ張ってばかりじゃないか!」

「グラッド! 反省は後だ。今の状況なら、『やれる』のではないか?」

「――!? そ、そうか、今なら……」

 グラッドが腰に吊るした一本の剣を抜き放つ。それもまた魔導剣なのだろう。緻密な魔導回路が刀身に刻まれて、柄の部分には魔力の源を封じた美しい宝石が嵌め込まれている。


「バクルム! この魔導剣、くそ高いんだからな! 準一級の結晶術士が作った使い捨ての魔導剣だ!! どうにかギルドで補填してくれよ! 頼むぞ本当に! 魔獣を倒しても、金欠で首を括るのは嫌だからな!! 分割支払いがまだ残っているんだ! 本当なら、確実に利益が見込める獲物相手にしか使うつもりはなくて――」

「わかった! わかった! 森都を救えるなら誰も文句は言わん! 必ずギルドに掛け合ってやる! 冒険者組合と狩人組合、それと街の自治組織と魔導技術連盟にもな!」

「絶対に約束だぞー!」

 半泣きになりながら魔導剣を構えて大鷲の魔獣へ突っ込んでいくグラッド。

 あれがどれほど強力な魔導剣かはわからないが、これまでは飛び回る大鷲の魔獣に直接攻撃が届かなかった。それで使い所もなかったのだろう。

 もし、魔導剣の一撃が大鷲の魔獣にとどめを刺せるほど強力なら、なんとしてもグラッドに攻撃を成功させてもらわないといけない。


 グラッドの決死の突撃に雄牛人達が気が付く。

 大鷲の魔獣を救出するのが先か、グラッドを迎撃するのが先か。僅かに迷った様子を見せたが、結局一匹が迎え撃ち、もう一匹は大鷲の魔獣の拘束を剥がすことにしたようだ。

「かぁっ!!」

 裂帛の気合と共にバクルムが投げナイフを投擲した。ナイフというにはかなり大振りな鉈刀で、雄牛人の魔獣の片目にしっかりと突き刺さる。一瞬、体を仰け反る雄牛人だったが、そこは魔獣だけあって痛みに怯むこともなくグラッドへと襲い掛かっていく。

 その雄牛人の魔獣に岩の手刀が突き刺さった。あれだけ巨大な魔導人形を操りながらでは他の術式を扱う余裕がないのでとにかく走り寄り、少しでも間合いを長く稼ごうと伸ばした私の指先が雄牛人の喉を貫いて、そのまま近くの大木へと磔にする。


「ううぅうぅっ!!」

 私は歯を食いしばり、抵抗を続けようとする雄牛人の首をもう片方の手で絞り上げる。雄牛人の魔獣の首がついにへし折れ、そのまま千切れて地面に落ちた。雄牛人の魔獣はもがれた首元から黒い煙を噴き出しながら灰となって滅びていく。

 その時にはもうグラッドが大鷲の魔獣の目前へと到達していた。

 もう一匹の雄牛人は蔓を引き剥がすのに集中していて、グラッドの方は見ていない。


 グラッドが大鷲の魔獣に飛びかかり、魔導剣を喉元に突き刺す。

『焼き溶かせ!! 溶鉄嚥下ようてつえんげ!!』

 魔導剣の柄に嵌め込まれた宝石が光り輝き、刀身があっという間に赤熱して大きく肥大化する。

 肥大化した刀身は赤熱した刃を勢いよく伸ばして、大鷲の魔獣を胸から背にかけて貫き、どろりと溶けるように下半身まで真っ二つに焼き切っていく。

「ついでだ! お前も死んでおけ!」

 大鷲の魔獣を縦真っ二つに焼き切った後、まだ少し残った灼熱の刀身を横薙ぎに振るって近くにいた雄牛人の魔獣の首を切り落とす。

 それは切るというよりも焼き溶かすように、何ら抵抗を許さずに雄牛人を葬り去った。


 魔導剣の火力はすさまじく、大鷲の魔獣を拘束していた木の蔓までも焼き尽くしてしまった。

 だが、滅ぼすべき相手である大鷲の魔獣は既に全身を燃え上がらせて、灰と化しつつある。

「終わった……。倒した……」

 大鷲の魔獣の最期を見届けた私は『レムリカ=ドリュアス』を静かに地に伏せると、術式の維持を解いて自重のままに崩壊させる。

 ちりちりと燃える炎は次第に火勢を弱めて、『レムリカ=ドリュアス』の崩壊と共にわずかな煙を残して消えた。


 崩れ落ちる『レムリカ=ドリュアス』のすぐ横、大鷲の魔獣がいた場所には灰の山と黄金の羽が積み重なり、その一番上には黄玉トパーズのように淡い黄褐色をした拳大の魔核結晶が鎮座していた。

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