第20話 死骸検分

 特例討伐依頼として出されていた雄牛人ホモタウロスの狩猟。

 新人の冒険者が依頼を達成して、雄牛人の死骸を運んできたということで、熟練狩人ハンターサルバは検分の立ち会いに参加することになった。

 特例討伐依頼を新人が受けた、という時点で首を傾げたのだが、冒険者組合は大雑把なところがあるのでそういうこともあるのだろうと勝手に納得した。雄牛人は危険な猛獣だが、新人でも数を揃えれば無理を押して倒せないこともないだろう。


 場所は狩人組合の解体場で、運び込まれてきた雄牛人の死骸を前に複数の狩人が緊張した面持ちで検分を行っていた。

「雄牛人を狩ってきたって? これか」

「サルバさん。よかった、あんたにも見てもらいたかったんだ」

 中堅狩人が雄牛人の死骸をサルバに見せるため、他の狩人に声をかけて場所を開けてもらう。

「でかいな……」

「ここ最近、森都の周辺を徘徊していたっていう雄牛人で間違いないと思うんだが、どうだろう?」

 雄牛人の個体としてはかなり大きな部類になる。最近、多くの目撃情報が寄せられていた徘徊する雄牛人に違いない。

「ああ、たぶん間違いないだろう。しかし……」

 解体場に横たわる雄牛人の死骸は体のあちこちに小さな穴が穿たれていたり、肩から腕にかけての部位が酷く歪むなどしていた。雄牛人を仕留めるならまあこれくらい手荒くなってしまっても仕方ないのだが、いったいどんな武器で倒したのだろうか。体中に開いた穴は何かの術式だろうと思うのだが、雄牛人の強靭な肩をひしゃげさせた攻撃手段はまるで想像できなかった。

 新人冒険者が仕留めたというから、全身に矢が刺さって針鼠状態だとか無数の切り傷でズタズタだとかそういう死骸を予想していたのだが、実際のものは強力な術式で動きを封じられた後に極めて大きな力で押しつぶされたといった様子だ。新人冒険者が大勢で囲んで倒したと見るには奇妙な死骸だった。


「いったいどんな武器で倒したんだ……。なあ、これは本当に新人冒険者がやったのか?」

「ああ……まぁ新人というか、冒険者になって日が浅いってのは確からしい。雄牛人の死骸を運んできたついでに、ちょうど立ち会いにも参加してもらっている。今はやることなくて、ほら、そっちの隅っこで休んでいるだろ」

「何? 隅っこ?」

 サルバが解体場の隅を見ると、そこには古めかしい魔導回路が刻まれた岩の塊が鎮座していた。どこかの古代遺跡から瓦礫でも回収してきたのか、と一瞬考えるがよく見ればその岩は動いていて、近づいてみればそれが人型をしていることがわかった。サルバが近づいた気配を感じたのか、岩の塊からひょこりと可愛らしい少女の顔が覗く。その少女の頭には二つ、小さい角のような岩が生えていた。

 大きな岩は肥大した腕で、その両腕で膝を抱えるようにして丸まっていたのだ。顔を俯かせていたので岩の部分ばかりが目に入っていたが、よくよく見れば両腕と頭の角以外は純人の体に見える。まだ少女と見なせるほどの未発達な体格で、重々しい巨大な岩の腕がひどく不釣り合いに感じた。


魔導人形ゴーレムなのか……?」

 ゴーレム少女がゆっくりとこちらに歩いてくる。細長い金髪のツインテールがゆらゆらと揺れて、上目遣いの不安げな眼差しがサルバを見つめた。背は低い。そのため自然と上目遣いになるのだろうが、両腕の圧迫感が凄すぎて何故か威圧的に睨まれているような気分になった。

「サルバさん、刺激しないでくれよ……。そういう際どい発言はまずいって。こんなところで暴れられたら大変なことになる……」

 こそこそと中堅狩人が耳打ちしてくる。その様子を見ていたゴーレム少女がびくりと肩を竦ませて、こちらに進めていた足を止める。こちらの話が聞こえたのだろうか、警戒させてしまったのかもしれない。


