第32話 反攻作戦開始


 大鷲の魔獣相手に真っ向勝負では通用しない。だが、術士としてあらゆる手段をもって戦うなら、なんとかなる気がした。敵の攻撃方法は既に知れているのだ。対抗手段は幾つも思いつく。

「術士として戦う、か……。よし。そういうことなら、俺も切り札を出そう」

 本気を見せた私に感化されたのか、グラッドも覚悟を決めた様子で装備を整え始める。腕に装着していた小盾は胸元に括り付け、荷物の中から取り出した何本かの短剣を腰に数本と腕や脚の邪魔にならないところにも括り付けている。短剣は柄の部分に細かな紋様が彫り込まれていた。


「その短剣……もしかして、魔導武器?」

「一目でよくわかったな。魔導因子を流し込むと特定の術式が起動するやつだ。高価なわりに耐久性に難があるから普段は使わないが、今回は出し惜しみできる状況でもなくなったんでな。ギルドマスター、特別報酬は弾んでくれよ。高価な魔導具も使って命張ったのに赤字じゃ困るんだ」

「おう! 金の心配はするな! ……っと言いたいところだが、先にどれくらいの出費になりそうか相談させてくれ……」

 豪放なギルドマスターでもさすがに魔導武器を消耗品の必要経費とされるのは恐ろしいようだ。


 一般的な魔導武器は、ある一つの術式を発動するのに特化した魔導回路を刻まれた武器である。術士が体に刻む魔導回路と違って、極力単純な構成となっており、術士としての訓練を受けていなくても導通経路パスを使って魔導因子を流し込むことさえできれば、子供でも術式を発動できる代物である。ごく単純な意識制御で術式を扱えるため、術士でない冒険者でも扱うことができるわけだ。

 だが、魔導武器のほとんどが高価なうえに、魔導回路が消耗していくため頻繁に使い捨てることになる。耐久性の高いものもあるが、そうした高品質の魔導武器は当然ながら相応に値段が高いものだ。


「バクルム、俺も相談がある。新しい盾を取り寄せたい。保管場所の座標を教えるから、召喚術士に頼んで送ってもらえないか」

「わかった。魔導技術連盟の支部になら、後詰めの術士がいるだろう。そちらに依頼しよう」

 マグナスの方は予備の盾を取り寄せるらしい。召喚術を使えば、遠くの倉庫に保管してある物でもすぐに手元へ持ってこられる。

 単純に物を呼び寄せるだけの召喚なら魔導の基礎なので、座標さえわかれば私でも召喚することはできた。だが、大事な戦闘の前に僅かでも消耗するのは避けた方がいいだろう。

 人体に刻まれた魔導回路も使用すれば消耗するのだ。短期間に酷使すれば回路が焼き付いてしまう。魔導武器に刻むのと違って、人体に刻まれた魔導回路は自然回復するものだが、それはつまるところ怪我を自然治癒しているのと変わらない。術士にとって術式行使の限界とは、自らの体の耐久性なのだ。


(……でも、今の私の限界ってどの程度なんだろう? ゴーレムの体になってから術式行使による消耗はあまり感じたことがない……)

 今の体になって、魔導回路の耐久性が格段に向上したのは間違いない。ただその限界がわからない理由が、耐久性の高さだけでなく、痛覚が鈍くなっているだけということもある。調子に乗って術式を使い過ぎれば、突然体に限界が訪れる恐れはあった。やはり必要に迫られない限り、本番の戦闘前に術式の行使は控えた方がいいだろう。



 それぞれが準備を整えて冒険者ギルドに再び集合したところで、作戦の最終確認をした。互いにどういった攻撃方法を取るか教え合って、戦闘中の連携を取りやすくしておく。私は扱える術式の種類が多いので、今回の戦闘で恐らく使うだろう術式の傾向を幾つか教えておいた。全ては教えられないが、グラッド達も熟練の冒険者だ。うまく合わせてくれるだろう。


