第8話 レプリカント

 浮遊するほうきに腰かけて、燃え尽きて灰となった村を上空から見下ろしながら魔女メディシアスは怒りに震えていた。

「これはこれは……どういうことなのかしら? あたしが留守にしているのをいいことに、フレイドルの糞野郎があたしの領地を荒らしたってこと? なにそれ、なによそれ! 許せない……。許せないでしょ!」


 村の異変は早い段階でメディシアスに伝わっていた。おばば様が何らかの方法で伝えていたのだろう。だが、用事を済ませてメディシアスが戻ってきたときには全てが手遅れだった。

 煙の立ち込める村へと降り立ち、生き残りの村人達から話を聞いて回りながら、メディシアスは怪我人の治療にあたっていた。頼りがいのある領主だ。本来ならこんな辺境の村にまで足を運ぶ必要などなく、村の長に管理を任せておくだけでいいはずなのに。


 だが、その村長であるおばば様は命を落とし、後継者も役には立たない小娘ときた。いくら村の変事だとしても、それだって先に調査の人を寄越すとかすればいいことだ。真っ先に駆けつけて現場の救援作業に駆けずり回るなど、どれだけ慈悲深い人なのか。


 体の火傷が痛むのか、親を亡くして悲しいのか、泣きじゃくる数人の子供をあやしながら治療を続けるメディシアス。彼女にどう声をかけていいのかわからず、治療が終わるまで私はしばらく無言でたたずんでいた。そんな私に気が付いた子供の一人が、びくり、とこちらを見て身震いした。

 子供達の変化を見て、メディシアスもようやく私の存在に気が付いたようだった。普段の彼女なら魔導による自動探知で私が近づけばすぐ気が付いたはずだが、よほど治療行為に集中していたのだろう。驚いた様子で立ち上がる。


 気まずい空気だ。何か言わなければいけない。けれど、何を口にしても言い訳にしかならない気がして、なかなか言葉にならない。挙句の果てに出てきたのは子供みたいな謝罪の言葉だった。


「メディ……ごめんなさい。私、皆を守れなかった……」

 自然と涙が流れ落ちた。悔しくて、悲しくて、本当に不甲斐ふがいなくて。

「レムリカ……? いえ、あなた……」

 困惑した表情でメディシアスは何事か口にしようとして、言いよどんでいる。いっそ役立たずとでも、はっきりののしってくれればいいのに。

 そんな憐みの目で見ないでほしい。


 怪我の治療が終わった子供達は泣き止み、メディシアスの腰にしがみつくようにして寄り添っていた。本来なら私があの立ち位置で子供達を守ってあげないといけなかったのに。守るどころか、怒りのまま暴れた末に仇敵を取り逃がしてしまった。つくづく情けない。


 生き残った村の子供たちはすっかり怯えていた。

 これほどまでに凄惨な経験をしたのだ。無理もない。

 犬は吠え猛り、猫は怯えて物陰に隠れている。


 でも──。


 子供達を庇うように立つメディシアス。


 なんで──?


 まるで恐ろしい敵から守ろうとするかのように。


 どうして──?


 私から子供達を遠ざけるのか。


 私が一歩を踏み出すと、子供達が小さな悲鳴を上げてメディシアスの背後に隠れる。もう一歩近づこうとしたところで、メディシアスが杖の先端を私に向かって突き付ける。それは明確に敵対の動作だった。


「メディ……? どうして杖を向けるの? 落ち着いて。敵はもういないよ。村を荒らした奴らは追い払ったから」

「いいえ、違うわ。それは違う」

「……ああ、そっか。ごめん……。私が役立たずだったからだ。おばば様は死んじゃった。村の人達もたくさん死んじゃった。私、おばば様の後継者なのに、ちゃんと村を守れなかった。領主のメディが私を罰するのは当然だね」


