第10話 新しい仕事

 冒険者ギルドのカウンターで登録手続きを進めていた私は、受付嬢に代筆をお願いした経緯から、その場で記入内容に関する質問を受けていた。

「特技などはありますか? 具体的に経験した職業があればそれでも構いません」

「特技や職業……。ええと、五級術士です。基本的な呪術と召喚術が使えます。見習いですが一応、傀儡術士くぐつじゅつしとして修業しています。あ、あと薬草学とかは少し詳しいです」

「五級術士ですか? そうすると魔導技術連盟にも登録されているんですよね? お仕事はそちらから斡旋を受けた方が待遇もいいと思いますけど……」

 受付嬢は純粋に不思議そうな顔をしている。普通の術士は冒険者組合よりも連盟で仕事を斡旋してもらうことが多いからだ。例外としては、連盟のお堅い仕事や渋い賃金が嫌になって、冒険者として好きな仕事を選ぶパターンだ。後は、連盟で問題を起こして仕事を回してもらえなくなった者が、仕方なく冒険者組合で仕事を取ることもある。


「れ、連盟の仕事はちょっと……その、難しくて。冒険者組合の方で簡単な仕事を探そうかと……」

「簡単な仕事ですか……。つまり、単純な仕事がいい、ということですね?」

「はい、まあ最初なので……」

 受付嬢は登録用紙の備考欄に何やら書き加えている。今のやり取りで出た話も、斡旋する仕事を選ぶのに必要な情報なのだろう。


「……はい、登録はこれで済みました。冒険者登録証は明日以降、受付に来て受け取ってください。それから、もしすぐにお仕事を受けるつもりがあるなら、今ここで受け付けますが。どうしますか?」

「……! お願いします。一日で済みそうな依頼があればぜひ」

「そうですね……レムリカさんに向いていそうなお仕事は……。猛獣討伐の依頼などはどうですか?」

「も、猛獣討伐!?」

 いきなりとんでもない仕事を勧められてしまった。私は狩猟など小動物を相手にしかしたことがなく、山菜摘みと合わせて兎や鳥、魚とかをたまに捕まえていた程度だ。

 受付嬢は私の巨大な腕を見て武闘派の術士と思ったのだろう。確かにこの体になって戦闘能力は上がったが、大型巨獣の狩猟は経験がない。動揺する私をよそに受付嬢は丁寧に猛獣討伐の詳細を説明し始めてしまう。


「ここ最近、街の南に広がる『牙獣がじゅうの森』で、猛獣の類が増えていまして。街の近くにまで、よくやってくるんです。『剛槍鹿ごうそうじか』や『森猪もりいのしし』、他にも『黒毛巨牛ガウル』なんかも目撃されています」

 この街、『森都しんとシルヴァーナ』などと洒落た名前で呼ばれているが、実のところは森に呑まれかけた田舎都市である。街の周辺の害獣も定期的に狩り続けなければ数が増えていく一方となり、駆除をおろそかにすれば飢えた猛獣が餌を求めて街中に侵入してくるのは必然だった。それゆえに森都シルヴァーナでは専門職の狩人のほか、何でも屋とみなされている冒険者も猛獣討伐は日常の仕事となっていた。

「少し森に分け入って痕跡を探せば、一刻もかからずに何かしらの獣に遭遇すると思います。あぁ、もし獣を討伐した時、派手に血が流れた場合にはすぐに獲物を回収して街に引き返してくださいね。血の臭いに釣られて肉食獣が際限なく寄ってきますから、囲まれる前に引き上げるのが『牙獣の森』で狩りをする際の鉄則です」


 なんだか討伐依頼を受ける流れで説明が始まってしまったが、話を聞けば聞くほど物騒なことこの上ない。私にいきなり猛獣の討伐依頼は荷が重そうだ。

「……すみません。いきなり討伐依頼はちょっと難しいかも……」

「そうですか? 狩人は常に人手不足なので、一人でも多く猛獣討伐の依頼は受けて欲しかったんですが……。まあ確かに、冒険者としてのお仕事に慣れる、ということなら猛獣討伐は早かったですね。それならまずは薬草採取から始めてみますか?」

「薬草採取! それならできます!」

 薬草の採取ならこれまでも毎日のようにやってきた仕事だ。有用な薬草類についてなら百種類以上の情報が知識として頭に入っている。この緑豊かな森が広がる地域なら、お金になる野草がいくらでもあるに違いない。


「薬草類で今、買取価格が上がっているのは……甘菜あまなの根、金銀花きんぎんかの蕾、一薬草いちやくそうを丸ごと、この辺りでしょうか。他にも薬効のある植物で珍しいものは高値で買い取ります。希少性が低く群生しているような種類は、かなりの量を集めないとお金になりませんから注意してください」

 受付嬢の丁寧な説明にお礼を言った後、私は早速、森に入ることにした。もうすぐ日は暮れてしまうが、私なら薬草採取は短時間で済ませることができる。今晩の寝床と食い扶持を稼ぐためにも一仕事やってしまおう。



 日が暮れ始めて薄暗くなり、他の冒険者達が引き上げて静かになった森を私は軽快に駆け抜けていく。

 ゴーレムの体になってから身体能力が向上したほか、夜目も利くようになっていた。前を塞ぐ木の枝は岩の巨腕で打ち払い、速度を落とすことなく思い切って森の奥まで進むと、薬草が生えていそうな場所を素早く見て回った。

「あった……! 一薬草だ。他にも売れそうな薬草がある……よかった、見つけられて」

 森の中に入ってすぐ、まだ手付かずの薬草が何種類か、あちこちに生えているのを見つけることができた。

 冒険者としての初めての仕事がどうにか達成できそうで、私は内心でほっとした。街を出てから薬草の発見まで大した時間はかかっていない。自分のこれまでの経験と、新たに得た身体能力の高さが為した結果だ。


 ――これならやっていける。

 確信と共に伸ばした手で薬草を摘むと、ぶちぶちと岩の指の間で緑色の汁を流しながら薬草が擦り潰されていく。

「……あれ?」

 根から葉先まで全体が薬として使える一薬草。根元から丸ごと引き抜いたつもりのそれは、摘まみ上げて手の平を広げてみれば無残に葉も茎も根もバラバラになっていた。


 これは力加減を間違えただけだ。ただそれだけのこと。

 そう思って再度、一薬草に手を伸ばすが、今度は半ばから引き千切れて摘み取った上半分もぐしゃぐしゃに擦り潰されている。

「あれ? あれ、あれ……!?」

 一薬草の採取に『格闘』すること四半刻ほど、薬草の群生地は掘り起こされた土とバラバラに千切られた一薬草の山になっていた。

 運よく形が無事なまま採取できたのは数えるほどしかない。それだけでは一晩の宿代にすらならないだろう。


「形は悪いけど、ちぎれた薬草も持って帰るしかないかぁ……。これ、お金になるかな……?」

 はぁ、と深い溜め息を吐きながら、私は千切れた薬草の山を袋に詰めて街への帰路についた。

 もう夜も遅くなってしまったので、冒険者ギルドも閉まっている頃だろう。今晩は仕方がないが野宿になる。なるべく森都しんとシルヴァーナの近くまで戻って、適当な寝床を探すことにした。

 こうなると急いで戻っても意味がないので街の近くまでゆっくりと歩いて帰ることにする。道中で他にも幾種類かの薬草を見つけたが、綺麗に採取できたのは引き抜いた薬草のうち一割程度だった。

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