第6話 愚者達の人形劇

 フロガスの樹木兵と私の原初の人類アダムが激突した。

 アダムが樹木兵を抑えている間に私はフロガスへ攻撃を仕掛ける。そう思って攻勢術式に意識を集中した途端、横っ腹を丸太のようなもので強く殴りつけられた。私は踏ん張ることもできず、吹き飛ばされて地面を転がる。


 仰向けになりながら周囲を確認すれば、アダムと組み合っている樹木兵とは別に、二体の樹木兵がざわざわと枝葉を揺らして私の近くに立っていた。いつの間にか背後を取られていた? いや、フロガスが樹木兵を新たに創り出した素振りはなかった。こいつらは、初めからこの辺りの木に擬態して潜んでいたのだ。


「一体だけだと思ったか! 浅はかな小娘が! この三級術士フロガスにかかれば、十体もの魔導人形ゴーレムを操ることさえ可能なのだ!」

 フロガスが声高らかに宣言すると周囲の木々が途端にざわついて動き始める。周囲の木々に擬態していた樹木兵が全部で十体ほど私を取り囲んでいた。

 樹木兵のうち半分はアダムへと向かい、数でもって押さえ込みにかかっている。残り半分も私に対する包囲を徐々に狭めていた。劣勢は明白。フロガスがまさか三級術士だったとは予想外である。まともに戦ってもこのままでは確実に捕まるだろう。

 まともに戦ったのなら――。


 ……おばば様、ごめんなさい。私、言いつけを破ります……。

 地に這いつくばり、両手の指を土にえぐりこませて、ありったけの魔導因子を脳の奥深くから絞り出す。全身の魔導回路が白熱して、焼けるように熱くなっていく。

「ふん……。小娘め、ようやく観念したか。だが今更、地に伏せて許しを乞おうとも、我らに歯向かった代償はその身に受けてもらうぞ」

 舌なめずりをして己の優位を疑わないフロガス。この男の愚かさには本当に虫唾むしずが走る。


 誰がお前なんかに、許しをうものか。


(――我が思念によりかたち作るもの。大地をもとに、生命いのちの一欠けを起源とし、原初の人を模倣もほうせよ――)

『生まれ出でよ!! 原罪の花嫁エヴァ!!』

 大地を伝わって、私の魔力が地に横たわった幾つもの遺骸に入り込む。フレイドル一派に殺された村の人達、お父さん、おばば様……。


 絶対に人前で使ってはいけない、とおばば様には厳しく言われていた呪術の一つ。

 生き物の死骸を主体として魔導人形を創り出す禁忌の術式。これまでは小動物でしか試したことはなかった。だが、今ここで初めて人間の死体を素材にした。死者への冒涜ぼうとくであることは百も承知である。

(……それでも、使えるもの全てを使って抗ってやる。お前達がゴミ屑のように燃やした者達に、今度はお前達がひねり潰されるんだ!)

 一斉に、倒れ伏していた死者の体が自力で立ち上がる。


「小娘っ!? そうか……貴様、汚らわしい死霊術士ネクロマンサーであったか!!」

「私はレムリカ!! レドンの村の呪術士! あなた達に踏みにじられた命の重み、その身でもって思い知りなさい!!」


 動き出した死者達が、地の底から鳴り響くような怨嗟の声を上げてフロガスの樹木兵じゅもくへいに襲い掛かった。生前の筋力を遥かに上回る力でつかみかかり、樹木兵の腕となる枝をへし折り、大木に腕を回して持ち上げ横倒しにする。


 とりわけ鍛冶屋の親方が素体となった死体人形は力が強かった。樹木兵の一体を大地から引き剥がして脇に抱え上げると、大きく旋回するように振り回して他の樹木兵へしたたかに打ち付ける。大木と大木が激突して、双方が半ばからひしゃげてへし折れる。枝葉を落とされても平気で動く樹木兵といえども、幹から折られてしまってはそれ以上の活動が不可能だった。


「な、なんっ……? なんだ……こいつらは? このフロガスの操る樹木兵を倒すだと? 馬鹿なっ!! 外法の技で蘇った死体如きが!?」

 また一体、フロガスの樹木兵が地面へ横倒しになる。既に形勢は逆転していた。樹木兵に押さえ込まれていた土人形クレイゴーレム原初の人類アダムも解き放たれて、樹木兵の掃討そうとうに加わっている。

