第19話 雄牛人
一見すると亜人種の
(……要するに人型であっても、ただの猛獣ってこと……)
人を殺すのも初めてではない。それが二足歩行の獣だというなら何も遠慮することはないだろう。それに二足歩行の獣も珍しいわけじゃない。例えば
――だから、気負う必要はない。
ここ最近経験してきた森の獣を狩るのと同じだ。私は緊張してつい力が入ってしまう岩の拳をゆっくりと解き、呼吸を整えて
ほどなくして、森都の外周からそう遠くない森の中で、ゆっくりとした足取りで徘徊する雄牛人を見つけた。
腰の辺りにはボロ布を巻き、片手に刃先の錆びた鉄の斧を持っている。ギルドの情報では木の棍棒を持っているという話だったが、得物がどうも違うようだ。新しい武器を拾ったのだろうか。
(……それにしても、本当に獣が武器を持っているんだ……。まさか、とは思うけど牛人の一般人じゃないよね……?)
正直なところ、私には雄牛人と牛人の違いは見た目でわからない。
せっかくの奇襲の機会を失ってしまうが、実際に話しかけてみればわかるのだろう。まともな返事が返ってくれば牛人、そうでなければ雄牛人。
間違って一般の牛人を殺してしまうよりは、多少危険が増えても声をかけてみた方が安心だ。
普通に雄牛人だったら間抜けな話なのだが、慎重な私はひとまず声をかけてみることにした。
「こ、こんにちは~」
なんと声をかけていいのか迷った挙句、出てきたのは捻りも何もない挨拶。
雄牛人?はびくんっと体を震わせてこちらを振り返った。そうしてしばしの沈黙。
……黙っていられると判断できないのだが。
やがてこちらを見ていた牛の顔が、にやぁと大きく笑顔に変じる。もしかして牛人だった?
――むぅうおおおおおおっ!!
途端に雄叫びを上げたそいつは口から涎を撒き散らしながら、鉄斧を大きく振りかぶりつつ突進してくる。
「やっぱり
突然の豹変に思わず私は逃げ出してしまう。なんというか、雄叫び上げながら鉄斧を振り回して追われるのは生理的に怖い。
とりあえず大きく距離を取ってから向き直り、改めて仕切り直しだ。
雄牛人の腕は太く、あの腕力で鉄の斧を生身に打ち付けられたら大怪我してしまう。今の私の体なら平気かもしれないが、わざわざ試してみる気にはなれなかった。
いきなり接近戦は危ない。距離を取れるなら、まず遠くから術式で攻撃を仕掛けるのが定石である。
『
雄牛人が駆けてくる足元の地面が黄色く光り、錐状に尖った岩の弾丸が複数、地中から飛び出してくる。
鋭い岩の切っ先が雄牛人の手足を穿った。悲鳴かあるいは怒声にも聞こえる雄牛人の叫びが森に響き渡る。それでも怯まず、突進を止めることなく、目を血走らせて襲い掛かってくる雄牛人に私は恐怖を感じた。
思わず伸ばした岩の腕が、雄牛人の腕を掴んで握りつぶす。またも耳障りな叫び声が響き、しかし今度の声は弱々しく尻すぼみになっていく。錆びた鉄斧を取り落とし、混乱したように腕や脚をばたつかせて暴れる雄牛人を、私はもう片方の腕で肩を掴み近くの木に押しつけた。
力の限り声を上げて抵抗しようとする雄牛人を私は巨大な岩の
自分自身の荒い息遣いだけが、静寂を取り戻した森の中で聞こえてくる。戦闘の結果だけ見れば私が力任せに雄牛人を圧倒して終わった。けれど、精神的な余裕など欠片もありはしなかった。
「……みっともない」
怖くて、怯えて、ただ力任せに相手を圧し潰しただけだ。
狩猟の手際としては酷いもの。だが、それでも目標の雄牛人は狩ることができた。
森猪などと違って、雄牛人は食肉としての価値は低い。可食部が少ないうえに筋張っていて食用に向かないのである。それでもこうして狩猟依頼が出るのは、放置しておくのが危険だからだ。
特に経験を積んで半端に知恵をつけた雄牛人は、森の中で冒険者に対して奇襲を仕掛けてくることが多くなる。そうした奇襲戦法で成功体験を得てしまうと、以後も積極的に奇襲を狙うようになるので厄介だ。それもまともな知能でやることではないから、愚直に奇襲ばかりを狙うようになる。馬鹿の一つ覚えと言えなくもないが、それはそれで新人の冒険者や狩人には脅威となるのだ。
(……なんにせよ、やった。特例討伐依頼を達成したんだ……)
神経を使う仕事だった。これは確かに新人冒険者がやる仕事ではない。
深い疲労感を覚えながらも、私は倒した雄牛人を大きな袋にそのまま包み肩に担いだ。今回の狩猟、雄牛人を倒した後は解体などせずにそのままの状態で持ってきてくれと言われている。
異常行動を取っていた獣などは捕獲したり、討伐後の死骸から何か問題がないか調べたりするらしい。今回の依頼も討伐そのものより優先度は低いが、可能なら死骸を回収してきてほしいとのことだった。
私には雄牛人の死骸をギルドがどうするのかわからない。
ただ、報酬に色が付くとも言われたので雄牛人の死骸は丸ごと持って帰る。
肩の上にあの醜悪な雄牛人を担いでいると思うと不快だが、報酬には代えられない。
その後、無事に特例討伐依頼を終えて帰ってきた私は、雄牛人の死骸の引き渡しに際して何故か「狩人組合の方に納めてくれ」と言われて、その場での死骸の分析にも立ち会うことになった。
特例討伐依頼、それは思った以上に面倒な仕事なのだと私は知ることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます