第7話 憤怒の化身

「……うわははっ! これだ! これに違いない……!」

 不快な声が耳に飛び込んできて、私は目を覚ました。


「……ぬはははっ! ついに見つけたわ! やはり実在したのだ。ここが、輝く巨兵の眠る神殿! くくくっ。幸の光にかこつけて調べに来た甲斐かいがあったというものよ……」

 忌々しい男の声。恨めしい仇敵の声が遠くから響いてくる。


「……輝く巨兵、その力を手にすれば……このフロガスが一級術士となることも夢ではない……! 古代魔導技術による魔導人形の最高傑作! ふははっ! ついに手に入るのだ!」

 そうか。こいつが元凶だったか。

 古代魔導技術の遺産を己がものにするため、炎熱術士フレイドルを焚きつけて遺跡の調査を強行させたに違いない。


 私は自分が覆いかぶさっていた岩に手をつき、ゆっくりと上体を起こした。

 しばらく休んだおかげか、体が妙に軽く感じた。少し腕は重いけれど……。


 腕? そうだ。失われたはずの腕。私は今、腕を使って体を起こした。では、その腕とはいったい何か?


 闇にぼんやりと浮かび上がる古代式魔導回路の淡い輝き。橙色に光るそれは私の肘から先に生えた巨大な岩の塊に刻まれていた。

 ――いな。岩の塊のように見えるそれはただの岩にあらず。

 幾つもの岩が結合して、自身の胴体ほどもある巨大な手の平を形成していた。これが何かはわからない。それでも自分の腕として自由に動かせる、というのだけは本能的にわかった。力を込めて握りしめれば、手の平は自然と拳を形作る。


 周囲を見回すと、地面にはおびただしい量の血がき散らされていた。血に濡れた幾つかの岩は、私の岩の腕と同じように古代式魔導回路を淡く輝かせて活性化していた。なるほど、この魔導回路は人の血に反応する特性があったのかもしれない。それも大量の血でなければならない。それで今までは誰が何をしても反応がなかったのだ。

 それにしてもこの魔導回路が刻まれた岩。私の体と融合してしまったのか? 果たしてそういう効果を持つ遺物だったのだろうか?

 わからないことばかりだけれど――。


「ぬ? 小娘、生きておったか。存外、しぶといの。簡単ないやしの術式でも使えたのか?」

 物思いにふける私の前にそいつが現れた。途端に、腹の底から冷たい感情が湧き出してくる。

「……まあ、どうでもよいことか。案内ご苦労であった。初めからこの場所を教えていれば、無用な犠牲を出さずに済んだものを」

 あれだけ無意味な殺戮さつりくを繰り広げておいて、言うことがそれか?


「さて、小娘よ。他に何か隠し立てしていることはないか? このフロガスに申してみよ。既にこの遺跡について調べは済ませてきている。それでも、田舎術士の知見なりに多少の価値はあるかもしれん。ここには古代の戦闘用魔導人形が封じられているはずだ。そのようなものを見たことはないか?」

 フロガスの質問に答える気はない。今、私が考えていることはただ一つ。

 だらりと腕を下げたまま、重たい一歩を踏み出す。

「ん? どうした? 口が利けんのか? 喉か肺が焼けたか? 役に立たんな……。邪魔だ。とっととその小娘を排除するのだ!」


 フロガスの命令で前へ出てきた二人の術士。暗がりの中でなんの警戒もなく私との距離を詰めてくる。こいつらは学習しないのだろうか?

 無用心にもほどがある。


 軽く左手を払うように動かすと術士の一人があっさりと吹き飛び、壁に叩きつけられる。目前に迫ってきていたもう一人は右手で頭を掴み地面へと押し潰した。

 さしたる力も込めていないそれらの動作で、私を排除しようと近づいてきた術士二人がき肉と化した。


「は……? なんだ!? 何をした小娘!!」

 答える必要はない。私は無言で一歩踏み出し、フロガスとの距離を詰める。

「そ、その光る腕はなんだ……? 貴様!? まさか、既に古代の遺産を己がものにしていたというのか!!」


 そうなのだろうか?

