第21話 雄牛人の縄張り
「また特例討伐依頼、ですか?」
前回の特例討伐依頼の達成から一週間後、冒険者ギルドの受付嬢に声をかけられた私は二回目となる特例討伐依頼を勧められていた。
特例討伐依頼は色々と手間もかかったが、その分だけ通常の狩猟よりも報酬が良く、ギルドへの貢献度も高かった。私は冒険者レベル24まで上がっていて、たぶんもう一回くらい特例討伐依頼を受けたらランクCに上がるかもと思っていた矢先の話だった。
随分とんとん拍子に上がっていく冒険者レベルに何か裏があるのではないかと疑ってしまう。
「正直、助かるんですけど……私ばかりが特例討伐依頼を受けてもいいんでしょうか?」
「ああ、いいんですよ、これに関しては。他の冒険者に頼んでもほぼ断られるような案件ですから」
あっさりと酷いことを言われた気がする。つまり選択肢のない私の所に面倒な仕事が回されてきたというわけだ。それでも仕事の選り好みなどできない立場なので、よほど無理な依頼でなければ受けようと考えていた。
「私にできそうなら受けたいです」
「そうですか、それは助かります。ただ、依頼内容が少し特殊なので、ギルドの職員から詳しい説明を受けてくれますか。今、担当者を呼びますので」
そう言われて私は別の職員に連れられて、ギルドの会議室で説明を受けることになった。
説明をしてくれる職員は三十代くらいの男性で、手慣れた様子で特例討伐依頼に関する注意事項を教えてくれた。
「依頼契約に関する基本的な注意事項は以上です。その上で、今回の特例討伐依頼の内容ですが……」
ギルド職員が机の上に依頼内容の書かれた書類を差し出してくる。私が書類を掴むとくしゃくしゃにしてしまうので、とりあえず書類に顔を近づけて内容を読むことにした。体ごと机に乗り出した私にギルド職員は一瞬驚いたようだが、事情を察したのか私の代わりに書類をめくりながら説明してくれた。
『Bランク依頼』
依頼内容:牙獣の森に出現する魔獣化した
出現情報:牙獣の森『獣の水場・滝下』付近に縄張りを構築。水場に近づいた他の獣や冒険者を襲うとの報告あり
特記事項:雄牛人の群れで一匹は魔獣化が確認されている。魔獣化した個体によって統率が取られており、水場を拠点として押さえている。冒険者から奪ったと思われる装備で武装している。特に、魔獣化個体は巨大な斧を持っており、簡単な魔導行使もできるとみられる。
報酬内訳:雄牛人一匹の討伐につき金貨五枚。魔獣化個体の討伐には金貨二〇枚。
――Bランク依頼!? それも、今回は『狩猟』ではなく『討伐』である。つまり目標の獣の素材などは考慮せずに討伐を優先すべしということだ。それだけ手加減ができない危険な相手なのだろう。
どうしてそんな危険な依頼が私に回ってきたのか。ふと顔を上げてみれば、ギルド職員もわかっている、といった様子で頷く。
「本来、Dランク冒険者に依頼するような案件ではないと承知しています。もちろんお断り頂いても構いません。ただ、レムリカさんの戦闘能力は当ギルドでも把握していますので、もしやれると判断されたなら受けてみてはもらえませんか? この件に関しては失敗しても、罰金などの不利益は発生しません。途中で無理だと思ったら依頼を中断してくれてもいいです」
Bランク依頼という重要性の割には自由度の高い案件だ。この条件でも他の冒険者は誰もやりたがらないのかもしれない。
命を落とす危険が高い依頼。こんな依頼を回してくるのは、冒険者ギルドが『レムリカ』ならできると判断してのことか、それとも死んだところで問題ないと考えてのことか。どちらにせよ決断するのは私自身だ。
報酬はとてもいい。命の対価としては割に合うのかわからないが、依頼を完遂すれば金貨四〇枚の報酬が確定している。もし、獣の素材で価値あるものを手に入れられれば、それは換金することで追加の収入になる。
だが、一つ大きな懸念があった。
「魔獣かぁ……」
私には魔獣との戦闘経験はない。通常の猛獣よりもさらに強力で、生物としての耐久度が格段に高いほか知能も高く、種類によっては魔導を使ってくるものもいるのだ。危険度はこれまでの猛獣狩りの比ではないだろう。
「それでも、一当てしてみないとわからないかな……」
ゴーレムの体となった今の自分がどこまで戦えるのか。その試金石になる戦いの予感がした。
結局、Bランクの特例討伐依頼を受けることにした私は、ひとまず目標となる
雄牛人の群れの出現場所は牙獣の森『獣の水場・滝下』付近ということで、森都との距離感や方角、周囲の地形などを把握することから始めた。
魔獣が強力で手に負えないとなった場合は、追撃を振り切って森都まで戻って来ないとならない。森を迷わず移動する、その為の下見は生存率を上げる重要な工程だ。
今日は雄牛人の群れの確認と、魔獣化した個体の様子を探るのが目的だった。本番の戦闘は次の日にでも考えているのだが、私が事前調査に牙獣の森へ入ると冒険者ギルドへ伝えたところ、ギルドから観測員が一名派遣されてきた。冒険者が確かに魔獣を討伐したか、あるいは失敗したのかを確認するのが観測員の仕事だ。魔獣との不意の遭遇から討伐へ至ってしまうことも考えられるため、念のため観測員が付いていくことになったらしい。