 メディシアスは明らかに動揺していた。杖の先端がぶるぶると震えて、顔も苦しそうに引きらせている。一級術士の彼女らしからぬ態度だ。

 メディシアスは震える唇をどうにか開きながら、やっと声を絞り出したという感じで私に話しかけてくれた。心なしか目には涙さえ浮かべて。


「あなた、あなたね……気が付いていないのかしら? だとしたら、とてもとても残酷なことだけど。魔女メディシアスの目によって得た事実を語るわ」

 事実? 事実とは何のことだろうか? 焼け落ちた村の惨状よりも残酷な事実があるというのか。


「よくできている。うっとりするほどに、信じたくなるほどに、そして泣きたくなるほどに……よくできているわ。でも、でもね。あなた……。あなたは、レムリカではないのよ」


 彼女が告げた言葉は、私にはまるで理解できないものだった。


「一目見てわかる。あなたは人ではない。その腕は紛れもなく非生物を材料とした魔導人形のもの。ただね、だからと言って、単純な魔導人形でもないわ。

 ……人造人間レプリカント。人をして創られた存在。それも魔導人形ゴーレムとの合いの子っていう、特別とびっきりの怪物。それがあなたの正体」


 何を言っているのか。メディシアスは冗談が過ぎる。

 前々から思っていたことだが、彼女の冗談はわかりにくいのだ。


「きっと……きっとね。死にひんしたレムリカが最後の力を振り絞って、あなたをこの世界に遺したのでしょう。村の仲間を、大切な家族を、襲撃者から守るために」

 そんなことが、ありうるのか?

 私がレムリカではない、魔導人形ゴーレム? いや、人造人間レプリカントだと?

「でも、その使命も終わった。終わったのよ、もう。役目を終えたあなたは還らねばならないの。土へとね」


 ──嘘だ。

「冗談でしょう、メディ?」

「いいえ、冗談ではないの」

 メディシアスの頬に一筋の涙が流れる。それで、彼女が冗談を言っているのではないと私も理解した。


 ──いやだ。

「え? おかしいよ、なんで? 私、しっかりと記憶だってあるよ? この村で育ってきた、ずっと暮らしてきた。昨日だって、山仕事から帰った後はおばば様と呪術の訓練をして、それから……」

「そう、それは素晴らしいことだわ。しっかりと記憶も複写されたのね」

「どうしてそんなこと言うの――?」


 イヤだ、嫌だ。

 認められない。私はレムリカ。私はまだ生きている!

 ここにいる!!

「メディ!! もっとよく見て! 私だよ! ゴーレムなんかじゃない!! 私が、レムリカだよ!?」

「──っ!? それ以上、近づいたら!!」

 メディシアスの杖の先端に魔力の光が宿る。彼女は本気だ。子供達を背に庇う彼女は、本気で私を敵視している。そんな馬鹿な――!?




 私は逃げ出した。

 村を飛び出し、夜の山を駆け抜け、森の木々をなぎ倒しながら、がむしゃらに走った。誰も私を追っては来なかった。それがとてつもなく悲しくてたまらなかった。

 どんな悲惨な理由でもよかった。故人の尊厳を守るために私を処分するとか。せめてメディシアスだけでも追ってきてくれるかと思ったが、彼女は村を守護することに手一杯で逃げ出したゴーレムもどきをどうにかする気はないようだった。


 ひりつくように喉が渇いている。

 強烈な渇きを覚えた私は、いつの間にか水の匂いに誘われ渓流へとふらふらやってきていた。

 依然として頭の中は混乱したままで何も考えられない。とにかく心を落ち着けようと、先ほどから我慢の限界を迎えていた喉の渇きを潤すことにする。


 両手で水をすくおうとして己の岩石じみた腕に怯み、水面に映る自分の姿を見て再び絶句した。異形の姿と化していたのは腕だけではなく、頭にも角のような形の岩が二本生えていたのだ。全身は血に塗れて、所々に人間のものと思われる肉片がこびりついている。酷い姿だった。これでは子供も怯えるはずだ。

