第34話 猫の手も借りたい

 鋸顎の合成獣が森都防壁に向かう様子を岩陰から見ながら、私達は決断を迫られていた。

「どうするの? 大鷲の魔獣を狙うか、鋸顎の合成獣キメラを止めるか」

「難しい判断だ。ここで合成獣の相手をしていれば、大鷲の魔獣が狙撃を再開するだろう。かといって合成獣を捨て置けば森都の防壁が崩されかねん。手が足りんな……」

「ひとまずの被害が大きそうなのは、あの鋸顎を見過ごした方だよね」

「……そうだな。まずは合成獣、鋸顎の方を止めねばなるまいか」

 結局、選択肢は残されていないのだ。

 悪い方向へと判断を迫られている気がする。


「そういうことなら私、あの鋸顎の足をまず止める」

「任せた。マグナス、レムリカの援護を頼む。背中を守ってやってくれ。グラッドはレムリカが鋸顎を止めた時点で攻撃を仕掛けろ。お前も大鷲の魔獣に狙われるかもしれん。ぎりぎりまで岩陰で待機して、確実に行けるとなったとき一撃離脱で傷を負わせるんだ」

「おお、心得た。レムリカは心配せず、鋸顎に全速力で向かうといい」

「切り札の魔導武器は取っておきたい。初撃は俺の攻撃が通るか試させてもらう」

「いいよ。私は私で鋸顎の合成獣を倒すつもりでかかるから。……じゃあ、行くよ!」


 方針が決まれば動くのは早かった。

 巨体を揺らして森都防壁に迫る合成獣へ、私は全速力で駆け寄る。幸いなことに鋸顎の合成獣の動きは速くない。あっという間に追いついて、その後ろ脚を掴んで思いきり引っ張ってやった。

 だが、六本ある足でそのまま歩みを止めずに森都防壁へと進撃を続けてしまう。

「うぅ~っ! と、止まれー!!」

 合成獣の脚力に対して私の腕力も負けてはいなかった。ただ、全体の重量で圧倒的に負けているようだ。一度勢いの付いた巨体を止めるのは至難の業である。


 背後でがぁんっ、という大きな衝撃音が響く。

 どうも私を狙った大鷲の魔獣の狙撃をマグナスが弾いてくれたらしい。守ってくれている。ならば私はその分だけ、攻めの働きを見せなければなるまい。

「止められないなら……捩じ切る!」

 引きずられてしまうのはあきらめて、そのまま合成獣の脚にしがみつき岩の両腕で関節を絞り上げる。ぶちっ、と音がして太い脚が一本、引き千切れた。


 ――ギギギィゴォッ!!


 痛みに怒りを覚えたか、合成獣が鋸顎をギリギリと擦り鳴らし、その場で脚をばたつかせて暴れ回る。

 すかさず合成獣の正面へと回り、鋸顎の先端を掴むと頭を地面に押し付けるように力を込めた。

「グラッド! 今!」

 鋸顎を押さえ込んだ合図の一声に応じて、グラッドが飛び込んでくる。

 首の根元を目掛けて鋼鉄の長剣を振り下ろすが、それは合成獣の剛毛に阻まれて致命傷には至らなかった。関節を覆うように生えているあの剛毛は剣を滑らせて斬撃を防ぐようだ。とりわけ首元は太く、剛毛も一番多く生えているのでグラッドの剣が通用していない。

「くそっ! ならせめて脚の一本でも!」

 すぐに狙いを切り替えたグラッドだったが、関節を狙った一撃は暴れ回る脚の甲殻に弾かれてしまった。横に振り回された太い脚がグラッドの胸元をかすめるが、装着していた盾によってどうにか弾く。だが、体重の軽いグラッドはそれだけで大きく吹き飛ばされてしまった。


「――!? 想像以上に厄介だぞ、こいつ! レムリカはよく脚一本もげたな!?」

「グラッド! 出し惜しみしてないで、さっさと魔導具で止めを刺して」

「畜生っ! 消耗した魔導具の補充代。絶対、ギルドに請求してやるからな!」

 グラッドが短剣の魔導具を腰から抜き放ち、鋸顎に再び迫る。

「グラッド!! 左から来るぞ!!」

「――なにっ!!」

 バクルムの警告が飛んだ直後、鋸顎の合成獣に飛びかかろうとしたグラッドの横手から雄牛人の魔獣が襲い掛かってきた。

 雄牛人にしてはやけに静かな挙動で、それまで息を潜めていたのも不気味だった。ずっと隙を窺っていたのだろうか?


