第26話 一斉襲来

 獣の一斉襲来を報せる鐘の音。

 貧民街、というと言い方が悪いので森都の郊外とでも言おうか、牙獣の森から猛獣が出てくれば森都の防壁の外にある居住区が真っ先に襲われるのは当然のことである。

 普段から私がお世話になっているティガの宿も、都市の防壁から門をくぐった郊外にある。ようやくこの街で腰を据えることができそうだと思った矢先に騒動とは運がない。それとも、こういったことは日常茶飯事だったりするのだろうか?


 すぐにでも郊外に向かうべきか、それとも言われた通り冒険者ギルドに向かうべきか。

(……私はこの街の事情もよく知らない。どう動くべきか情報が欲しいからギルドへ先に向かおう)

 今は森都の防壁内にいるのだ。まずは近場の冒険者ギルドで情報収集することにした。



 冒険者ギルドの中は人で溢れかえり、慌てて走り回るギルド職員や情報交換し合う冒険者達の喧騒に包まれていた。

 私が入ってくると皆一様に振り向いたが、その後はすぐ視線を逸らして自分達の仕事や情報交換に戻ってしまった。人で溢れたギルド内において、私の周りだけぽっかりと人のいない空間ができあがる。

 ど真ん中にいると邪魔になりそうだったので隅っこの方に移動するが、この状況でギルドに留まっていて何か情報が得られるのだろうか? これならばティガの宿に戻ってしまった方が良かったのではないか。

 そう思いながらギルド内に視線を走らせると、ギルドの受付裏から以前に私の特例討伐依頼で観測員をしていた狩人風の男と、やけに体格のいい中年の男性が一緒に出てきて、受付前で大きく声を張り上げた。


「おう! 冒険者諸君! 集まっているな! 新人も多いようだし、俺の顔を知らない奴もいるだろうから先に名乗っておく。冒険者組合長ギルドマスターのシルヴァ・ダックスだ!! 生まれも育ちも森都シルヴァーナ! この冒険者ギルドは森都を守り、森都で生活するために絶対必要な組織だ。非常時には森都の防衛に力を貸すこと、それが冒険者の務めでもある! と、言っても強制はしない! だが、協力者に対する貢献度や報酬は普段より五割増しと思ってくれていい。固定報酬もあるぞ!」

 私は現在の状況をすぐにでも知りたいのに、肝心の情報はないまま報酬の話を始めてしまうギルドマスター。けれど、他の冒険者にとってはそこが重要だったようで、ざわついていた冒険者達が静まって全員が話を聞く態勢になっていた。

「もう知っている奴らもいると思うが、牙獣の森から猛獣共の一斉襲来が迫っている。森都の監視塔からあった報告では、牙獣の森からゆっくりとだが多数の獣が群れを成して向かっているらしい。どうも獣達の集団暴走とは違って、奇妙なほどに統率が取れているとのことだ。おそらくだが、獣達を操れる魔獣がいるのかもしれん」


 操獣術を使う知恵を持った魔獣。従えられる多数の猛獣達。

 それはもう、軍隊のようではないか。だとすれば、これから起きるのはまさしく戦争ということだ。

 牙獣の森に囲まれて存在する森都シルヴァーナがいかに過酷な環境にあったのかを私はこのとき改めて認識した。思えば私の居たレドンの村では魔獣など見たこともなかった。それがここでは当たり前のように出現して、獣の群れを率いて襲い掛かってくるのだ。

 こうなると森都の人間側も一致団結して対抗しないといけない。

「魔導技術連盟に、狩人組合とも連携を取っていくことで話はついている。傭兵連中も狩人組合と組んで手を貸してくれるらしい。まだ獣の群れが森にいるうちに、森都郊外の守りを固める作戦だ。冒険者諸君には、連盟の術士達が防壁を築き上げる際の護衛と合わせて、少しでも土塁を積み上げて猛獣共の襲撃に備えて欲しい。おおまかな配置を伝えるからEランクからCランクまでの冒険者はまずランクごとに別れて集まってくれ。その後はギルドの職員の指示に従うように。Bランク以上の冒険者は俺の所へ来てくれ。別に重要な話がある。以上だ! 時間がないぞ、急いで動いてくれ!」