 川の深い所に飛び込み、流れに任せて汚れを落とす。腕の重量のおかげか、かなり強い水流にも押し流されることなく、私は川の真ん中でこびり付いた血と肉を洗い流した。


 お腹がすいた。

 魔導人形と人造人間の合いの子などと言われたが、水も飲みたければ食べ物も欲しい。これでいて自分が人間ではないという事実が信じられなかった。

 川魚でも捕まえて食べようかと思ったが、気の利いた釣り道具など手元にあるわけもなく、素手で魚を捕まえようとしたがうまくいかなかった。

 以前の私なら静かに川下から近づいて、岩陰に隠れた魚を素早く掴み取ることさえできたのだが、岩の塊をぶら下げたような現在の体では近づいただけで魚に気取られ逃げられてしまう。

 加えて、岩の両腕はとにかく繊細な動きが苦手なようであった。

 どうにか捕まえた、と思ったら擦り潰された魚の死骸が手の平に残っている、という状況で私の我慢も限界に達した。


「なんでこんなこともできなくなっているの……。なんでよ!!」

 ままならない怒りに任せて岩を叩くと、水中にまで伝わった破壊の衝撃で気絶した魚がプカプカと浮いてきた。いよいよ人外じみた行動を取ってしまった自分を省みて泣きたくなってくる。それでもお腹は「ぐぅ」と鳴って空腹を訴えていた。


 私は適当な枯れ木に『点火イグナイト』の術式で火を点けて、焚火をおこした。腕は指の先まで岩の塊みたいになってしまって、果たして今まで通りに術式が使えるのか不安だったが、どうやら杞憂だったようだ。

 ただ少し、今までよりも術式が不安定になったのか、指の先に小さな炎を出すだけだった『点火イグナイト』の術式が、両手で包めないほどの大きな炎を生み出した。予想外ではあったが、一発で焚き木に火が点いたので別に悪いことではないのかもしれない。術式の細かい制御は今後の課題となるかもしれないが……。


 じっくりと魚が焼き上がるのを待つ間、よだれが止まらなかった。十分に火が通ったら、岩の手の上に魚の身を乗せてじかにかじりつく。美味しくて、腹が満たされていった。私は生きている。普通の人間だったときと何も変わらないではないか。

 ふと、村に戻ってみようかと考える。時間を置いた今なら、皆が冷静になって自分を受け入れてくれるかもしれない。

 しかし、一歩戻ろうとしたところで、冷徹な表情で語ったメディシアスの姿が思い浮かんだ。彼女はあのような状況でも、とても冷静だった。一級術士の彼女が判断を誤ったとは思えない。


 昨日まで「レムリカお姉ちゃん」と慕ってくれていた子供達が、私を見て恐れおののいていた姿も忘れられない。

 大丈夫だよ、心配ないよって、安心させてやりたくてもゴーレムと同化した腕では子供達の頭を撫でてやることもできない。

 イタズラをした子供に拳骨を食らわせていたのも、一夜にして懐かしい思い出と化してしまった。今、それをやろうとすれば子供達は本気で震えあがり、加減を間違えて殴ろうものなら一発で殺してしまうだろう。

 犬には吠えられ、猫も寄り付かない。どの道この武骨な腕では、子供達と同様に彼らを戯れに構ってやることもできない。


 あの村にはもういられなかった。

 見た目が人外となったばかりではない。自分でもわかる。私はこれまでのように細やかな作業はできなくなった。

 村の復興で手伝えることがあったとしても、壊れた瓦礫の処理や住居の立て直しくらいか。そうした大きな作業が終わってしまえば、私にできることは極端に減ってしまう。

 村人に恐れられながら、役立たずの私があの集落にいる意味はあるだろうか?

 そもそも人ではないとメディシアスに断言されたこの身を、村の人達が果たして受け入れるだろうか?


 村のことはメディシアスがどうにかするだろう。

 私はここで、もう必要とされない。それが、決定的にわかってしまった。


 誰が聞くでもない嗚咽おえつを漏らしながら、私はひたすら焼けた魚の身をむさぼり続けた。それで心が満たされることはないと知りながらも。

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