第27話 統率するもの
街の高台に登って牙獣の森の様子を見てみると、広範囲に風もなく揺れる森の木々が目に入った。ゆっくりとした波のような森の揺れは段々と街へ近づいてきている。
「第一波は半刻もしないで押し寄せるだろうな」
一緒に様子を見ていた狩人風の男バクルムが何の感情もこもらない声でそう呟いた。ただ事実を確認しただけ、といった感じだ。こうした事態には慣れているのかもしれない。
高台から下りるとギルドマスターとグラッド、マグナスの三人が待っていた。
「森の様子はどうだった?」
「半刻で第一波が到達しそうだ。足の速いのが先に来るぞ。たぶん狼共だ」
バクルムは最初に襲い来るであろう獣の種類まで予見していた。私にはあの森の揺れだけでそこまで予想することはできない。狩人としての経験なのだろう。バクルムの言葉には確信があった。
「そうか。なら、防衛にあたる連中にはなるべく単独行動を避けるように言っておかねえとな。群れの連係で獲物を仕留めるのがやつらの得意技だ。こっちも集団で対応しないと余計な被害が出る」
ギルドマスターのシルヴァは連絡要員を呼びつけて前線への指示を伝える。
「それで肝心の『ボス』はいたか?」
「いや、わからない。森の木々が邪魔でそれらしいのは見えなかった」
「つまり木々の背丈を超えるほど馬鹿デカい奴じゃないってことか。それはまあ救いだな。デカい奴はそれだけで街に入ったときの被害が大きくなる」
ギルドマスターの話を聞いていて私は背筋が冷たくなった。それは実際、木々の背丈を超えるような化け物が襲ってくる可能性もあったということか。
「さて、残念ながら獣共を操っているボスは発見できなかったわけだが……ま、要するにそいつだよ。見つけ出してお前らに狩ってほしいのは」
「……一斉襲来は初めてってわけじゃないが、毎度毎度いるもんなのか? そのボスにあたる奴は?」
まだその姿すら判明していない、存在さえ疑わしいボスとやらに疑問を抱く剣士のグラッド。しかし、シルヴァもバクルムもそこは確信があるようだった。
「他でもねえ、レムリカの嬢ちゃんが調査した魔獣がいただろう? 徒党を組んだ
「ボスは必ずいる。一斉襲来とボス魔獣との関係は、一斉襲来があってボスがいるのではなく、ボス魔獣がいるから一斉襲来が起きると考えるべきだ」
「つまりその親玉を倒せば、一斉襲来も収まると?」
「ああ、そのはずだ。散った獣が暴れることはあるかもしれんが、少なくとも群れの統率は失われる」
大盾の戦士マグナスの言葉にシルヴァが頷く。
そこまでの確信があるなら、確かにボス魔獣を狙って倒すのが一番効率的だ。何も獣の群れ全てを全滅させる必要はない。
一斉襲来に対して私も郊外の守りに駆けつけた方がいいかと思っていたが、親玉を潰せば解決するというならそれが一番の手段だ。
「――それで、私達は具体的にどうすればいいんですか?」
岩の拳をぐっと握り込み、雄牛人の魔獣を倒した自分ならばきっとできるはずだと覚悟を決める。
まだ森都に来て数ヶ月しか経っていないが、この街を守りたいのは本心だ。この街が理不尽にさらされ、レドンの村のように焼け落ちてしまうことがないように……。
「嬢ちゃんは覚悟完了って顔してるな、頼もしいぜ! お前さん方に頼みたいのはボス魔獣の討伐。それだけに集中してくれ。バクルムを補佐に付ける。森のことを知り尽くしているこいつならボス魔獣を探し出せる。そして、お前さんらになら魔獣も打ち倒せると俺は信じているからな!」
「期待が重いな。ボスが森の最奥にでも隠れていたら俺でも探し出すのは困難だぞ」
バクルムがシルヴァの期待に対して苦い顔をする。だが、ボスを探し出すのを無理だとは言わない。ボスを探し出してくれと言われたら私も困ったが、その点はバクルムに頼ってもよさそうだ。
「ならば決まりだな。バクルムがボス魔獣を探し出して、俺達が対処する。それならば単純でわかりやすい」
マグナスが大盾を一度地面に置き、しっかりと抱え直した。
「急ごうか。街に被害が出る前に、なるべく早くボスを討ち取ろう」
グラッドもやることが決まれば行動に移す判断は早い。
こうして狩人風の男バクルムを先頭に、剣士グラッド、大盾の戦士マグナス、そして私を加えた冒険者四人組は、一斉襲来の元凶である魔獣を討伐するため動き始めた。
慌ただしく森都の防備を固める冒険者や狩人、それに術士達を横目に私達四人は大きな門をくぐって郊外へと出た。
森都を囲う壁の上は人がぎりぎり擦れ違える程度の幅がある。壁の上では主に狩人と術士が獣達の迎撃準備を進めていた。彼らはあくまでも森都の防衛が任務で、壁の外にある郊外の町は防衛の範疇にない。
正面切って獣と戦うのではなく、防壁に近づいてきた獣を壁の上から狙い撃ちする算段なのだろう。拠点が強固だとこうした防衛手段を取ることで被害を最小限にしながら、大勢の敵を退けることができる。
ただ、問題は壁の外だ。元々、壁の外に居住区を作ることは本来の森都の発展計画にはなかったそうだ。郊外にも町ができたのは流民が勝手に周辺の森を切り開いて住み始めたのがきっかけらしい。それでも森都が黙認しているのは、こうした一斉襲来の際に郊外の町が壁内の都に代わって被害を吸収してくれるからだ。
それでも森都側も郊外を見捨てるのではなく、冒険者を数多く郊外の町の守りに割いてくれるのでお互い様といったところか。
