第35話 見えない狙撃手

「やった……!!」

 立て続けに攻勢術式を浴びせかけて、私はどうにか鋸顎の合成獣キメラを撃破することに成功した。


 レムリカ=エラーが遠くで満足げに頷きながら、腕組みしてこちらを見ている。

 なんであの子が偉そうにしているのか。

 そんな様子でふんぞり返っていたレムリカ=エラーの後ろ頭を、森から飛来した大矢が射抜いて首から上を吹き飛ばしてしまう。


「ぬぁあああっ!? レムリカー!!」

「マグナス落ち着いて! 私は無事だから!」

 相変わらずエラーを私だと思っていたマグナスが叫ぶ。

 目の前で仲間の首が吹っ飛ぶのだ。精神的にきついものがあるだろう。


 レムリカ=エラーは頭を吹き飛ばされたことで体を維持できなくなり、元の土塊へと戻っていく。そこまで見届けてようやくマグナスもエラーが呪術で生み出されたものだと気が付く。

「ううむ、面妖な。これも呪術のなせる技か」

 一応の納得がいったのか、マグナスは気を取り直して大盾を構えた。


「雄牛人の数も減った。攻めるなら今だぞ」

 バクルムが言うように、生き残りの雄牛人の魔獣達は森の中へと静かに後退を始めていた。おそらく大鷲の魔獣と合流して、戦力を集中しようという魂胆だろう。

「森に入ろう。いつまでも一方的にやられるだけじゃないって、目にもの見せてあげるんだから」

「本当の反撃開始だな!」

 本当の反撃、とグラッドが言ったのもまさに正しい。どうしても防戦一方であった先程までと違い、形勢は逆転しているはずだ。

 ここで一気に畳みかける。


 森からの射撃はレムリカ=エラーが倒されてからは不気味なほど沈黙を保っている。

 私達四人はマグナスの大盾を先頭にして、先程まで大矢が放たれてきていた方角に向かって森を突き進んでいた。

「なあ、今どれくらい魔獣に接近しているんだ?」

「わからん。だが、方角はこちらで間違っていないはず……」

 グラッドの問いにバクルムも確信を持った返事ができないでいる。


 嫌な感じだ。待ち構えられている気がする。

 不意にそんな思いを抱いて、一度周囲を警戒しようとした瞬間だった。


 ぞわり、と背筋に寒気が走り抜ける。

 魔獣に視られているという直感が働いた。

「気を付けて! 近くに魔獣がいる!!」

 根拠はない。だが、警戒を強めてもらう分には悪いことなどないだろう。

 私が警告を発した直後、森の奥で動く影が二つほど現れた。こちらの追跡を振り切ろうとジグザグに森の中を逃走している。

「いたぞ! 雄牛人だ!」

 先頭を走るマグナスが雄牛人の姿を捉える。だが、大鷲の魔獣の姿がない。もっと森の奥にいるのか。あるいは――。


 ごぉっ!! と、私の脇をかすめて後方から黄金色の矢が飛来する。


「ぐがぁああっ!?」

 後ろから飛んできた大矢が肩に刺さり、たまらずマグナスはその場に大盾を落として膝を着く。

(……やられた!! いつの間にか後ろに回り込んでいたんだ!)

 マグナスが足を止めたと見るや雄牛人の魔獣達も反転して襲い掛かってくる。

「くそっ……誘い込まれたか! レムリカ、大鷲の魔獣だ! 奴を探し出してくれ! でなければ全滅してしまう!!」

 グラッドが叫びながら雄牛人の魔獣へ斬りかかっていく。バクルムもなんとか素早い動きで雄牛人を撹乱しながら戦っている。二人とも一対一で魔獣の相手をするのは荷が重い。こんなところを後ろから弓矢で狙われたらひとたまりもない。


 私は来た道をすぐさま逆走して、マグナスを狙った大矢が放たれた方向へ突撃する。

 しかし、いくら走っても大鷲の魔獣の姿が見えない。このままでは他の三人と大きく離れてしまう。

(……何かおかしい? 魔獣の気配らしきものは確かにあるのに……)

 これ以上、遠くへ行くのはまずいと思って、私は立ち止まり辺りの様子を探る。大鷲の魔獣はかなりの巨体だった。あれだけの大きな獣が動けば痕跡ぐらい残すはずだ。


 ――風切り音が遠くから聞こえ、完全な死角から大鷲の魔獣の矢が撃ち込まれる。

 背中にどんっという衝撃と鈍い痛みが走る。予想外の方向からの攻撃を受けて、私は堪え切れずうつ伏せに倒れた。黄金の矢はその先端がわずかに背中の肉に食い込んだ程度だが、衝撃力が凄まじかった。

 しかも今の攻撃は背後からではない。上から下に向けて放たれた矢だ。それゆえに私は押しつぶされるように地面へ伏したのだ。

 連続で聞こえてくる風切り音を頼りに、私は素早く起き上がると転がるようにしてその場を移動する。つい数瞬前まで私がいた場所に黄金羽根の矢が突き刺さった。


「……そうか、樹の上!!」

 背中に刺さった矢を引き抜きながら樹上を仰ぎ見るが、大鷲の魔獣の姿はない。

 違う? ならばこの矢はどこから撃ち込まれたのか?

「まさか、空っ!?」

 真上を向いた刹那、目前に黄金羽根の矢が降り注いできた。顔面を貫かんとする矢の雨を咄嗟に体を捻ってかわすが、矢の一本が横を向いた私の頬を貫通していった。

「……ぶぐっ……!!」

 急所は避けたが、あまりの痛みに涙があふれ出る。

 滲む視界で空を見上げると、鬱蒼と茂る木々の葉の隙間から青い空を悠々と旋回する大鷲の魔獣が見えた。


 敵は既に、私達の手の届かない安全圏に陣取っていたのだ。

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