第33話 醜悪牙獣

 散発的に飛んでくる大鷲の魔獣による巨大な矢の攻撃。飛んでくる矢の方角にあたりを付けて私達は魔獣との距離を慎重に縮めていこうとする。

「攻撃を仕掛けるにもまず近づかないと……」

「距離があるほど敵の有利に働くからな。だが、岩を盾に進めばなんとか近づけそうだ」

 私の呟きにグラッドも独り言のような口調で返す。しゃべってはいても意識は常に大鷲の魔獣へと向いていた。

 堅固な防壁さえ崩す大鷲の魔獣の矢であるが、さすがに岩の塊を貫き通すほどの威力はない。それでも、一発撃ち込まれると罅が入って割れてしまうのだから恐ろしい威力には違いない。そこへ二の矢を放たれれば無事では済まないだろう。


「いざとなれば盾の内側に逃げ込め。なに、今度は一人でも支えきってみせる」

 新しい大盾を持ち出してきたマグナスが自信ありげに笑う。盾の裏側にちょっとした仕掛けがあるようだ。大鷲の魔獣が放つ大矢への対策がなされているのだと思う。

「大鷲の矢が連続で三本、飛んだ。少し間ができる。今のうちに距離を詰めるぞ」

 一人だけ先行して、岩陰から様子を見ていたバクルムが進行の合図を送ってくる。

 私達はマグナスを先頭にして岩陰から岩陰へと移動していく。


 突如、風切り音が聞こえて、隠れていた大岩が砕け四散する。

 わずかな移動の合間に、狙いすましたかのような大矢の急襲が連続する。

「こんなに早く次の矢を撃ってくるのか!? まずい! 次の岩陰に早く隠れろ!!」

「この感じ、気が付かれたぞ!! 連続で大矢が来る!」

 グラッドとマグナスが大声で注意を促す。ほぼ同時に複数本の大矢が飛来して、近くの岩へ手当たり次第に着弾した。先行したバクルムは岩陰にじっと身を潜めていたが、あまりにも激しい大矢の攻撃に一旦、私達の元へ合流する。


「マグナス。大矢を受けながら進むことはできるか?」

「あの矢を受けながらでは前に進めん! だが、岩以上の防御で守りを固めることはできる!」

「それで充分だ。岩から岩へ移動する際に飛んでくる矢さえ防げればいい。レムリカは可能なら岩の数を増やしてくれ」

「わかった。まずは私がもう一度、術式を使う」

 バクルムの指示で私は『岩塊サクスム・マッサ』の術式を発動して、再び大量の岩を進行方向にばらまいた。もうこの先には戦っている冒険者の姿もない。何の遠慮もなく岩をばらまくことができる。


「しかし、結局また正面からの戦いになるのか。敵の感知能力が高すぎる」

「愚痴を言っても始まらんぞ、グラッド。そら、先の岩陰までは俺が盾で活路を開く。行くぞぉっ!!」

 マグナスが岩陰から飛び出し、岩から岩までの中間地点に大盾を立てて構える。

 その瞬間を狙っていたかのように魔獣の放つ大矢がマグナスへと襲い掛かった。

 がぁんっ!! とマグナスが大盾ごと大きく後ろに弾かれる。このままでは前回と同じく、大矢の連射で押し切られてしまいそうだが……。


「なぁんのっ、これしき!! 『杭を打て』!!」

 マグナスの力ある掛け声と共に大盾の裏の仕掛けが稼働し、下端から太い杭が飛び出して地面に深く突き刺さる。

「続けて『防御を固めよ』!!」

 大盾の表面に薄っすらと赤い光が筋状に走り、飛来する魔獣の大矢を正面から受け止めた。魔獣の黄金羽から生み出された大矢が、大盾と衝突した瞬間に爆ぜて散々に弾け飛ぶ。マグナスの体は大矢の威力に押されることもなく、しっかりと揺るがずその場に立っていた。

「完璧に防いだ!!」

 思わず称賛の声を上げてしまう。


 一見して機械仕掛けかと思ったが、あの大盾は魔導具だ。おそらく『杭を打て』と『防御を固めよ』が魔導発動の楔の名キーネームなのだろう。マグナスの掛け声に応じて地面に杭を打ち込む機能を発揮していた。そして、薄っすらと盾を覆う赤い光は魔力の光。盾の強度を高めるか、あるいは反発力を発生させるなど防御の補助をしているのだと思う。