 もう少し戦場での動きを詰めておこうか、と話し合っていた矢先。会議室の戸が慌ただしく叩かれ、伝令の冒険者が飛び込んできた。

「ギルドマスター!! 一斉襲撃が再開した! 猛獣共が数えきれないくらい、ものすごい数で押し寄せてくる!!」

 どうやらこれ以上は悠長に相談している暇はないようである。私達は会議室を出てギルドの入口に向かう。

「うぉっしゃぁ!! 野郎ども、行くぜっ! 森都防衛にあたる奴らは俺についてこい!! ボス魔獣討伐チームはバクルム、お前に任せた! レムリカ、お前さんが討伐のかなめだぜ。頼んだぞ!」

 ギルドマスターのシルヴァが、ギルドに集まった冒険者達に指示を出した。

 私とバクルム、グラッド、マグナスの四名はもう一度、大鷲の魔獣へと挑むことになる。



 ついに猛獣共の一斉襲撃が再開した。

 大鷲の魔獣へこちらから奇襲を仕掛けるにしても、ある程度は押し返してからでないと、猛獣の群れに阻まれてボス魔獣達に近づくこともできない。

「仕方あるまい。少しばかり防衛に加勢して、隙を窺うとしよう」

 バクルムも強行突破は無理と判断した。隠れて奇襲をかけようにも全方位に獣が散らばっているので、どこを行っても気取られてしまうだろう。

「まずは大鷲の魔獣が今、どこにいるか見つけないと……」

 防壁の上から様子を見ているのだが、大鷲の魔獣どころか雄牛人の魔獣の姿も見当たらない。奴らはずっと森に潜んで、一斉襲撃の指揮だけ執っているようだ。

 危険かもしれないが、むしろ攻め入られて大鷲の魔獣が前に出てきたところを叩く方が現実的かもしれない。


 術士達が森都防壁の周辺に築き上げた、入り組んだ迷路状の土塁と塹壕。そこに隠れながら突撃してくる猛獣達を冒険者や術士達が各個撃破している。

 今のところ防衛は上手くいっているようで、郊外の街は猛獣に多数入り込まれてしまったが防壁前ではこれらを寄せ付けずに駆除できている。

氷弾イーツェ・ブレット!!』

 私達が立つ防壁のすぐ真下で、術士の一人が『氷弾』を放った。高速で撃ち出された氷と冷気の塊は突撃してきた黒毛牛ガウルの脚をへし折り、追加効果で凍り付かせた。なかなかの威力である。

 転倒した黒毛牛の後ろからは森狼の群れが現れ、塹壕の中へと一斉に飛び込んでくる。大型の猛獣と違って小回りの利く連中は塹壕の中に入り込まれると厄介だ。それでも術士の護衛として配置されていた冒険者が噛みつきかかってくる森狼を斬り払い、防壁の上からは狩人達が仲間に当てないよう丁寧に矢を射って、塹壕に入り込んだ狼共を的確に処理していった。


 だが、倒しても倒しても後続は途切れずにやってくる。なにしろ、森都周囲に集結した猛獣達が互いの邪魔にならない程度の間隔だけ空けて、一斉に襲ってきているのだ。気を抜けばその瞬間に防御を食い破られてしまう。

 そんな激戦の最中、土塁から身を乗り出して遠距離攻勢術式を放とうとした武闘術士が、突然後方に吹っ飛ばされて倒れる。

 その武闘術士は胸に大きな矢が刺さっており、心臓を射抜かれて即死していた。

 矢が飛んできたのは森の奥、遠距離からの狙撃だった。


「大鷲の魔獣が来た!! 下がって!! 次の矢が来る!!」

 防壁の下にいた人達に大声で警告を発する。その瞬間、私の目の前に一本の大矢が迫った。反射的に岩の腕で弾くも私は防壁の上で無様にひっくり返ってしまう。

「レムリカ、無事か!?」

「私は平気! それより警戒を! 迂闊に顔を出さないで!」


 再び放たれた大矢が森を突っ切って飛び、森都外周に建てられていた木造住宅の一つを直撃した。

 衝撃波で壁が吹き飛び、屋根を支える支柱が大きく穿たれて半ばから折れる。続けて飛来する大矢がもう一本、建物の端をごっそり吹き飛ばすと、ついに自重を支えられなくなった家屋が倒壊していった。

 しかも貫通した大矢は、倒壊した建物の先にある石造りの倉庫にも大穴を開けて崩壊させていた。

 魔獣の腕力と剛弓による引きの強さもあるだろうが、あの尋常でない威力からしておそらく矢自体にも魔力が込められているのだろう。


「まるで砲弾だぞ、あれは!!」

「あんなものを盾で受けていたとは、今更ながら身が震えるわ」

 強い殺意のこもった猛攻が森都の防壁めがけて叩きつけられる。

 攻め手が見えない中で私は魔獣達の行動について疑問を抱いていた。


 奴らは何故、街を襲うのか?