「このまま私以外の敵を一掃して――!!」

 戦況の優位を決定的にするため、私は魔導人形ゴーレム達に単純にして明快な命令を下した。


 ――その直後、圧倒的な熱量を有する高密度の炎弾がフロガスの背後から続けざまに撃ち出され、一瞬で私の周囲を固めていた原初の人類アダムと死体人形が爆散する。

「え?」

 瞬きをする間もなかった。フロガスの背後で、炎熱術士フレイドルが嘲笑あざわらっているのが一瞬見える。

 ──ぼっ!! と、一つの炎弾が私めがけて撃ち出された。咄嗟とっさに両腕で顔面を庇ったが、刹那の瞬間に襲ってきた爆風に吹き飛ばされて視界がぐちゃぐちゃに回転する。


 爆音で耳がやられたのか、周囲の音がよく聞こえない。ただ、焼けた地面から耐え難い熱が伝わってきて、自分がどうやらうつ伏せに倒れているらしいことはわかった。

 辺り一面が焼け野原になっている。

 私が直撃を受けたのは炎弾一発だけだったが、同時に何発か撃ち込まれていたようだ。一発目を回避しても、二発目、三発目が襲い掛かる算段だったのだろう。

 あれだけ高威力の炎弾を一瞬で数発も撃ち出すフレイドルの技量に私は戦慄せんりつした。


(……このまま悠長に寝ていられない。早く起きて、反撃しないと……)

 そう思い起き上がろうとして、私は自分がうまく起き上がれないことに気が付く。地面に手をつこうとして失敗したのだ。

「あれ……?」

 正確には、地面につくべき私の手がなかった。

 肘から先がなくなっていた。


 爆風で腕が折れ飛んだのか、ずたずたの肉があらわになり白い骨が飛び出している。私はそのとき初めて、人間の断面というものを見た。

「うっ……。あ、あぁ……っ。ぅぁああああああ――っ!?」

 自分の腕が吹き飛んでなくなったと意識した途端、猛烈な吐き気と灼熱の如き痛みに襲われる。自分の体がどうにもならなくなった、という実感で心が塗り潰されていく。

「いや……嫌だぁ……。ああぁぅうううっ…………!」

 取り返しのつかない傷を体に負ってしまった恐怖で、恥も外聞もなく涙をこぼして私は泣き叫んだ。


「フロガス君。時間をかけ過ぎですよ。私は忙しい身なのですから、手早く後片付けをお願いしますね」

 まるで一日の終わりに残った他愛ない仕事を、ほんの片手間に済ませたかのようなフレイドルの口調。

 改めて思い知る。目の前に立つ男、炎熱術士フレイドルは一級術士であるという事実を。あのメディシアスと同格の恐るべき術士なのだ。

 私は体を大きく揺らしながら残されたわずかな体力で立ち上がると、とにかく危険なフレイドルの手から逃れようと近くのやぶへ飛び込んだ。この場に居ては確実に殺される。逃げなければいけない。奴らが知らない安全な場所に。


「ぬぅっ!? 待たんか! 小娘! よもやここまでのことをしておいて、逃げられると思うたか!」

 激昂げっこうしてすぐさま追いすがろうとするフロガスを、フレイドルが片手で制して指示を出す。

「泳がせなさい。気付かれないよう距離を取って後を追えば、目的の場所がわかるかもしれないでしょう? それだけわかったら、後は好きにして構いませんから」

「はっ! ははぁーっ! フレイドル様のお手を煩わせてしまい申し訳ございません! 小娘の追跡と後始末は今度こそ、このフロガスめにお任せを!!」


 ずっと後ろで何かをわめいているフロガスのことも私は既に意識していなかった。今はただこの場から逃れて、安全な場所で休みたい。その一心で私は森の奥、あの静かな遺跡を目指していた。




 安全な場所へ――。


 とにかく休める場所へ――。


 真っ直ぐ歩いているつもりでも頭が勝手に左右へ振れる。長く伸びた二房の髪が時折、私の視界へと入り込んできた。鮮やかだった金の髪は、茶褐色に焦げてあちこち焼き切れている。

 吹き飛んでなくなった両腕。その傷口は焼けただれて、幸か不幸か失血を最小限に抑えていた。それでも、これほどの重傷で山を駆け上るなどすれば、み出しあふれる血の量も無視できない。時折、ぼたぼたと血の滴が地面に落ちていた。もう間もなく私は動けなくなる。


 早く、どこかで体を休めないと――。

 遺跡。誰も知らない秘密の場所――。


 日は完全に落ちて、月明かりだけが頼りの夜。森の中は一寸先も見えない真っ暗な闇。私は体に染みついた感覚だけで山道を登り、森の最奥にある遺跡へと辿り着いていた。

 これといって何があるわけでもない山奥の遺跡は、裾野の村で起きた惨劇が嘘であるかのように静かで穏やかな空気の中にあった。遺跡内部に入り込んだ私はとりわけ大きな岩の上に覆いかぶさるようにして倒れ込む。岩肌はひんやりしていて、火照ほてった体には気持ちが良かった。

「ここまで来れば……一息つける……」

 肘より先のなくなった両腕からじんわりと血が滲み出し、覆いかぶさった岩の表面を伝っていく。これまでも山道を登りながら、かなりの血を失ってしまった。急速に体が冷えてきて疲労と眠気が一気に襲ってくる。


 これでやっと、ゆっくり休める。


 岩に刻まれた古代式魔導回路の刻印が血に濡れてぼんやりと橙色の光を放ち始める。意識が朦朧もうろうとしている私には、その光が殊更ことさらにぼやけて幻想的に見えた。

「あぁ……。綺麗だなぁ……」

 私はその光景を夢心地で眺めながら深い眠りについた。

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