第25話 束の間の平和
Bランクの特例討伐依頼を達成した私は、体の疲労と気分的な落ち込みもあって、しばらく宿でダラダラとしていた。
今回の依頼の貢献度で冒険者ランクはCランクに昇格。レベル36の中堅冒険者として認められ、冒険者ギルドでも私を見る目は変わっていた。
最初は異質な存在としてギルド内でも注目を集め、全方位から警戒する視線にさらされていたのが、今回の一件で冒険者の一員と認められたのか、ギルドの職員や出入りの多い人間からは「ああ、あいつか……」といった雰囲気で見られるようになっていた。
一方で以前とは異なる嫉妬や疑念といった感情も向けられるようになった気がする。冒険者ギルドにやってきて数ヶ月としないうちに新人のEランクから、中堅のCランクまで駆け上がったのだ。なかなかランクを上げられない他の初級冒険者達からしたら面白くないのだろう。
半身がゴーレムの体になってから鋭敏になった聴覚でギルド内の噂話に耳を傾けてみれば、隅っこの方で遠くからこちらを睨んでいる若い冒険者集団の雑談が聞こえてくる。
「……あの岩女、ギルドの職員を脅して特例討伐依頼を出させたんじゃないか?」
「姿からして真っ当じゃないし。流れ者の犯罪者か何かだろう、きっと」
「腕力だけはあるみたいだからな……。細やかな依頼をこなせないからって、獣を雑にぶん殴っても稼げる討伐依頼を選んでいるんだぜ」
「それで効率よくランクを上げたってわけか。俺達は地道な苦労しているってのに、目障りな奴……!」
ギルド職員を脅しているというのはとんでもない妄想だが、それ以外の話は案外と的外れでもないものだから私は陰口を叩く彼らに対して怒りよりも不安を覚えた。実のところ私は魔導技術連盟所属の一級術士と揉め事を起こしている。それに、新人の冒険者なら誰もが通る雑務的な仕事が苦手なものだから、狩猟や討伐系の依頼に偏っているのも事実だ。
根も葉もない噂だとしてもギルドが気まぐれを起こして調査に動いたら、私にとって不都合な事実が明るみにされてしまうかもしれない。そうなったらこの街にもいられなくなる。
当面の生活資金を得たとはいえ、いますぐに別の街へ移るのは正直苦しい。レドンの村について、その後の様子も気になっているのだ。現状ではあまり遠方へ移動したくなかった。
そんな理由もあって私はほとぼりが冷めるまで、しばらくギルドで大きな仕事は取らないと決めた。食用になる獣の狩猟をなるべく人が少ない時間にこなして、その頻度もこれまでより控えめにすれば多少は目立たずに済むはずだ。
(……と、いうわけで。久しぶりに何もせずお休みしたわけだけど、暇だな……)
最初の一日二日は疲れていたのでひたすらベッドでゴロゴロしていたのだが、三日目以降、何もしないでいるのはさすがに退屈が過ぎた。何かやることはないだろうかと考えて、そういえばまだ破れた衣服の代用品を手に入れてなかったな、と思い付いた私は街へ買い物に行くことにした。
破れたワンピースの衣服はお腹周りの布を綺麗に切り取り、胸と腰回りに別れた一組の衣装に直していた。細かい裁断や針仕事などはできなかったので、宿屋の主人であるティガに両手持ち用の枝切り鋏を借りて、それでざっくりとやった。ティガは非常に苦々しい顔をしていたが、枝切り鋏はすぐに返したので特に文句は言ってこなかった。
切り取った布は穴の開いた部分に当て布として、小さい穴をうまく利用しながら雑に紐で縛り付けた。完全におへそが出て露出の多い服になってしまったが、街を歩くのに困るほどではない。ひとまずこの服が無事なうちに新しい服を何着か買っておくとしよう。
体が疲れているときには妙に重く感じてしまう岩の両腕をぶらぶらと揺らしながら、街の古着屋で何か手頃な衣類がないかと私は探していた。私の大きな岩の腕でも問題なく着られるような作りの服となると、肩を大胆に露出させてしまったものぐらいしかない。胸の前か後ろでボタン留めできるもの、あるいは伸縮性の高い素材で作られたチューブトップのような構造の衣服でないとダメだ。
古着屋の女性店員がそわそわとしているのを横目に、私は指先で衣服を軽く摘まみながら目的に合うものを探し続ける。
(……そんなにずっと見ていなくても商品を破いたりしないって……たぶん……)
私が岩の手で古着を破いてしまわないか気が気でないのだろう。