 いや、これはそもそも疑問からして誤解がある。

 魔獣は必ずしも人類と敵対するわけではない。その性質は憑依した幻想種の特性によるところが強いとされている。

 幻想種は人間など知的生命の精神活動に影響を受けて、その特性を変質させる。

 そして大概の場合、人間の悪意に影響されやすいのだ。


 他者を羨む、他者を憎む、他者から奪う……そんな強い感情が幻想種の有する指向性となって、魔獣は感情の源泉たる人へと悪意を向けるようになるのだとか。

 皮肉なことにそれは人間の社会性ゆえに、人と積極的に関わろうとしてくるのだという。

 ただし、その関わり方はほとんどの場合が暴力という手段をもってであった。

「……結局はぶん殴り返して黙らせるしかないってことだよね」

 ぼそりと呟いた私の独り言を運悪く拾い聞きしてしまったグラッドが、苦笑いを浮かべて視線を逸らす。

 でもそろそろ本気でこちらからも反撃しないと、やられっぱなしになってしまう。


 私は意識を集中して、反撃の一手となる術式を発動した。

岩塊サクスム・マッサ!!』

 目一杯の魔力を込めて、同時に複数の岩塊を防壁の外にばらまいた。見晴らしのいい大通りに次々と岩塊が降り注ぎ、塹壕へと迫っていた獣の群れを押し潰す。森猪が、黒毛牛が、空から落ちてきた岩塊に潰されて絶命する。


 それでも怯まずに突撃してくる後続の獣達に向けて第二の術式を放った。

石筍スタラグミーテ!!』

 岩の腕に刻まれた魔導回路が濃い橙色の光を発して、『石筍』の共有呪術シャレ・マギカを発動する。

 大通りに落ちている岩塊の表面から鈍角の石筍が数百本と生えだして、突撃を仕掛けてきていた猛獣共を突き殺した。鈍角とはいえ角の立った岩石に激突すれば、並大抵の獣なら骨を砕くぐらいの威力となる。


 獣達の足並みに乱れが生じた隙を狙って、私は防壁の上から飛び降りた。両足が地に着いた瞬間、どぉん、と重量感のある音と共に周囲の地面がわずかに揺れる。その衝撃音を聞きつけて、猛獣達が私に向かってきた。

 遠くから駆け寄ってくる黒毛牛に対して手近にあった大岩を二つ、片手で掴んでぶん投げる。石筍の生えた岩塊が黒毛牛を直撃して、背中の肉と骨をずたずたに切り裂いた。投げた二個目の大岩は途中で狙いを変えて、こっそり岩陰から距離を詰めようとしていた灰色狼に向けて投げつける。気付かれていると思わなかったのか、身を硬直させて動けない灰色狼は背後の岩塊と投げられた大岩との間に挟まれ、鮮やかな赤い血の華を咲かせて潰れた。


 棘付きの大岩が辺りに散らばるこの環境では、遠くから助走を付けた突進をすることが難しくなる。これは森都を防衛する側にとっては戦いやすい環境になったといえる。

 空気を切り裂いて、大鷲の魔獣が放った大矢が大通りを飛来してくる。大通りに転がった大岩に直撃してその威力を遺憾なく発揮したが、大岩を貫通することはなく、衝撃で大岩を数個に砕いた時点で大矢は勢いを失っていた。大岩はこの場にたくさん転がっている。これならば土嚢の代わりとして十分に堅固な壁となってくれるだろう。


「さあ! 行こう!!」

『おう!!』

 私の掛け声にグラッド、マグナス、バクルムの三人も呼応した。

 彼らは地下塹壕から這い出してきたばかりのところで、いまいち格好は付かなかったが。

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