 そうなのかもしれない。

 そうだとしたら、この力を使って私がやることは――。


「ひぃいいいいっ!?」

 フロガスが悲鳴を上げながら全速力で逃げ出し、遺跡の出入口へと飛び出していく。

 逃がすものか――。

 手近にあった岩を掴み、力の限り投擲とうてきする。


 ぶおんっ! と空気を裂いて飛んだ岩が、前方に見えた人影に激突して粉々に砕け散る。人影の方も上半身が粉々になってその場にひっくり返った。

「うぉおおっ!? なんっ!? なんという!? き、貴様ら! 私を守れ! 小娘だ! 死霊術士ネクロマンサーの小娘が化けて出よった!! 殺せ! 二度と蘇らぬように! 徹底的に死体を潰せぇ!!」

 あれはフロガスの声だ。投げつけた岩は別の者に当たったのだろう。


 外で待機していたらしいフレイドル一派の術士達が遺跡を包囲するように陣形を組む。その後ろでフロガスが樹木兵を作り出していた。

 だが、問題ない。

(――どの道あなた達は全員、ゆるさない。全て叩き潰す――)

 私が強く念じると、腕に刻まれた魔導回路が強く光り輝いた。


 どしん、と重々しい踏み切りの音を立てて地面を蹴り、遺跡の中からおどり出た私は一足いっそく飛びにフレイドル一派へと襲いかかる。腕は重いが、それ以上に体が軽い。この古代式魔導回路は私の筋力を強化しているのかもしれない。


 遺跡から飛び出しざまに腕を大きく振るい、数人の術士を殴り潰した。

 ばしゃぁっ!! と血肉が飛び散り、元が何人いたのかわからないほど原形を留めない死体が地面に広がった。

 そんな恐ろしい光景を目の当たりにして、近くにいた術士達が思わず硬直する。一方でこの間にも、動揺する心のない樹木兵は太い枝を振るいながら私に攻撃を仕掛けてきた。

 しかし、樹木に対してこちらは岩石の腕だ。正面から当たれば硬さと重量で負ける道理はない。体勢を崩されることもなく木の腕を弾き、岩の手で樹木兵を鷲掴わしづかみにするとそのまま太い幹を握りつぶした。樹木兵の繊維質の体は縦に割れ裂け、自重を支えることもできなくなって崩れ落ちる。


「うわああああぁっ!? 化け物だーっ!!」

「どうなってんだ、あの腕は!?」

 圧倒的な破壊力を見せつけられて、フレイドル一派の術士達に混乱が生じる。


炎弾イグニス・ブレット!!  炎弾っ!!』

『――っ!! 石弾ストォヌ・ブレット!!』

 気丈な術士の何人かが果敢に攻勢術式を浴びせかけてくるが、それらは両腕を大きく旋回せんかいすることでなんなく吹き散らされる。岩の腕に直撃した攻勢術式も数発あったが、完全に弾かれていて何の影響も与えてはいなかった。

「だ、ダメだっ!! 効かないぞ!?」

「無理だっ! 逃げろ! 殺されるぞっ!」

 たちまち戦意を喪失して逃げ出す術士が続出する。


「ば、馬鹿者っ! 陣形を崩すな!! 樹木兵もまだおるのだ! 包囲したまま数で押し切ればやれるであろうが!!」

 逃げ出す者がいるなか、その場に踏みとどまり指示を出すフロガスは屑連中のなかでも、腹立たしいことに有能なのだろう。だが、フロガスも取り巻きの術士達も大きな勘違いをしている。まず私は奴らを誰一人として逃がすつもりはないし、数で押し切れるほど『この力』は甘くない。

 先程から私の全身と岩の腕に刻まれた魔導回路がうずいている。それらは共鳴しており連動するのだという確信があった。それならばできるはずだ。私の呪詛を込めた、私だけの固有呪術ユニクム・マギカが。


 二の腕や左足に刻まれた魔導回路に加えて、足首に付けた術式補助の魔導具、そして両腕の古代式魔導回路へと脳の奥深くから絞り出した魔導因子を一気に流す。

 脳神経が焼き切れたって構うものか。

 平時ならば耐え難い頭痛も、怒りと憎しみが湧き上がる今の私には関係なかった。魔導回路が橙色の光を帯びて、徐々に光を強めながら活性化していく。


(――我が思念を複製し、大地の怒りを糧にして、骨を、肉を、皮を、髪を、目を、歯を、舌を、爪を、血を宿せ――)

 限界まで魔導回路が活性化したところで術式発動へと移る。手近にある人間の血肉を吸った土石、これらを素材に魔導人形を生成する。

『生まれ出でよ!! 自己複製レプリケーション!!』


 血濡れた泥に手を突っ込み『自己複製レプリケーション』の術式を発動する。まばゆい橙色の光が手の平から地面へと広がっていった。怒りの衝動のままに意識制御を行い、素材となる人の血肉をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせて己の複製を形作る。

 ――私。もう一人の私。ありったけの怒りを込めた自己の複製体を、創る。


 ずんっ……と重苦しい音と共に、橙の光が揺らめきながら人の形を成して大地に立った。


 その身の丈は大の男を優に超えて見下ろすほどに大きかった。

 二房に括られた血のように赤い髪。赤く罅割れた茶褐色の肌。全身に赤々と輝く古代式魔導回路が刻まれ、両の瞳は炎のように燃えたぎり、岩の腕を四本生やしながら、どうにか人としての姿を保っている怪物。それは確かに私を元に創り出された魔導人形ゴーレムだったが、憤怒の呪詛をこれでもかというほど練り込められた破壊衝動の塊でもあった。


 お゛、お゛お゛、お゛お゛お゛あ゛あああああ――っ!!