「ああ、えーと、君が……。冒険者組合から雄牛人を運んできてくれたのか? ん~……もしかして、一人で?」

 雄牛人は純人で言えば大の男を一回りどころか、二回りぐらい大きくしたような体格だ。並みの人間が一人で運んで来られる重量ではない。もしかしたら台車か何かに乗せて持ってきたということもあるか、と思ったが解体場の外にも中にもそれらしいものは見当たらない。やっぱり、この大きな岩の腕で担いで持ってきたのだろうか。

「はい。Dランク冒険者のレムリカです。そこの雄牛人は……特例討伐依頼で私が狩りました。こちらの狩人組合に運んでくれと言われたので……」

 ゴーレム少女のレムリカから発せられた声は、とても丁寧な口調で大人しそうな声だった。理性的であることに少し安心したサルバだったが、少女の両脇に揺れる巨大な岩の腕を見てすぐに思い直す。あれが見た目通りの怪力を発揮する腕なのだとすれば、それはとてつもない凶器だ。こうして目の前に立っている人物は、丸腰のようでいて人を一撃で殴り殺せる鈍器を構えているようなものなのだから。距離を取ってレムリカを囲む他の狩人達の緊張感がサルバにも伝わってくる。


「冒険者組合はいったい何考えてあんなの寄こしたんだ……? 本当に冒険者なのかよ……」

「あそこのギルド、どんな奴でも拒まず受け入れるったってなぁ……。節操がねえよ。俺、狩人組合でよかったぜ……」

「不気味な奴だ……。大丈夫なのか? 突然、暴れ出したりしないか……?」


 こそこそと影口を叩く者達も少なくなかった。いくらゴーレム少女が恐ろしいからといって、正式に冒険者組合から派遣されてきている人物相手にこの態度はよろしくないのだが。

 他の狩人達はこんな調子で、雄牛人を検分しながらもレムリカのことが怖くて、サルバが来るまでろくに話をしていない様子だった。ここは熟練狩人の自分が話を進めないといけないようである。


「Dランク冒険者か。全くの駆け出しってわけじゃないんだな。俺はサルバ。狩人組合では、まあ熟練者ベテランの部類になるな。この雄牛人について幾つか質問をさせてくれ。いいか?」

「はあ……? 私で答えられることでしたら……」

 レムリカが首を傾げると細長い金髪のツインテールが柔らかく揺れた。どうもここに雄牛人を運んできた理由がわかっていないらしい。この辺は確かに新人冒険者といった感じだ。

