第11話 向き不向きというもの

 冒険者ギルドへ戻った私は、素材換金所で袋に詰めた薬草の鑑定をお願いしていた。魔導回路の刻まれた薄い金属板『冒険者登録証』を提示してから、鑑定をしてもらいたい品物をカウンターに差し出す。

「こ……これは……!? この薬草は……」

 袋の中にぎっしりと詰め込まれた薬草を見て、鑑定術士のお姉さんが絶句していた。

「……完品がほとんどないのね……困ったわ、これは……」

 ごめんなさい。

 がっくりと項垂れて頭を抱える鑑定術士のお姉さんを前に、私は何の言い訳もすることができなかった。

 袋にたっぷりと詰め込まれた薬草のほとんどが千切れたり潰れたりしたもので、草の汁を流してしおれていた。きちんと根や葉が茎と共に無事に揃っているのはわずかに数本しかない。


「これだとさすがに査定額を落とすしかないわ。完品のもの以外は低級品扱いで、重量当たり価格での買取りになります」

「はい……。それでお願いします……」

 文句があるわけもなかった。引き取ってもらえるだけありがたいと思う。私が引き取る側だったら受け取り拒否しているぐらいの傷み具合なのだ。

 買取価格はかなり低くなってしまったが、量だけはそれなりにあったので収入としては数日の生活ができる程度の現金、銀貨七枚が手に入った。

 それでも危険な森に分け入って採取してきたことを考えれば割に合わない報酬だ。あれだけ薬草が群生していたのだから、以前の私なら高価格の薬草を選び取りながら全て完品で採取して、今回採取した薬草と同じだけの量なら銀貨二五枚にはなっていたはずである。


「はぁ~……。大失敗だったなー……」

 気落ちしながらも冒険者ギルドで新たな依頼を受けようかと掲示板へ向かう私に、受付嬢がカウンターの向こうから手招きして声をかけてくる。

「ちょっと、レムリカさん」

「はい? なんでしょうか」

「森を荒らしたの、あなたでしょう? 薬草の採取場所が力任せに掘り返されていたって、今朝、他の冒険者から苦情が来たんです。先ほど納品された状態の悪い薬草はそのときのものですよね?」

「うっ……!? そ、それは……」

 その後、受付嬢のお姉さんにみっちり叱られてしまった。その時、ギルドにいた他の冒険者達からの視線が痛かった。



「はぁあああぁ……。村じゃ、おばば様くらいにしか叱られたことないのに……」

 村ではよくできる子供として扱われてきたものだ。両親は元々が優しい気質でもあったうえ、私自身が手のかかるような子供ではなかったから怒られるようなことは全くと言っていいほどになかった。

「それが一番自信のあった薬草採取で失敗するなんて……」

 薬草は群生しているからといって根こそぎ全て採取してしまうのはよくない。幾らか残しておいて、自然とその場所で増えるのを待ってから何度も採取できるように維持していくのが常識だ。

 私が受付嬢から注意されたのはそんな基本的なことばかりだった。全て私自身がよく理解していたことだけあって、余計に悔しさを感じてしまった。


 自分の情けなさに、ちょっぴり涙目になってしまった私を見て、受付嬢のお姉さんは叱り過ぎたと思ったのか別の仕事を勧めてくれた。

 薬草がダメなら鉱物素材の採取はどうか、と勧めてくれた仕事が一つ。ただ、これは採取場所が森を抜けて遠くの山まで行かなければならず、色々と準備が必要になりそうだった。現状、近場で現金を稼ぐには薬草採取以外なら、やはり獣の狩猟か猛獣討伐の仕事が主になるようだった。

「経験が少ないとか言っていられない。やるしかないか」

 薬草採取で大失敗した私は、気持ちを入れ替えて獣の狩猟に挑戦することを決めた。身体能力が向上している今の私なら、あるいは本当にそちらの方が向いているかもしれない。その可能性に賭けて、再び私は『牙獣がじゅうの森』へと分け入るのだった。



 冒険者ギルドで聞いた話では『牙獣がじゅうの森』に出没する獣は昼間でも活発に動き回っているということだった。基本的に人間を恐れることはなく、むしろ縄張りを主張するため積極的に襲い掛かってくる獣がほとんどだという。

 中でも、人に対してより好戦的で命を奪いにくるような肉食の獣は『猛獣』として指定され、優先的に駆除対象とされていた。

「半刻も森を歩いていれば何かしらの獣に出くわす、って聞いたけど」

 とりあえず森で迷わないように、街から真っ直ぐに森の奥に向かって歩き続け、所々に目印として土を掘り起こしては小山を作る。貴重な植物を傷つけないように、平坦で雑草しか生えていない地面へ岩の指を突っ込んで掘り返す。大きな岩の手の平で一掻きもすれば遠目にも見てわかる小山ができた。


「結構、森の奥まで歩いてきたんだけどな……。もう一刻半になるのに獣一匹見当たらないのはなんで……?」

 思い通りにいかない現状に、ぶつくさと独り言が漏れた。ここ最近、一人で行動することが増えたせいか、独り言も多くなっている気がする。

 目につくのは木々の枝に止まってこちらを警戒している鳥くらいのものだ。それもこちらが近づけば、かなりの距離で飛び立ち逃げられてしまう。

 本当にこの森は獣があふれるほど生息しているのだろうか? 木々も鬱蒼と茂り、前へ進むのにも太い枝葉を折りながらでなければまともに視界も確保できない。普段、他の冒険者も立ち入らないような深さまで森に立ち入っている気がする。

「ダメだ。この方角はよくなかったのかも。一旦、街に戻ろう。改めて別の方角を目指した方がいいや」


 考えを切り替えたなら行動は早い方がいい。時間を無駄にしないためにも私は全速力で走って街まで戻った。半身がゴーレムの体になってから視力も強化されたのか、視界の悪い森の中でも目印の小山を発見するのは容易かった。単に遠くまで見通せるようになっただけでなく、探している目標物を発見する能力が高くなっている気がする。

 それは薬草などを探すときにも役立っていた。もっとも、薬草の場合はせっかく見つけても採取が下手糞では能力の持ち腐れとなってしまったが。

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