しばらく物色してみたところ、厚手の地味なチューブトップ式の下着を見つけた。本来は上に何か着るのが前提のもののようだが、これ単体でも特別おかしな感じはしない。下着といっても上着を羽織った状態で前をはだけさせても問題ない意匠としているのだろう。
このほかに腰へ巻き付けてフックで止めるような単純な構造のスカートを何枚か選んだ。少し緩かったりするのは大きめのベルトで縛ることにした。
「これなら何とかなりそう。すみません、試着は……」
言いかけて、店員のお姉さんの顔がびくりと引きつったのを見てしまった。これは購入してからじゃないと無理かもしれない。それだともう試着ではないのだが。
「も、もしご試着でしたら、お手伝いしましょうか?」
「あー……せっかくなので、お願いします……」
本当は自分の手で着用できるか試したかったのだが、店員さんの勇気を振り絞った親切を蔑ろにするのも悪い気がした。
最初に着ている服を脱がそうと店員のお姉さんが胸元の布巻きを上げようとするが、すぐに私の巨大な岩の腕が邪魔になって脱がせないことに気が付く。
「あ、それは下へ、下ろしてください」
「ああ! そうなんですね……な、なるほど。そうやればいいんですね……」
恐る恐る胸元の布巻きを引き下げて、ついでにスカートも下げながら納得したようにうんうんとしきりに頷いている。
店にあった古着をこちらも足元から引き上げて着せてもらう。これくらいの単純な着付けなら自分でもどうにかできそうだ。
「はい、できました。とってもお似合いですよ」
「ありがとうございます。良さそうなので、選んだ他の服と合わせて買います」
いい買い物ができた。古着なのでそれほど高くもなく、同じようなものがまだ幾つもあるのが気に入った。狩りに出るとすぐに衣服を傷めてしまうので、替えの服は今後ここの店に買いに来たらいいかもしれない。
最近の大きな悩みであった衣類の問題が解決して、私は気分よく宿へと帰った。宿の部屋に荷物を置いたらもう正午になっていた。
外で昼食でも食べようと再度街へ繰り出した私は、鶏肉と野菜の入ったスープ粥を売っている屋台で大盛りの丼を一杯注文すると、自前の木匙を取り出してゆっくり味わいながら食べる。これも私が経験から学んで、少し前から持ち歩くようになった物だ。食事を掬う皿の部分は標準的な大きさだが、それにくっついた柄は太く頑丈にしてある。
こうすることで私の武骨な岩の手でもしっかりと木匙を握って、安定感を持って食事をすることができるのだ。
まあそのせいで、普段からこの木匙を持ち歩くことになってしまい、自分がなんだかひどく食いしん坊になってしまった気分になるのは少々恥ずかしい。
食事を終えて余韻に浸っていると、街の外周部の方にある
街の住人も何事かと動きを止めて櫓の方を見る。
鐘の音の後に、櫓から赤い煙が立ち上る。あれは何かを報せるための
その赤い狼煙が空高く上がった途端、街の住人達が一斉に慌てて動き始めた。屋台などは次々に店を閉め始めて、通りを歩いていた住人は駆け足で自宅へとこもる。人通りが少なくなった大通りを冒険者の集団が幾つも走り抜けていった。あれは冒険者ギルドの方角だ。他にも術士らしき人達は魔導技術連盟の支部がある場所へ向かっていたり、各々の所属する組織の元に集まっている様子である。
「あの! いったい何が起きたんですか? 赤い狼煙の意味は……」
近くを通りがかった狩人風の男に声をかける。男は面倒くさそうに振り向くと、私を見て一瞬ぎょっとしたように後退り、すぐに表情を引き締めてまた走り出す。去りがけに私に向かって一声。
「獣共の一斉襲来だ! 冒険者なら冒険者ギルドに向かえ! 森都外周の貧民街がまず襲われるぞ!」
言うだけ言ったら男はもう振り返らずに走り去っていった。私は男の言ったことが理解しきれずに呆然としていた。
獣共の一斉襲来? 貧民街から襲われる?
平和に見えていた森都シルヴァーナ。だが、この街は危険な猛獣共が巣くう牙獣の森に囲まれているのだ。
今日が初めてというわけでもないのだろう。街の人々の動きを見ていればわかる。
来るべきものが来てしまった。そんな不穏な空気が森都全体を包み込んでいるのだった。
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