 ギルドマスターの号令で冒険者達は一斉に動き出す。

 私はCランクなので、冒険者達の中でも厳つい連中が集まっている方へ向かおうとした。だが、そちらへ足を向けようとしたところで私に声がかけられた。

「おぅっと! そこの、ええと、でっかい岩の腕の嬢ちゃん! お前さんはこっちだ!」

 声をかけてきたのはギルドマスターだった。周りの冒険者が訝しげな表情を浮かべ、私自身も困惑しつつギルドマスターの方へ向かう。岩の腕の、などと私以外に該当する人がいるわけない。

「……なんだあれ、また特別扱いか?」

「非常時だってのに……」

 周囲の冒険者、特にEランクやDランクの集団辺りから不満の声が漏れ聞こえてくる。そんなことを言ったって私を呼びつけたのはギルドマスターだ。私が何かの権限でギルドマスターを動かしているわけでもないのだし、文句を言われるのは理不尽だった。


「あの、何でしょうか? 私はCランクのはずなんですけど……」

「ああ、いいんだ、いいんだ。わかっている。俺が特別に呼んだんだ。岩の腕の嬢ちゃんはこっちだ」

「私の名前、レムリカです……」

「おう、レムリカな。覚えた覚えた」

 本当に覚えたのか怪しい態度でギルドマスターは私を手招きする。ギルドマスターの傍には狩人風の男と、その他に二人、男の冒険者が立っている。私は彼らと連れ立ってギルドの会議室へと入っていった。



 ギルドマスターと狩人風の男、それに冒険者の男二人。冒険者のうち一人は標準的な剣士といった装備で無駄がない印象を受ける。もう一人は大きな金属製の盾と棍棒を持ったいかにも筋力重視といった体格のいい戦士だ。場違いなのは私一人。冒険者二人もそう思っているのか、特に口は出さないまでも興味深そうに私のことを観察している。

 まるで珍獣でも眺めるような、遠慮のない視線なので私はなんとなく視線を合わせづらく会議室の隅の方を向いていた。

「さて、ここにはBランク以上の実力を持った冒険者に集まってもらったわけだが。俺とバクルムについては紹介の必要もないだろう。Bランクの二人ともよく知った仲だ。時間もない。早速、猛獣共の一斉襲来について対策を話し合いたい」


 ギルドマスターが最初に口を開いたが、それはいきなり疑問を持たせるような言い方だった。

 まるっきり私の存在について考慮されていないようなのだから。

 バクルム、というのはギルドマスターと一緒に動いていた狩人風の男のことだろう。彼とは多少、面識があるとは言えるが、ギルドマスターのことは今日初めて顔と名前を知ったし、Bランクの冒険者二人については今もって名前すら知らない初対面だ。

 完全に私だけが置いていかれているのだが、冒険者の二人は気にならないのだろうか。と、今まで視線を合わせてこなかった二人の様子を見ると、向こうもちらちらと私のことを見ていたようで目が合ってしまった。


 剣士風の男の方が、そんな空気を察したのか一つ頷くと口を開く。

「時間がないのはわかるが最低限の確認は先にさせてくれ。マグナスのことは知っているが、こっちのお嬢さんは何者だ? 只人ただびとでないのはわかるし、Bランク相当の実力があるんだろうと思うが、素性が知れないと僕も気になって話に集中できない」

「俺もグラッドと同意見だ。どうせこれから一緒の作戦にでもあたるんだろう? 互いの自己紹介くらいはしておくべきだ」

 マグナスと呼ばれたのは大盾の戦士。グラッドは剣士の方だ。一緒の作戦、という話で私も段々と自分の置かれた状況が見えてきたが、これから共闘するであろう人達から不審に思われているのは頂けない。


