第21話 ノア
地面に落ちるのは真紅の長い髪。
雪ちゃんがいくらクマに髪を使うとは言え、自分の意思でなく髪が落とされるのは辛い事だろう。
私はその心中を察すると声を掛ける事も出来なかった。
そんな情けない私とは違い快兄は驚きの表情をすぐに消し、雪ちゃんへと声をかけた。
「ごめん、雪ちゃん。俺がもっと早く影狼を捕まえられていたらこんな事にはならなかったのに・・・。」
頭を下げる快兄に私も続いた。
「雪ちゃんごめんなさい。私も、もっと早く手伝っていれば良かったのに。」
私達兄妹が声を掛けると、雪ちゃんは力なくその首を振った。
「ううん。二人が悪い訳じゃないから。しょうがないよ。たすけてくれてありがとう・・・。」
いいながら、その地面に落ちる髪を拾い上げた。
「いつかは、人形を作る為に使ったんだ。そう思うしかないね。切り離してからすぐに一度でも力を込めないと、御光の効きが悪くなっちゃうから、拾うの手伝ってもらっても良い?」
私達はその言葉にうなずくしかなかった。
地面に落ちる雪ちゃんの髪は量も多く、拾うのにも時間がかかる。
手渡したその髪を震える手で握り、雪ちゃんは目を閉じて力を込めている。
ストーカー紛いの困った彼女だけど、そのすがたは痛々しくてその姿を私は真っ直ぐ見る事は出来なかった。
「こんなぐちゃぐちゃな髪じゃプリクラも撮れないね?」
雪ちゃんは泣きそうになるのを我慢して快兄に言う。
「次は必ず、撮ろう。」
快兄は雪ちゃんの体をギュッと抱きしめた。
普段なら眉をひそめるその姿も雪ちゃんの救いに少しはなればいいな、と思いながら私はその姿をを見ていた。
☆
私達はその後ゲームセンターを出た。
あのままあそこにずっといる事など出来なかった。
帰らなければならない時間は迫っていたが、雪ちゃんをこのまま放って置く訳にもいかず、私達は一度アジトにもどる事にした。
ママには遅くなると連絡を入れておいたし、一度くらいの事ならば今後の訓練にも支障は出ないと思いたい。
アジトへ着き、未だ落ち込んだままの雪ちゃんをソファに座らせその肩を快兄が抱く。
雪ちゃんはいつもとは違います、その服の先をちょこんととにぎるだけだ。
私はそんな二人に紅茶を淹れた。少しでも気分が落ち着いてくれればと思ったのだ。
一口、二口、雪ちゃんは紅茶を口にすると、
「秋晴お姉さん、ありがとう。」
と私に弱々しく笑う。
いつもの彼女とはかけ離れて見えるその様子に私は胸が痛くなる。
そんな雪ちゃんの頭を労わるように撫でながら快兄は私に口を開いた。
「秋晴、霜花さんから連絡はあったか?」
「ううん。来ていないよ。あの小さな影狼が出た時もなんの連絡も来なかった。こっちから連絡してみようか?」
「ああ、頼む。影狼が出たっていうのになんの連絡もないってのはおかしい。」
私は頷くとスマホを取り出して霜花さんへ電話をかける。
暫くのコール音の後に霜花さんの声が聞こえた。
「もしもし、秋晴さん?連絡をいただくのは珍しいですわね。何かございましたか?」
「霜花さん。影狼が出ました。」
私の言葉に電話越しの霜花さんは驚く様に息をとめた。
「訓練終わりに、雪ちゃんと私達兄妹で駅前のゲームセンターに立ち寄ったんです。そこで影狼が現れました。」
「ゲームセンターですって!?そんな人の多い場所で影狼が!?」
「はい。とはいっても今までの影狼とは違って凄く小さくて力も弱かった見たいです。すばしっこくて、捕まえるのは苦労しましたけど、御光を使っていない、快兄の手の中で姿を消しました。」
「周りに被害はありませんの!?」
「周りに被害は無かったですけど・・・。」
「周り以外に何かありまして!?誰か傷でも負いましたか!?」
「傷、とうか、怪我ではないんですけど、影狼が雪ちゃんの頭に飛びかかったんです。その時に暴れた影響で雪ちゃんの髪がバッサリ切られてしまいました・・・。」
それは・・・。と言い淀む霜花さん。彼女も女だ。髪を勝手に切られる辛さは分かるであろう。
「・・綿雪にはたいへん気の毒ですが、影狼を倒す為なのならば仕方ないでしょう。近くに綿雪はいまして?」
私がはいと返せば、電話を変わるように伝える。
何を二人が喋っているのかは聞こえはしなかったが、ありがとう。と雪ちゃんの口から聞こえる所を観ると霜花さんは彼女を励ましているように思えた。
私達よりもなかった二人の付き合いだ。私達では言えない言葉も賭けられるのだろう。
「・・・分かったよ。それは考えてあるから。うん。秋晴お姉さんに変わるね。」
そう言う雪ちゃんにスマホを返され私は電話口を耳に当てる。
「ありがとうございました、秋晴さん。今はショックで落ち込んでいる様子ですが、綿雪も強い子です。時間が経てば落ち着きを取り戻すでしょう。」
「そうだといいんですけど・・・。」
「雪の事も気にかかりますが、それよりも影狼の事です。詳しくお聞きしたいのですが今時間はありまして?」
ママには連絡もいれてあるし、多少の時間ならば問題ない。
「はい、大丈夫です。」
「良かったですわ。今すぐお聞きしたい所なのですが、わたくし今ちょうど影狼の本部にいますの。影狼の感知を担当しているものも、この話を聞きたがると思いますので暫くお待ちいただけますか?」
夕太刀の本部にいる御光持ち。
霜花さんに次いで二人目だ。
いくらでも情報が欲しい私としては話ができる機会は嬉しい。
断る理由など一つない。
私の承諾の言葉を聞くと、折り返し電話致しますと。霜花さんは言って一度電話は切られた。
落ち込んでいるとはいえ、雪ちゃんも夕太刀のメンバーである。話の行方が気になっているようだ。
「どうだった?霜花達何か気づいていた?」
「いいえ、影狼の出現には気づいてなかったみたい。詳しく話を聞きたいから感知の御光を持ってる人を連れてくると言ってたわ。」
「感知?あぁ、ノアだね。そうか。彼女も自分が感知出来ていなかったと聞いたら気になるか。」
ノア?感知能力の人の名前だろうけど、夕太刀には外国人までいるのだろうか。
と、私が考えているとスマホに着信が入るか。
勿論相手は霜花さんだった。
「もしもし?お待たせいたしましたわ。感知能力者を連れて参りました。ほら、あなたも挨拶なさい?」
「・・・分かってます。・・・感知能力者のトリス・ノアです。ノアと呼んで下さい。」
スピーカーにして話しているのだろう。いつもより少しだけ声が聞きづらい。
ノアさんの声がとても小さいという事もあるのだけど。
「ごめんなさいね。トリスは人見知りなので、お気になさらないで下さい。」
「いえ、大丈夫です。私は朝日 秋晴です。ノアさんよろしくおねがいします。」
「・・・・・・よろしく。」
「ま、まぁ紹介が終わった事ですし、詳しくお話を伺ってもよろしくて?」
「ええ、構いませんよ。」
そうしてノアさんと霜花さんに向け私は一連の説明を始めた。
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