特に魔獣の場合、運が良ければ魔獣の体内にある魔核結晶や一部の固定化された魔獣素材が手に入って、それが討伐の証拠となることもあるが、基本的には生命活動を停止すると煙や灰となって原形をとどめずに消滅してしまうものだ。
その場合、魔獣討伐の確認を後からギルドで行う必要が出てきてしまう。魔獣がいなくなったことを確認するのは、生きた魔獣を発見するより大変なことだ。だから、討伐依頼を受けた冒険者が少しでも魔獣を倒す可能性がありそうなら、ギルドの観測員が同行して討伐の状況をその場で見届けるのが最も効率的な方法だとされていた。
今回の魔獣は出現場所がある範囲に固定されているため、ギルドの観測員は前もって魔獣の動向を探りに行っていた。私は周囲を色々と探索する必要があったので別行動をしている。事前に討伐の日程と計画を伝えておけば、特にギルドの観測員に気を使う必要はないらしく、あちらはあちらで勝手に観測を行うらしい。
私が森に入ったときには観測員らしき人の姿は全く見えなかったが、魔獣にも気づかれないように隠れて行動しているのだろう。かなりの手練れであるようだが観測員が魔獣に攻撃を仕掛けることはない。偵察には向いていても直接戦闘には向いていない冒険者か狩人が担当しているのかもしれない。
目標地点の周囲を探索し終えて、いよいよ
見たところ普通の雄牛人で、魔獣化している個体はいないようだった。
それでも四匹もの雄牛人が群れているというのは十分に脅威だ。彼らを恐れてか他の動物も水場に寄り付かない。滝は小さな川となって下流へと流れていっているので、水が必要な動物たちはわざわざ危険な雄牛人がうろついている滝下には近づかないはずだ。
雄牛人の方も自分達を脅かすような存在がいないことを自覚しているのだろう。その場を縄張りとして安心しきった様子でくつろいでいる。
滝の流れ落ちる音が周りの音を打ち消しており、あれでは周囲の警戒などまともにできないはずだ。それにも関わらずあの緩み切った様子。確かにこれだけの戦力が固まっていれば、何かに恐れて逃げ出すようなこともめったにないのだろう。しかも彼らは魔獣化した個体に率いられている。ここが完全に自分たちの領域だと認識しているらしかった。特例討伐依頼で明確に場所が指定されていたわけである。
なんにしてもこの状況は私にとっては非常にやりやすかった。まず、雄牛人を牛人と間違える恐れがない。そして事前に情報を得ていることで、雄牛人達に対して先手が取れる。
魔獣個体がいないうちに、まずは雄牛人の数を減らそう。奇襲で二匹は仕留めたいところだ。魔獣との戦闘時にはなるべく取り巻きは減らしておきたい。
静かに息を潜めながら、攻勢術式の意識制御を開始する。脳から絞り出すように、魔力の源たる魔導因子を全身の魔導回路へと流していく。
頑丈な雄牛人を術式で仕留めるには、『
ここは――
だんっ、と地面に手をつき、魔導回路から発生した魔力を土石へと流して操作する。最初は土塊をぎゅうぎゅうと押し固めるイメージで、圧縮された土は四つの岩の塊となり、余った魔力でその岩塊を浮き上がらせる。木々に視界を阻まれて雄牛人達はまだこちらに気が付いていない。
『
術式発動の鍵となる
両腕に刻まれた魔導回路が橙色に発光して、『岩塊』の攻勢術式を解き放った。土石を操る系統では中級にあたる
木々の合間を抜けて、一抱えはある岩の塊が雄牛人の群れ目掛けて撃ち出される。敵は四匹、岩塊も四つ。直撃すれば雄牛人も即死する威力、狙いの精度は五分五分で当たれば幸運といったところ。
しかして飛来した岩塊は、油断しきって大岩に腰かけていた雄牛人の二匹を直撃。大岩に挟まれて半身が潰れ、明らかな致命傷を負った。
ちょうど背を向けて、滝の水を掬って飲もうとしていた一匹は、肩の辺りに岩塊がかすって滝壺へと落ちていく。ここの滝は小さいので、滝壺といっても水深は浅い。あれはすぐに這い上がってくるだろう。
四匹目の寝そべっていた一匹に対しては、体勢が低かったことで岩塊が真上を通り抜けていってしまった。眼前を巨大な岩が通過したことに驚き、慌てて起き上がってくる。
――そこへ、既に距離を詰めていた私が岩の拳を振り上げて襲い掛かった。
起き上がりを攻めた一撃は見事に雄牛人の顔面を捉えて、河原の砂利に赤い花を咲かせる。
ここで、滝壺に落ちた雄牛人が水面へ顔を出した。滝壺は一歩二歩と奥へ行くほど急激に深くなっているようで、雄牛人は思いのほか滝壺からの脱出に手間取っていた。それを見逃す私ではない。
近場にあった大きな岩を掴むとすぐさま走り寄って、滝壺から這い上がろうとしている雄牛人の頭の上に岩を投げつける。
雄牛人は降ってきた岩を両手で受け止めようとしたが、足場が悪いところに勢いよく投げつけられた岩を支えられるはずもなく、へし折れた両腕ごと巻き込まれて滝壺へと沈んでいった。
私は水中に向かって次々に岩を投げ込み、滝壺が薄っすらと赤く染まり始めたところで攻撃をやめた。
その後、数分間見届けていたが、もはや雄牛人が水面へ這い上がってくることはなかった。
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