 たぶん、相当に高価な魔導兵装だ。普段使いには向いていない、ここぞというときに持ち出すマグナスの切り札というわけか。

「さあ! 早く大盾を経由して、次の岩陰へ急げ!!」

 マグナスに促されて私達三人は大盾の後ろに滑り込み、魔獣の大矢が放たれた後に隙を見て岩陰へと移動する。三人が移動したのを見計らって、マグナスは地面に刺さった杭を『杭を抜け!!』と命令して引き抜いていた。


 同じ要領で私たちは徐々に大鷲の魔獣との距離を詰めていく。

 実のところ、本気で向こうが距離を保とうと思ったら、進みの遅い私達では追いつくことはできないだろう。

 それでも私達の存在が圧力になって、大鷲の魔獣が森の奥へ引っ込むなら森都の防衛の方は負担が減る。そうなれば持久戦に持ち込んで援軍の到着を待てば私達の勝ちだ。

 つまり、私達はこのまま堅実に大鷲の魔獣を追い詰めればいい。


 順調に大鷲の魔獣の矢を受け流しながら、牙獣の森の際まで到達したとき、森の奥から木々の倒れる音が聞こえてくる。大鷲の魔獣が放った大矢で木々が倒されたのだろうか。

「……妙だ。森の中の動きがおかしい。いつの間にか矢の射撃も止まっているぞ」

 バクルムが異変に気が付いて周囲を警戒する。確かに、木々の倒れる音は聞こえてくるが矢が飛んでくる様子はない。

 さらに複数の木々が倒れる音。幹が裂けて割れる大きな音が聞こえてきた。

 あれは大矢が当たって折れた音ではない。もっと重量のあるものに圧し潰されたかのような――。


「何だ!? 森の奥から何か出てくる! 馬鹿みたいにでかい!!」

 森の奥を見据えてグラッドが叫ぶ。その視線の先には木々をなぎ倒しながら進んでくる巨大な影があった。大鷲の魔獣もかなりの巨体だったが、それ以上の大きさである。

「なに、あれ……? 巨大熊ヒュージベア……?」

「いや、巨大熊にしては体型が少しおかしい。足の数も……」

 マグナスが言うように、一見して巨大な熊に見えたそれは、よく見れば全く違う種類の生き物であるとわかった。


 木々を押し退け薙ぎ倒しているのは虫のような鉤爪と剛毛の生えた六本の短く太い手脚。

 体型は巨大熊のそれに近いが、体の表面は昆虫の外骨格のような硬質的な見た目をしている。

 そして複眼を有する前後に生えた二つの頭。

 口元は歪に割れ開いて、ほ乳類にはない特徴的な鋭い鋸顎のこぎりあごが備わっていた。

「……あれ、合成獣キメラだ……」

 本来なら交わることのない異種間の動物の特徴を合わせ持つ、人為的に複合化された生物『合成獣キメラ』である。生命の設計図に手を加えるという人類の冒した禁忌の中でも最たるものの一つ。


 ――ィギィギギギゴゴォッ!!


 下手糞が丸太に鋸を引いたような不快な音が周囲一帯に響き渡る。鋸顎のこぎりあごの合成獣が牙を擦り合わせて音を鳴らしたのだ。

 その音は森都の防壁近くまで届き、防衛にあたる冒険者や術士達を恐怖に陥れていた。

「牙獣の森にはあんなのまで生息しているの?」

「……森の奥深くには無数の魔獣や合成獣がいる、とされてはいる。だが、実際に森都周辺まで現れることは滅多にない。今回の一斉襲撃にしても、複数体の魔獣が出現している時点で珍しいのだ。合成獣の一匹や二匹が出てきたところで不思議はない」

 不思議はない、そう言ったバクルムも相対するのは初めてなのだろう。とても想定していた事態とは思えないほどに顔色を悪くしていた。


「なあ、マグナス。もしかしてあれ、雄牛人の魔獣なんかよりも危険なんじゃないか?」

「俺も同じことを思っていたぞ、グラッド。単純にあのデカさだ。体当たりはもちろん、顎に挟まれるか剛腕の一本にでも殴られれば……耐えられるのはレムリカくらいではないか?」

「私を引き合いに出さないで……」


 私達四人が立ち尽くしている間にも、鋸顎の合成獣は段々と歩みを早め森都防壁へと近づいていた。

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