重撃グラビスヒット……』

 低く野太い声でぼそりと雄牛人が呟く。雄牛人の得物にしては少し小さめに思える片手斧だが、『重撃』の呪詛を込められた一撃をまともに受ければ確実に押し込まれてしまう。

「まともに打ち合っていられない!」

 横合いから駆け寄りながら振り下ろされる片手斧の攻撃をグラッドは地面を転がるようにしてどうにか避けた。

 グラッドが転がった先で、建物の陰からまた別の雄牛人の魔獣が武骨な斧槍ハルバードを担いで飛び出してくる。慌てて前方へ飛び、突き出される斧槍をグラッドはぎりぎりでかわした。


 雄牛人の魔獣は大鷲の魔獣を守っているものとばかり思っていたが、既に森都へ侵入してきていたとは予想外だ。

「次から次へと……!!」

 まずい。私は鋸顎を抑えるので精一杯の状況だ。マグナスは大鷲の魔獣から放たれる大矢を警戒している。グラッドに加勢したバクルムも雄牛人の魔獣相手に劣勢を強いられていた。完全に八方塞がりの状況である。

 私の方も持ちこたえるのが限界だ。落ち着きを取り戻した鋸顎の合成獣が、五本の脚でしっかりと地面を踏みしめてじりじり進もうとしている。


(……人手が欲しい。強い冒険者じゃなくてもいいから、せめて雄牛人の気を逸らしてくれるだけでも……)

 無理無体なことを考えてしまっている。要するに囮となって気を引いてくれということだ。それを冒険者に強要することはできないだろう。

 相手はただの猛獣ではないのだ。魔獣相手ではCランク以下の冒険者では、前に立った途端に瞬殺されてしまう。

(……囮……強くなくてもいい……恐れず、逃げ出さず……せめて奴らの気を引いてくれる……)

 鋸顎の合成獣が姿勢を一瞬低くして屈み、長大な顎を勢いよく天へと振り上げた。


(……あ……?)

 気が付けば私の手は空を掴み、視界が青く反転していた。

 鋸顎の合成獣に放り投げられたのか。その事実を理解する前に、急速な落下感に襲われて地面へと強く叩きつけられる。

「……レムリカ……!?」

「やられたのかっ……!?」

 遠くにグラッドとバクルムの声が聞こえる。このままではダメだ。すぐに立ち上がって反撃の手を打たないと。しかし、地面に叩きつけられた体が痺れてしまってすぐには動けなかった。自重が仇となって落下の衝撃力が増してしまったのだ。私の体は相当に頑丈なはずなのだが、それでも行動不能になるほどの衝撃。よほど高く放り投げられていたようだ。

 地面に這いつくばる私の様子を見て、建物の陰から姿を現した雄牛人の魔獣が二匹ほど距離を詰めてきていた。早く立ち上がらなければいけないのに体が思うように動かない。


 それでも意識がはっきりしているのは救いだった。せめて、グラッド達を援護する術式を一つでも!

 魔導刻印を橙色に輝かせ、魔力を大地へと吹き込むように、這いつくばった姿勢のまま地面に腕を叩きつける。


(――我が思念を複製し、大地の恵みを糧にして、骨を、肉を、皮を、髪を、目を、歯を、舌を、爪を、血を宿せ――)

『生まれ出でよ!! 自己複製レプリケーション!!』


 ずずっ……と、橙の光が揺らめきながら人の形を成して大地に立った。

 二房に括られた灰色の長い髪。ぎだらけの煤けた白い肌。左右で色違いの瞳はガラスのように無機質で、体の部位は幾つか欠損し、それでも人としての姿を成立させたいびつな人形。

 創り出された魔導人形ゴーレムはガクガクと痙攣しながら不器用に口を動かす。

『エ、えぇ、エ、ラー。エラー、デス。ワたシがレむりカ=エラー。ワタしハ、アなタニ命令を受けマス』


「なっ!? なんだっ!? レムリカがもう一人!?」

「いや! しかし様子がおかしい!!」

「おおーいっ!! 何が起こっている!! こっちは大鷲の矢を捌くので手一杯なんだが!?」

 次々に困惑の声が上がる。

 お願いだから、三人には気を散らさないで逆転の機会を探ってほしい。例え私の術式が失敗だったとしても。


 術式『自己複製』で創り出されたのはレムリカ=エラーだった。もしかしたらレムリカ=ラースを創り出して逆転の目があるかと期待したのだが、そんなにうまくはいかなかった。

 そもそも『自己複製』の術式は森都に来てからも度々、使いこなすための練習をしていたのだが、これまで練習ではレムリカ=エラーしか呼び出せていない。レムリカ=ラースはフレイドル一派との戦闘で呼び出した一度きりしか成功していないのである。