「ん? そうか? レムリカの嬢ちゃんは気にしなさそうだし、お前ら二人はレムリカのこと知っているかと思ったんだが。そうでもないなら確かに簡単な自己紹介くらいは必要だな。ほれ、そんじゃお互い挨拶しときな」

 私の名前を本当に覚えてくれていたらしいギルドマスターは、どうやらグラッドとマグナスが私のことを知っている前提で話していたようだ。それにしたって私が気にしない性格だろうとは、ちょっと誤解があるようだ。

 なんとも気まずい空気の中、私は簡単な自己紹介をすることになった。

「……私の名前は、レムリカです。見た目はこんなですけど純人すみびと……のはずです。魔導技術連盟にも登録している五級術士ですけど、今は色々と動きやすい冒険者をやっています。よろしくお願いします」

 どうにも自嘲気味な自己紹介になってしまう。気まずい空気はますます微妙なものになっていた。


「あの岩の腕で純人なのか……いや、しかし他に何の種族かと考えてもわからんな。それにしても、五級術士というならなおさら信用のある連盟の下で働いていた方が安泰だと思うが?」

「僕はてっきり高位の術士が操る魔導人形かと思っていた。その、本人が五級術士ってことでいいんだよな? もしかして、その体は自分で改造したとか?」

「いえ、そういうわけでもないんですが……説明も難しいというか……」

 自分の体についてはわからないことも多い。理路整然と説明しきれない身の上では、グラッドとマグナスの疑問には答えづらかった。狩人風の男バクルムはあまり興味がないのか、沈黙を貫いている。


「はぁ~……。そうやって面倒くさくなるから、自己紹介はすっ飛ばそうと思ったんだよ。今はレムリカの素性を根掘り葉掘り聞いている暇はねえ。要は、協力し合えるかどうかってことだ。バクルム、マグナス、グラッド。お前らはこの嬢ちゃんを信用できるか? レムリカ、お前さんは冒険者の同僚を信用できるか?」

 ギルドマスターのシルヴァが場を取りまとめるように、四人の目を順番に見据えて尋ねた。会ったばかりの者を信用できるか、などと意地の悪い質問だ。

「僕は構わない。ギルドマスターが選んだなら間違いはないだろう」

「俺も異論はない。既にCランクの冒険者で、実力はBランク相当というのなら、背中を預けるに足る」

「……話が通じる奴なら問題はない」

 三人が割とすんなり私のことを信用できると言ってくれたことが意外で、私は思わずたじろいでしまった。そんな真っ直ぐに信頼を寄せられたのは、ここ最近ではなかったことだ。


 私はこの人達にどう返せばいいんだろうか。

「私は……初めて会う人を信頼しきるのは難しいです。私自身も、この腕で戦ったら周囲の人を巻き込まない自信がない。できれば戦闘中は近づかないようにお願いしたいです」

 卑屈な拒絶の言葉にグラッドとマグナスは揃って、可哀そうなものでも見るような目になった。

 私は気軽に調子のいい言葉は吐けない。

 またしても微妙な空気になってしまった会議室にギルドマスターの馬鹿笑いが響く。

「がっはっはっ!! いいじゃねえか、正直でよ! 女冒険者はそれくらい警戒心がなけりゃあ生き残れねえ。そんでレムリカは力加減が難しいから、他の冒険者との連係時は距離を取ってほしいってことだな。よくわかった! バクルム、お前にレムリカの補佐は任せた。うまく動かせよ」

「面倒だが……彼女の戦闘力を活かさない手はない。どうにかしよう」


 受け入れられた。今のそのままの私でも。

 微かに胸の内がくすぐったくなる。


「さて、交友も深まったところでだな。早速だが作戦会議に入る。お前達には今回の一斉襲来で特別な役割を担ってもらうつもりだ。少数精鋭を集めたのは他でもねえ。お前達四人には、敵の親玉、つまり獣の群れを操る指令塔である魔獣の頭目をぶっ潰してもらいたい」

 魔獣達の襲撃などなんのその、ギルドマスターのシルヴァはそんな不敵とも思える笑みを浮かべて見せた。

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