 耳にした者の心をすくみ上がらせる、おぞましい雄叫おたけびが夜の山中にこだました。

 逃げ出そうとした者さえ、思わずその足を止めて振り向き確かめずにはいられない。決して無視できない脅威、憤怒の化身レムリカ=ラースがここに生まれ落ちた。


「私は命じる。この場から、逃げ出そうとする者を、握り潰せ!」

 命令は直ちに実行された。レムリカ=ラースはその巨躯による突進でもってフレイドル一派の包囲網を真正面から打ち破る。ただ走り抜けただけで三体の樹木兵がぎ倒され、二人の術士がき潰された。そうして包囲から一番遠いところにいた逃走中の術士に背後から掴みかかり、綿を握り締めるかの如く頭蓋を握り込み岩の腕で揉み砕いた。


 いとも容易く実行された『命令』を目にして、フレイドル一派の包囲網は完全に瓦解がかいした。既に脅威は包囲網の内と外にあり、獲物を追い立て囲んでいたはずの連中が今度は逆に前後を挟まれて狩られる側へと回ったのである。


 蹂躙じゅうりんが始まった。

 私は両手に樹木兵を掴んで振り回し、術士達の攻撃を弾きながら一人一人確実に撲殺ぼくさつしていく。逃げようとする者には動かなくなった樹木兵やそこいらの適当な岩を投げつけてやった。

 例えそれを避けたとしても、逃げ道にはレムリカ=ラースが立ち塞がる。四本の岩の腕と、巨体に似合わぬ俊敏な動きから逃れられる者はおらず、フレイドル一派の術士は次々と大地の染みとなって数を減らしていった。

 手にした樹木兵で『炎弾』を何発か受け止め、燃え尽きて灰になったそれを捨てると次の術式構築にもたつく術士の懐に飛び込み、岩の拳を腹へ叩き込む。さしたる抵抗も感じないままに、殴り飛ばした術士は血と肉の雨になって遥か前方に降り注いだ。


「こ、こんなことが……。馬鹿げている……。ありえない……」

 私のすぐ目の前には三級術士フロガスが放心して血の雨を浴びながら立っていた。私は躊躇ちゅうちょなくフロガスの両腕を掴むと左右に思いきり引っ張った。ぶつん、と筋が断裂して骨ごと腕が引っこ抜かれる。

「は? はぁあひぃいいいっ!? わ、わしの腕っ。腕がぁああっ!?」

 人間というのは、怒りの限界となる一線を越えてしまえばどこまでも残酷になれるのだと私は自覚した。この小悪党をどれだけ傷つけ罰したとしても心が痛むことはない。


「……ま、待て待て、待てぇっ! 近寄るなぁっ! た、頼む! 見逃してくれ!! ひ、ひぃやぁあああ~……」

 既に周囲には生きている術士はいない。残りはフロガス一人である。この期に及んで命乞いなど本気で通じると思っているのだろうか、この男は。

 逃げようとするフロガスに腕を伸ばすレムリカ=ラース。だけど私はフロガスへの追撃を止めるようにレムリカ=ラースに指示した。今は立場が完全に逆転しているのである。今度は私がフロガスを泳がせて、憎い仇敵フレイドルの元へと案内させるのだ。


 まだ村に居座っている可能性は高いが、行き違いの末に逃げられてしまうのは許せない。このフロガスのことだ。己の保身のためにもフレイドルの居場所を細かく知る術は持っているはず。

「逃げるなら逃げればいい。あなたが最も頼りとする者のところへ」

 私の声も聞こえているか怪しい様子で、なりふり構わず山を下りていくフロガス。私とレムリカ=ラースはゆっくりとフロガスの後を追っていった。




 やがて燃え盛るふもとの村へと辿り着いたフロガスが、あらん限りの声で助けを呼んだ。

「フレイドル様っ!! フレイドル様ぁーっ!! 今一度、ご助力を!!  ご助力をーっ!!」

 フロガスの声を聞きつけて、村に残留していたフレイドル一派の術士達が集まってくる。だが、誰も彼もが両腕を失ったフロガスの姿を見て足を止める。そして、フロガスを介抱するでもなく遠巻きに眺めていた。


