第14話 貴重な厚意

 私が冒険者ギルドの扉を開くと、どうにも注目を集めてしまう。

 特に今回は大きな森猪の肉を担いできたものだから余計に目立っていた。

 獣の返り血をたっぷりと浴びた異形の姿。背負った大きな麻袋と合わせて周囲の人間に警戒を抱かせるには充分な格好だ。また何かやらかしたのでは? と疑いの目をした受付嬢の視線が痛い。

 ギルドに入ってしまってから、その失敗に気が付いた。せめてどこかで血を落として来ればよかったのだが、疲れていた私はそこまで気が回らなかったのだ。

 それに、水浴びしようにも着替えがない。森の中で野宿を決め込んでいるなら、誰も人がいない川で服を洗った後は火でもおこして温まれたが、街中ではそうもいかないだろう。どの道、選択肢はなかったと割り切って、私は素材換金所へ仕留めた森猪の肉を換金に向かう。


「あら、レムリカさん。また素材の換金ですか? 今度は何を取ってこられたんです?」

 鑑定術士のお姉さんが苦笑しながら話しかけてくる。たぶん、ギルドの受付嬢に注意を受けたことまで知っているのだろう。名前までしっかり覚えられてしまっている。あれから、さして時間を置かずにやってきた私に少し身構えた様子だ。

「今度は森猪の素材を持ってきたんですけど……」

「森猪? へぇ、この短時間で狩ってきたんですか?」

 鑑定術士のお姉さんの目が興味深そうに細められる。


 麻袋に入っていた森猪の肉塊を出して見せる。しっかりと凍らせてあるため、肉の表面は白い霜が薄っすらと覆っていた。

「はぁ、すごい。凍らせてあるのね。血抜きも済ませて手頃な大きさに分けられている。毛皮はそのまま、と。でも綺麗に洗われているみたいだし、凍らせたことで腐敗が進んでいる様子もない……うん、いい状態だわ」

 真剣に鑑定を行うお姉さんからの評価は悪くない。そのことに私は少しほっとしていた。肉の前処理の方法は村にいた猟師から興味半分に聞きかじった程度のものだったので、どこまでが正しい作業だったか自信がなかったのだ。

「あの、どこか悪い点とかありませんか? 処理の仕方で」

「特にないわよ。強いて言うなら肉と毛皮を分けて欲しいくらいだけど、この保存状態なら下手に皮を剥がないでもいいから。後で専門の職人に任せればいいし」

 どうやら処理方法は及第点を貰えたようで一安心である。これなら報酬の方も期待できそうだ。


「肉の質は上等ね。非常にいいわ。ところで、森猪を狩ったにしては肉の量が少ない気もするけど……」

「あー……それは、半分以上を潰して……いえ、持ちきれずに捨ててきてしまったんです」

「あら勿体ない、半分も……? ふぅん、でもまあ仕方ないか。そもそも一人で狩って持ち帰るには限度があるものね。牙獣の森に放置した獣の肉は、すぐに他の獣に食べられてしまうから、もう一度取りに戻っても無駄でしょうし。むしろ力持ちのレムリカさんだから、これだけの量を持ち帰れたとも言えるわけだ。薬草の採取より狩猟の才能の方があるんじゃないかしら?」

「薬草採取よりも……そ、そうですか」

「ええ、今後のお仕事の選択はよく考えてみて。それじゃあ計量して、引き取り価格を提示させてもらうから。少し待ってね」

「あはは……はい、お願いします」

 森猪を半分捨ててしまった、という説明にお姉さんは残念そうな顔をしていた。それでも肉の重量としては、大人二人分くらいの重量はある。それを運んできたということで力持ちと評価されてしまったのは、年頃の娘としては複雑な気分にさせられる。まあ、普通ならこの五分の一も持って帰れたか難しいぐらいだ。台車でも使えば運べないことはないだろうが、それだって森の中のでこぼこ道を運ぶのはかなり大変だろう。今の私の剛腕があってこそ、この量が運べたのである。


 それにしても、薬草採取より狩猟の方が向いていると言われたのは、私としてはかなり不本意な評価で褒められても全く嬉しくなかった。

 選ぶ仕事を考えた方がいい、とは親切で言ってくれているのだろうが、なかなか心に来るものがある。自分が最も得意としていた薬草採取がダメで、経験の浅い狩猟の方が向いていると言われてしまい軽く傷ついた。


「はい、お待たせしました。合計で金貨五枚分になるけど、幾らか銀貨でお支払いしましょうか?」

「……あ、金貨五枚!? そんなになるんですか?」

「森猪の肉は需要が多くて、価格も安定しているからね。銀貨換算では一二五枚になるから、全部を銀貨にするのはお勧めしないけど。両替なら後でギルドでもできるから、邪魔になると思うなら金貨にしておくのも手よ」

「そ、それでは金貨三枚と銀貨五〇枚でお願いします」

 金貨五枚となれば一ヶ月の生活費にはなる。思わぬ収入に私はごくりと唾を飲み込んだ。これは本格的に狩猟を生業にするのもありかもしれない。


「じゃあ、はい。これが代金ね」

 机の上に並べられた金貨三枚と銀貨の山。それを受け取ろうとして、私はごつい岩の手の平で銀貨の山を崩してしまう。

「…………あ、あわわ」

「あー……。あなた、その、とっても不器用なのね……」

 鑑定術士のお姉さんに残念なものを見る目で見つめられて悲しくなる。

「仕方ない、仕方ない。この代金は小袋に入れておくから、これをこうして腰に付けて……。お金を出すときは袋ごと渡して、必要分を取ってもらうのね。悪い人に盗まれないように注意するのよ」

 そう言って私の服の腰紐にぶら下がるように、金貨と銀貨の入った袋を括りつけてくれる。


 なんだろう。

 人里に下りてきて、初めて人の優しさに触れた気がする。

 村にいた頃なら当たり前の他愛ない人とのやり取り。大した事のない小さな親切。

 それが、今の私にとっては嬉しいくらい大きな手助けで、これまで何も感じずに受け取っていた貴重な厚意だったのだと改めて気づかされた。

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