「まず確認したいんだが、これは君が一人で狩ったのか? 雄牛人の体に穴が開いているのと、両肩が潰れているのも君が?」

「はい。穴が開いているのは攻勢術式で。両肩は……その、こうやって手で掴んで木に叩きつけて」

 気負うことなく的確な答えが返ってくる。後半はやや恥じ入るような仕草で、岩の腕をわきわきと動かしていた。


 ――驚いた。このレムリカというゴーレム少女は、予想以上に知能が高いようだ。

 見た目の凶悪さとは裏腹に『攻勢術式』を使えると明言している。さらには力任せで止めを刺したことを恥じるような態度。

 レムリカはこう見えて術士なのだろう。

 サルバは最初にこの娘に抱いていた印象を完全に払拭した。これならば雄牛人について、もっと具体的な話を聞けそうである。


「そうか。両肩を潰して木に叩きつけた衝撃で死んだと見ていいな。他に外傷はないし、君が最初に雄牛人を見たとき、怪我をしている様子はあったかい?」

「いえ。無傷だったと思います」

「遭遇した時間は?」

「今日の正午頃に森都の外周、牙獣の森の浅い場所で」

「ふむ。雄牛人は何か武器を持っていたかな?」

「錆びた鉄の斧を持っていました。冒険者ギルドの話では木製の棍棒を持っているという情報だったんですけど……」

「武器を持ち換えていたか……。他に雄牛人の特徴で気になるところは何かなかったか?」

「気になること……。私も初めて雄牛人を見たので、何がどうということも言えないんですが……」

「何でもいい。君が違和感を持ったことを教えてくれ」

 レムリカの観察眼に頼るような質問だが、サルバはこの質問で意味のある情報が得られるのではないかと期待していた。雄牛人が通常よりも大きな個体であったこと、そして短期間の間に武器を持ち換えていたことが少しばかり気がかりな点だった。

 だが、それ以外にも何かがありそうなのだ、この雄牛人には。


「そういえば……声をかけたら数秒ほど考える素振りをして、笑いました。それから襲い掛かってきて……」

「考える素振りと……笑った……? ちょっと待ってくれ、その前に何で君は雄牛人に声をかけたんだ? そんな余裕があったら奇襲をかければよかったのでは?」

「あっ……! いや、そのそれは……。牛人と区別がつかなくて、一応の確認を……」

 レムリカは顔を真っ赤にして目を逸らしながら理由を語った。

 そんなに恥じることだろうか。牛人と雄牛人の違いなど、サルバにだって見た目だけではわからない。衣服とか、言葉が通じるかとか、判断基準はやはりその辺りになる。この雄牛人は腰布をまとっていたし、持っていた武器が鉄の斧なら、ぎりぎりで牛人の戦士という可能性もある。レムリカの確認行為は雄牛人相手に先手を取れなくなるという不都合はあれど、不幸な事故を避けるには確実な方法であり、その慎重さと気遣いには好感が持てた。


 しかし、レムリカが語る雄牛人について一つ厄介な情報が得られた。

「考えて、笑った、か。だとすると……。おぉい! 誰か、ギルドマスターを呼んできてくれ! ある程度、情報が得られたから解体場で話がしたいってな!」

 適当に声をかけたら目があった中堅狩人が手を上げて応じてくれた。

「よし。レムリカ、といったか。協力に感謝するよ。この雄牛人は狩人組合が注視していた個体で、その行動分析をしていたんだ。死骸の検分と君の話でも色々とわかったことがある。ここからはまた俺達、狩人組合の仕事だ。君は冒険者組合にこの……依頼完了書を持っていってくれれば仕事は終わりだ。冒険者組合の方で報酬を受け取ってくれ」

「お仕事、これで完了ですか? それじゃあ、失礼します」

 ぺこりと礼儀正しくお辞儀をしてから解体場を後にするレムリカ。


 不思議な娘だ。あんなゴーレム少女が、あれだけしっかりした教養をどこで身に着けたのだろうか。

 ……それとも、逆なのだろうか?


 あれだけの教養を身に着けている娘が、どうしてあんな体になっているのか?


 考えるほどに背筋が寒くなってきてサルバは深く考えることをやめた。

 あの少女は何か、身の毛もよだつようなおぞましい秘密を抱えているのではないか、と思ってしまったのだ。関わるべきではない。


「うぉ~い、サルバ。忙しい私を急に呼び出して、いったいどうした。雄牛人の話なら後で報告に来てくれれば済むものを……」

 狩人組合の長が面倒くさそうな顔して解体場にやってきた。

「ギルドマスター、それどころじゃない。どうも最悪の予感が当たったかもしれん」

「何ぃ? まさか、この雄牛人……」

 のんびりしていたギルドマスターの表情が途端に険しいものに変化し、横たわる雄牛人を見て眉をしかめた。

「ああ、おそらく斥候だ。来るかもしれん、恒例のやつが。備えが必要になるぞ」

 その日を境に狩人組合は普段より慌ただしくなり、遅れて冒険者組合も冒険者の出入りが活発化し始める。


 牙獣の森から森都シルヴァーナへ向けて、明確な『敵』が迫ってきていた。

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