第20話 かけずり回るモノ

私達兄妹の仲睦まじい姿は雪ちゃんにとっては面白くない物のようで、彼女は必死に快兄の気を引こうとしている。


「いいなぁー。秋晴お姉さんだけ、快晴お兄さんからプレゼント貰えて。僕も快晴お兄さんからプレゼント欲しいなぁ。」


と快兄の両腕を引きながら、呟く雪ちゃんに快兄は、


「ごめん、ごめん。雪ちゃんにも何か取ってあげなきゃな?雪ちゃん、どれか欲しい物はある?」


と彼女を連れて景品を物色しに行ってしまった。


なんだか、快兄が取られた様な気がして少し不満に思えたが、ここは我慢だ。


駄々をこねる程私は子供じゃないのだから。


雪ちゃんが選んだのは案の定というか、クマのぬいぐるみであった。


以前影狼を足止めする時に使った物と同じくらいのサイズだろうか。ストックの事を考えれば雪ちゃんにとってぬいぐるみは何個あっても良いのだろう。


私が貰った人形の時と同じく、快兄はさほど苦戦する様子もなく、そのぬいぐるみを取った。


「ほら、雪ちゃん。大事にしてやってくれよ?」


そう笑いながら手渡す快兄に彼女は、


「うん!ボク毎日これと一緒に寝る様にするね!」


と満面の笑みで返す。


それはとった甲斐があるな、と快兄は嬉しそうな顔を浮かべていた。


私だってキチンと大事にするんだから。



そうしてゲームセンターで遊ぶ事、一時間が経っていた。


「快兄、もうそろそろ帰らないと。あんまり遅くなると、ママが家に帰ってきちゃうし、家事やる時間も無くなっちゃうよ。」


私の意見に快兄も賛同する。


「あぁ、そうだな。久々にいっぱい遊んで息抜きも出来たしそろそろ帰らないとマズイな。雪ちゃん、今日はもうこの辺りで帰らないか?」


「えーー。ボクもう少しだけ快晴お兄さんと遊んでいたいなぁ。」


快晴お兄さんと。お兄さん達ではない言葉を聞くと、やはり彼女の中で私は頭数には入っていないらしい。


「俺も時間があるならもっとゆっくり雪ちゃんと遊んでいたいんだけどな。遅くなって母さんに目を付けられたら訓練にも顔を出しづらくなっちゃうし、今日は帰らないといけないんだ。」


と快兄が雪ちゃんに伝えれば、彼女は渋々といった様子でそれを受け入れた。


「ありがとう。雪ちゃん。次からは俺が誘うよ。」


と快兄が、頭を撫でれば雪ちゃんは嬉しいな顔をして頷くのだった。


「あっ、でもでも後一つだけやりたいゲームがあるんだ!そんな時間掛からないから、あと一つだけだから!」


そんな雪ちゃんのおねだりに快兄は頭をポリポリと掻き、私の意見を伺う様に見つめてくる。


はぁ。しょうがない。

こちらの提案を飲んでくれたのだ。無碍にも出来ない。

私は快兄に対して頷きだけで返事を返した。


「これがやりたかったんだー!!」


と雪ちゃんが快兄の手を引いて向かった先はプリクラ機。


確かにこれなら時間はかからないし、いつでも快兄を見ていたいであろう雪ちゃんがやりたがるのも分かる。


「快晴お兄さん!まずは二人で撮ってみようよー!」


と雪ちゃんは快兄をブースへと引っ張り込んだ。


・・・まぁ、いいんですけどね。


私だって快兄とは二人でプリクラとった事あるし、三人で撮る事になっても上手く笑う事なんてできないだろうし。


快兄はまた困った様子で私をみるが


「気にしなくて良いよ。私はここにいるから、二人で撮ってきちゃいなよ。」


と伝えれば、


「まぁ、秋晴がそう言うなら」


と言い残しプリクラ撮影を始めた。


気づかなかったけど、意外とプリ待ちは長い。


一人でブースに来る事などないし、待ち時間も基本お喋りして過ごしているから、今までそこまで気にならなかったけどここに一人で待つのは寂し過ぎる。


ジュースでも買いに行こうかなぁ。


そう思った私の足元に黒い影が走った。


それはとても小さくて素早く、見逃してしまいそうな物だったけれど、私の目にはそれがハッキリと見えた。


それはとても小さな狼の姿をしていたのだ。


影狼だ。


夕太刀から連絡は入っていないのに何故!?


驚きながらも私は力を使ってその影狼の動きを止めようとするが、やはり力は使えない。


前回までと同じく誰かが私を見ているのかもしれない。


それにここはゲームセンターだ、監視カメラだってある。


これで力が使えないのは三度目だ、私がそこまで取り乱す事はない。


けれど取り乱さずとも、力が使えない事に変わりはなく、私は影狼の動きを止める事が出来ないでいた。


影狼は快兄達のいるプリクラブースにどんどんと近づいていく。


「快兄!!足元!!気をつけて!!影が向かってる!!」


影狼という言葉を出すのはマズイのではないか。


そう咄嗟に考えた私は抽象的でも快兄に伝わるように言葉を投げた。


その言葉を受けて快兄達はプリクラブースから離れる。


まさか、こんな所で出るなんて。


人目も多く雪ちゃんの巨体のクマは使えないだろう。


彼女もそれは分かっているようでどうしたものかと動きを止めてしまっている。


ここは今まで通り快兄に合わせて私がなんとかするしかない!


私は快兄の動きから目を離さないように力を溜める。


あの小ささに速さだ、あの影狼だけを狙っても狙いは定まらないように思えた。


面で押しつぶす様にしなければ。


影狼が快兄と雪ちゃんに迫る。


二人の眼前で飛び上がるとその影狼は雪ちゃんの頭にしがみついた。


ダメだ!!面で潰してしまうと雪ちゃんまで傷ついてしまう!


家に監視カメラまで仕掛ける様な彼女だけど、流石に傷つけてしまうのは気が引けた。


快兄は両手でその影狼を捕まえようとするが、影狼は雪ちゃんの頭を飛びまわり、するりと逃げてしまう。


雪ちゃんも必死に自分の頭を振るが影狼はしがみついて離れない。


ここで、見つめていてもしょうがない!


力を使えなくても影狼を追い込む事くらいは出来る!


私はそう考えて雪ちゃんの頭の影狼を捕まえようと快兄とは反対側から両手を伸ばす。


影狼は頭の上で爪を立てながら逃げるように駆けずり回るが、今度は二人がかりである。


私が追い込んだ先で快兄は影狼をしっかりと掴んだ。


すると、私は力など使っていないのに、快兄に握り締められた影狼は以前倒した時のように、ドロドロと溶けていってしまった。


快兄も驚いたようにその手を広げるがそこにはもう何も残ってはいなかった。


「雪ちゃん!?無事か!?」


快兄が雪ちゃんに声を掛ける。


「う、うん。すっごく小さくて力も無かったみたいだし、ぜんぜん大丈夫だよ!爪が髪に引っかかってちょっと痛かっただけ。」


その雪ちゃんの言葉に快兄が安堵の表情を浮かべ、


「無事ならいいんだ。」


と頭を撫でたその瞬間。


雪ちゃんの腰までもあった髪は首元から上だけを残してパサリと音を立て地面に落ちた。


「えっ??」


快兄は何が起こったか分からないように声を上げ雪ちゃんを見る。


雪ちゃんも両目を大きく開けて、地面落ちた自分の髪をただただ見つめていた。


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