「エラー……あなたでもいい……。難しいことは言わないから……走って!!」

『エ? エェー……』

 こてん、と首を直角に折り曲げながら、その場に突っ立っているレムリカ=エラー。

 ――これはダメか。

 諦めの思いを抱いた直後、トテトテトテ……とレムリカ=エラーが走り出す。


 何の必死さもない。やる気のなさそうな駆け足である。

 ふらふらと左右に揺れながら鋸顎の合成獣の目の前を横切り、グラッドに襲い掛かっていた雄牛人の魔獣に肩をぶつけてよろけ、どこに向かっているのか判然としない様子で大盾を構えたマグナスの方へと走っていく。


 ――ギ、ギ、ギ、ギ、ギィギゴォッ!!


 レムリカ=エラーの存在がどこか目障りだったのか、鋸顎の合成獣が不快音を鳴らしてエラーの後を猛然と追った。

 鋸顎がエラーを追って突進する、その経路に偶々いた雄牛人の一匹が凶悪な顎に挟まれ放り投げられた。

 グラッドに襲い掛かっているその最中、エラーが肩をぶつけた雄牛人であった。


「絶好の機会だぞ!! グラッド! 雄牛人の数を減らせ!」

「うぉおおおおっ!!」

 バクルムの声を皮切りにグラッドは魔導武器を腰だめに構えて突進する。雄牛人の魔獣はまだ起き上がろうとしている途中だ。

 駆け寄った勢いのまま短剣型の魔導武器を雄牛人の胸目掛けて渾身の力で突き出す。

いかづちを放て!!』

 グラッドが発した楔の名キーネームによって、魔導武器は即座に発動してその威力を存分に発揮した。

 雄牛人の胸に浅くではあるが突き刺さった短剣の切っ先から強烈な電撃が迸った。


 びくん、と大きく震えて雄牛人の一匹が崩れ落ちる。魔獣とはいえ、心臓間近で雷の衝撃を受ければただでは済まない。

 黒い靄を盛大に撒き散らしながら、灰となって滅びていく。


「――っぐ!! 鋸顎は!?」

 ようやく体に力を取り戻した私は立ち上がって、エラーを追っていった鋸顎の合成獣の姿を探す。

 当の追われているエラーはマグナスの傍まで来ると、その足元にべたんと座り込んでしまっている。

「な、なんだ!? レムリカ!? どうしたというのだ!! そんな継ぎ接ぎだらけの姿になって……!! く、首が直角に曲がっているが!?」

 こちらの様子を見ていなかったマグナスはエラーを私と間違えて混乱している。

 そんな二人のもとに鋸顎が迫っていた。


 まずい。前からは大鷲の魔獣から撃たれる大矢、後ろからは鋸顎の合成獣の突進。マグナスが前後からの攻撃に挟まれてしまっている。レムリカ=エラーがマグナスの背中をやんわりと支えているが、ほとんど役に立ってなさそうだ。

 もう何発目かもわからない大鷲の魔獣が放った大矢が、混乱するマグナスの大盾を弾いた。

「ぐぉっ!? いかん! 抑えきれん!!」

 続けて連続で撃たれた大矢が不安定になったマグナスの大盾に当たり、軌道を変えて斜め後ろへと飛んでいく。その矢が偶然にも鋸顎の合成獣の首筋に一本突き刺さった。


 ――ギギギギギギ、ギリリィッ!!


 鋸顎の突進速度が遅くなった。

 狙うなら動きの止まった今しかない。


『降り注げ! 石槍ストォヌ・アースタ!!』

 幾本もの石の槍が空中に生成され、鋸顎の合成獣に向かって降り注ぐ。

 ほとんどは硬い外皮に阻まれて砕けるが、石槍の数をとにかく増やしてぶつけてやれば、何本かは合成獣の関節部へと突き刺さる。


岩塊サクスム・マッサ!!』

 どうにか片膝を着いて立ち上がった私は、すかさず巨岩を召喚して力の限り鋸顎の合成獣めがけて放った。石槍に動きを阻害されて動けない鋸顎の胴体に、投げつけた巨岩が直撃し側面の脚三本がまとめて潰れる。これで動きはほぼ封じた。


『撃ち抜け! 大石槍マグナム・ストォヌ・アースタ!!』

 極大の石槍を一本召喚して、魔力で運動エネルギーを付加しつつ渾身の投擲を放つ。実戦では初めて使う大技。術式発動までの時間が長く、方向制御も難しいが、身動きの取れなくなった相手に対しては絶大な威力を発揮する。

 放たれた大石槍は射線上にいた雄牛人の魔獣ごと、もがく鋸顎の合成獣の頭を一直線に貫いた。

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