森都郊外へ出てすぐ、森に近い外周の貧民街が何やら騒がしいことに気が付く。
複数の人の怒号と狼の遠吠え。私の耳には明らかな争いの音として聞こえていた。
「もう戦いが始まってる!?」
「何だって!? 一斉襲来の第一波は半刻後じゃなかったのか?」
「足の速い一部がもう街の外周部に到達したということだろう」
「どうするバクルム、あの混乱の中を突っ切るのか?」
マグナスが指さした先には、森と街の境目あたりで交戦している冒険者と狼の群れがいる。
「……獣共は全方位から押し寄せてきたように見せて、実際は指令塔の魔獣を中心に群れを率いてきたはずだ。一番、戦闘の激しい場所を探し出して、そこから森に入る。その方角に奴らのボスがいる可能性が高い」
冷静なバクルムの考えに全員が賛同した。現状ではそれ以上の予想は立てられないだろう。
私達四人は森の境目に沿って大きく街を回るように走り出した。そして、狼と交戦する冒険者の一団のなかを駆け抜ける。
「おい! あんたら! 冒険者だろ! 狼共を倒すの手伝ってくれ!」
「無視すんな! 逃げんのか!? くそっ! 臆病者が!」
「岩女もいるじゃねーか! 手伝えよ! 馬鹿野郎!」
森狼の群れに苦戦している若い冒険者達から罵声が上がる。
「あれ、無視していいんですか?」
「雑魚に構っている暇はない。あれくらいは他の冒険者達でどうにかなる」
「でも……」
ちらりと振り返れば森狼に混じった大柄の灰色狼に押し倒されて悲鳴を上げている冒険者がいた。
今にも顔面に
「先へ行って! 私は、軽く狼達を減らしてから追いつく!」
「待て! 勝手な行動をするな! 優先すべきはボスの撃破だぞ!」
バクルムが怒鳴るが、本当に優先すべきは人命だと思う。ボスの撃破が遅れれば被害が拡大するのもわかるが、目の前に救える命があるのに救わないのは非情に過ぎる。
それに、私なら狼を蹴散らすくらい通りすがりにでもできる。
私は
冒険者を押し倒していた灰色狼を、駆け抜けざまに掬い上げるような平手打ちで叩く。
ごうっ! と風を唸らせて岩の手が振るわれ、ごしゃっ……と骨肉のひしゃげる音が辺りに響いた。
空を舞う灰色狼の体。
争っていた周囲の冒険者と狼達すら、一時的に意識をそちらへ持っていかれるほどの衝撃だった。私の平手打ちをくらった狼は交戦していた冒険者達の頭を飛び越えて、遠くの地面にどさりと落下する。
宙に浮いた灰色狼が地面へと落ちていく僅かの時間、私は戦場を走り抜けながら目についた狼を片っ端から殴り飛ばしていた。あるものは拳で頭を潰し、あるものは押し退けるように掌底で肋骨をへし折り、進行方向にいた森狼は足で十分とばかりに蹴り飛ばして、さらに数匹の狼を打ち倒した。
「た、助かった? いったい何が起きたんだ?」
灰色狼に押し倒されていた冒険者は、視界を塞いでいた狼の顔が突然消え失せたことに困惑しながら起き上がる。
冒険者達の集団の中を端まで走り抜けた私は地面を削りながら無理やり足を止め、すぐさま反転してバクルム達を追いかけた。呆けた顔で突っ立っている冒険者達と明らかに委縮している狼達の合間を駆け抜けるついでに、手近にいた何匹かの狼を左右の腕で殴り払いながらさらに敵の数を減らしてやる。
「あとは君達で何とかして! ぼけっとしない!!」
ごがっ!! と、冒険者の剣に噛みついていた森狼を叩き潰しながら、私は若い冒険者達に喝を入れて去っていく。呆けていた若い冒険者の一人は、私が潰した狼の血と脳漿を顔面に浴びてようやく雄叫びを上げながら戦闘を再開する。
少し狂乱気味に見えるのは心配だが、今はあれくらい奮起していた方が体も動いて戦果を挙げることだろう。
地面を強く蹴りぬき、全速力で先行する三人を追いかける。
「ごめんなさい! お待たせ!」
間もなく、走る速度を緩めてくれていたバクルム達に追いついた。バクルムは渋い表情をしていたが、グラッドとマグナスは口笛を吹いて迎えてくれた。
「やるな、レムリカ! 華麗な突撃だったぞ」
「うむ。この程度なら、通りすがりの手助けといった程度。遅れにもならんよ」
勝手な行動をして怒っているかと思ったが、割と肯定的な反応だ。
「次からはもう、後戻りはしないから」
渋い顔のまま走っているバクルムに声をかける。無言で睨んでくる細い目が、如実に「本当か?」と疑っている。だが、私も人命優先の考えは曲げられない。
「次は通り過ぎながら猛獣を減らしていく。走る速度は落とさない」
はぁあっ、とバクルムの口から大きな溜息が出た。どうやら私の我がままに呆れてしまったようだ。しかし反論はない。
「よし、僕らもそれで行こう。足は止めずに、擦れ違い様に獣の数を減らしていく。最大戦力の集団が、ただ走り回っているだけというのも勿体ない話だからね」
「走りながら叩いてみて、それで抵抗の強い場所こそが本命ということだな。そこから森に入ればよかろう」
「……あまり体力を消耗するなよ。魔獣との戦いに備えることも重要だ」
反対こそしないもののバクルムは最後まで苦言を漏らしていた。なんだか私の行動でバクルムには迷惑をかけてしまって申し訳ない。それでも、目の前で危機に陥る人達を見捨てないで済むのは、私にとって嬉しいことだった。
敵を追い払えたところで、身近な人達が死んでしまっていては意味がないのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます