第36話 空と地と森と

 上空から降り注ぐ黄金羽根の大矢が、足を引きずりながら逃げ惑う私を容赦なく追い立ててくる。

 どうにか岩の腕を盾代わりに急所への直撃は避けているが、あまりにも一方的な状況に焦りを覚えていた。矢で射抜かれた頬がズキズキと傷む。

 大盾を持てなくなったマグナスは戦線を離脱、グラッドとバクルムが雄牛人の魔獣に応戦しているが押され気味だ。


石槍ストォヌ・アースタ!!』

 大矢の雨が止む一時の隙を見て、上空を旋回する大鷲の魔獣めがけて『石槍』の術式を放つが、広い空を悠々と飛ぶ大鷲の魔獣にはかすりもしない。


石弾ストォヌ・ブレット!!』

 単発射撃で狙い撃つのは不可能と判断して数十発の『石弾』による面制圧を試みるが、それでも素早い大鷲の魔獣に対してこちらが補足できる範囲は狭すぎた。攻撃範囲を広げれば必然的に石弾同士の間隔も広がってしまい有効打を与えることも難しくなる。

 なによりも面倒なのは相手が常に高所に位置することから、地上からの射撃では威力が減衰してしまうことだった。偶に当たるかと思った石弾も、大鷲の魔獣が翼を一打ちして風圧を発生させれば吹き散らされてしまう。


(……翼にも魔力を込めているんだ。翼の空打ちで生み出す風も相当に強い。至近距離で受ければ人間くらい吹き飛ばすかも……)

 おそらく並みの術士が使う『空弾エア・ブレット』ぐらいの威力はあるのだろう。上空に向けて放った私の『石弾』では威力の減衰もあって、大鷲の魔獣が生み出す風圧に負けてしまっている。

 打つ手がないまま、次第に攻撃を受ける頻度が多くなっていく。黄金羽根の大矢は一発一発が常人にとっては即死級の威力であった。いくら頑丈なゴーレムの体でも、まともに受ければ深い傷を負ってしまう。


 少しでも矢の雨から逃れようと森の中に飛び込むが、大鷲の魔獣は森の上空から的確に私の位置を把握して狙撃をしてきた。平地にいるときは雨のように降らせていた矢を、今度は一矢に精度と威力を込めて放っている。何かしらの方法でこちらの位置を探知しているとしか思えない攻撃精度だ。

「……ははは、本当に……反則でしょ……? ――ぅぐっ!?」

 あまりの絶望感に思わず笑いが漏れる。そして、足が止まった所へ容赦なく撃ち込まれた大矢が私の足を正確に射貫いた。無事だった方の足もこれで負傷してしまい、機動力はすっかり奪われてしまった。


 ……詰みだ。

 対抗策がない。

 こちらの攻撃は届かず、敵の攻撃だけが一方的に届く。

 せめて、こちらも精密射撃を狙えるだけの余裕があれば対抗できたかもしれない。例えば大盾で敵の矢を防ぎながら、遠距離攻撃の術式に集中できたならあるいは。だが、その可能性の一つであった大盾の戦士マグナスは真っ先に潰されてしまった。

 どうにか大鷲の魔獣を地上に引きずり降ろして、地に縛り付けなければまともに戦うこともできない。最初の遭遇時にはそれが可能だった。唯一絶好の機会を私達は逃してしまったのだ。


(……あの魔獣を空に逃がしちゃいけなかったんだ……)

 上空を旋回する大鷲の魔獣から強い魔力の波動が伝わってくる。次はとどめの一射を放つということだろうか。

 私にとっては最期の反撃機会となる。もう、ろくに動けない私に何ができるだろう?

 不意にレムリカ=エラーのとぼけた顔が脳裏をよぎる。


 鋸顎の合成獣キメラが私達の前に立ち塞がったとき、活路を開くきっかけとなったのが継ぎ接ぎだらけのあの子だった。

 何の役に立ったとも言えない、ただひょこひょこと戦場を横切っただけだったが、その一つの行動が追い詰められた状況をひっくり返す一助となったのは間違いない。

 まだ、私にもできることがあるとするなら――。


 残された力を振り絞って私は半身を起こした。手近な木にしがみつきながら、どうにか術式構成の意識制御を行う。

 私が戦闘不能になった後、せめてグラッド達へ向かう矢の狙いが分散してくれれば。

 叶うならばレムリカ=ラースのように、巨大で、頑丈で、盾となり、空を飛ぶ大鷲の魔獣を捕らえる術を持った魔導人形ゴーレムが生み出せたなら――。

 寄りかかり体を支えていた木の幹を強く握り、歯を食いしばりながら全身の魔導回路を活性化させた。岩の腕に刻まれた魔導刻印が、そして肌に刻まれた魔導回路が、橙色の光を強く放って輝く。

 しがみついた木の幹が力強く脈動したように感じた。


(――我が願いを複製し、草木の命を糧にして、骨を、肉を、皮を、髪を、目を、歯を、舌を、爪を、血を宿せ――)


 上空から強大な魔力が解き放たれる気配。そのわずか一瞬前に私の呪術が完成する。


『生まれ出でよ!! 自己複製レプリケーション!!』


 願いはいったい何者に通じたのか、生まれ出たのは森の巨木を半分取り込んだ私そっくりの姿をした木製の魔導人形ゴーレムだった。造形まで丁寧に、髪の毛は木の蔓や葉で細かく再現されている。

 体は上半身だけだったが、体長は縦横高さとも私自身の十倍ほどはあろうか。私なら岩の腕がある部分に瘤のたくさん付いた木製の太い腕が生えていて、下半身がない代わりに無数の太い根が生えて巨大な体を支えている。


「これは樹木人形ツリーゴーレム……? 違う? でも、ただの木質人形ウッドゴーレムでもない……。まるで、精霊樹みたいな……」


 ざわざわと大きな葉擦れの音を鳴らしながら、木製の魔導人形が瘤だらけの腕を持ち上げて、上空から放たれた大鷲の魔獣の一射を受け止める。大きな瘤の一塊が爆ぜて吹き飛ぶが、抉られた部分に木の蔓が巻き付いて補強すると何事もなかったかのように天へ向けて木の腕を伸ばした。

 空を飛ぶ大鷲の魔獣には到底その腕は届かなかったが、陽の光を目指すように腕から新たに生やした蔓を上へ上へと伸ばしていき、ついには大鷲の魔獣の脚を蔓の一本が巻き取って捕まえた。

 捕らえてしまえば後は圧倒的な重量でもって大鷲の魔獣の脚を引っ張り、優雅に飛んでいた空の覇者を一転して地へと叩き落とす。


 その威容はまさしく樹木の大精霊の如く。

 『レムリカ=ドリュアス』の誕生であった。

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