 そんな彼らの間から炎熱術士フレイドルも姿を現す。

「随分と戻るのが遅かったですね。これはまた……いったいどうしたのですか、フロガス君?」

「フレイドル様!? おぉっ……! どうかっ、どうかご助力ください! あの死霊術士の小娘が、輝く巨兵の力を既に手にしていたのです! 奴は我らに歯向かい――」

「ああ、そういうことでしたか。ではそちらにいるのが『輝く巨兵』なのですね」

「は? そちらとは?」


 レムリカ=ラースの大きな足が、後ろを振り向こうとしたフロガスの背中を蹴り倒し、踏み潰す。ずずんっ、と周囲の地面が揺れるほどの重みがフロガスにのしかかり、背骨を粉々に砕き折る。

「ほぎゃぁあああっ!? げぶぅっ――!!」

 踏み潰されてなお騒がしいフロガスを、レムリカ=ラースが岩のかかとでぐりぐりと擦り潰していく。これでもう苛立いらだたしい口が開くことは二度とない。


 フロガスが事切れたのを見て、フレイドル一派の術士達が一斉に攻勢術式を放ってくる。迷いなく、フレイドルの意思をみ取っての行動か。フロガスの取り巻き達とは練度も違うようだ。それでも、無数に飛来する『炎弾』と『石弾』をレムリカ=ラースは全て正面から叩き落とした。


「なかなか頑丈ですね。では、これはいかがでしょうか?」

 フレイドルが一歩、前へと出てくる。長身に絡ませた外套マントをふわりと揺らして、奇妙に細長い腕を前方にかざす。

火炎球フランマ・ピーラ!』

 人を丸ごと呑み込めそうな大きさの火球が出現し、どぅっ! と反動を生じ高速で撃ち出される。避ける間もなく火炎球はレムリカ=ラースに直撃する。

 爆圧と熱風が吹き荒れるなか、私もレムリカ=ラースもひるむことなくその場に立っていた。フレイドルの呪詛は強力で、レムリカ=ラースの表層が少なからず剥ぎ取られているが、それでもまだ戦闘に支障が出るほどではない。私自身も無傷で健在だ。


「なるほど。これが輝く巨兵の正体ですか。出来はよさそうですが、見たところ普通の魔導人形のようですね。つまらないものでした。幸の光に関する新たな情報もなし。これ以上、ここにいる必要はなさそうです」

 言いたいことだけ言ってフレイドルは一人、背を向けるとその場を去っていく。


「逃がさない!! フレイドルを、殺せ!!」

 私の命令を受けてフレイドルへと追いすがるレムリカ=ラースに対し、フレイドル一派の術士達が間に割って入ってくる。フロガスの死を見ても恐れることなく向かってくるのは大した根性だが――。立ち塞がる術士達の表情は虚ろで、自我の希薄さを感じさせた。それはまるで傀儡にかかった操り人のように。


燃焼コンブーション!』

燃焼コンブーション!』

燃焼コンブーション!』


 立ち塞がった術士が一斉に同じ術式を行使する。そして、自らの周囲を過剰なまでの炎で焼き尽くした。自爆をいとわない強引な術式行使。呪術士である私にはわかってしまった。こいつらはフレイドルに意識を操られている。哀れな人達だ。しかし、村を焼いた罪人に違いはない。


「ごめんなさい。例えあなた達の真意が別にあったとしても、それでもここで罪はあがなってもらう!! レムリカ=ラース! 行く手を阻む敵を滅ぼして!」

 空気を震わす咆哮ほうこうが突き抜け、レムリカ=ラースが炎の壁へと突っ込んでいく。土砂さえ溶かさんとする火力の中心へ身を投じ、術士達を一人残らず捻じ伏せていった。レムリカ=ラースを盾にして、燃え盛る炎の嵐を掻い潜り私もまたフレイドルを追った。


「フレイドル――っ!!」

 邪魔をするフレイドル一派の術士達を払いのけ、しかし奴に伸ばした手は届くことなく、爆炎に乗って飛び去るフレイドルの後ろ姿を見送るしかなかった。

「殺してやる! いつか必ず! 絶対に……お前を殺してやるんだからっ!!」

 人を呪う言葉が、自分の口からこうも自然に出てくる日が来るとは思いもしなかった。


 レムリカ=ラースは活動限界を迎えて、焼け焦げた土へと還っていく。

 残された私はどこへぶつけようもない怒りを抱えて、ただ一人燃え尽きた村の端で膝を落としていた。

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