第13話 嫉妬

影郎の姿が消えた事で私は大分落ち着きを取り戻した。


一先ず事態は終息を迎えたといって良いだろう。


謎は解けず終いで、次またどうなるかは分からないけれど。


二人は未だ抱き合ったままで、私の存在なんて忘れてしまっているようである。


影狼との戦闘中、私は後ろで只見ていただけだからしょうがないのかも知れないけど、本当に影狼を倒したのは私の力ですよ?


そんな事を口にする事が出来るわけも無く、少しだけもどかしい気持ちを私は覚えてしまった。


平穏に暮らしたいと思っていたはずなのに、いざこうなると自己顕示欲が湧いてくる。


自分で自分が恥ずかしくなった。


私は二人に自分から声をかける事も出来ずに、イチャイチャと抱き合う姿を眺めていたが、暫くしてから快兄はハッとしたように顔を上げ、私の存在を思い出したのか、


「秋晴!お前も無事だったか!?」


と抱きしめていた雪ちゃんを脇に置いて私の元に駆け寄る。


「うん、私は何にもされてないから大丈夫。それより快兄は大丈夫なの?」


「ああ、俺も怪我はない。今日は影狼に狙われていないようだったけど、秋晴が無事で良かったよ。」


「うん、今日は私に目もくれていなかった様に見えたけど、快兄が影狼を倒してくれなかったらどうなっていたか分からないね。助けてくれてありがとう、快兄。」


「妹を守るのは兄の役目だからな!」


と少し照れた様な顔を見せながら私の頭を撫でた。チラリと快兄の後ろに立つ雪ちゃんを見てみれば不満げな顔で快兄を見上げている。


「雪ちゃん、貴方も助けてくれてありがとう。」


「うぅん。ボク今回は何も出来なかったから。霜花が来るまで時間も稼げなかったし。」


と私とは目も合わせずに俯く様子を見せた雪ちゃんに対して、快兄はその肩を強く抱いた。


「そんな事なんて無い!雪ちゃんが居てくれたから、影狼を倒す事が出来たんだ!」


その言葉に顔を上げ、潤んだ瞳で快兄を見つめ、


「本当に?快晴お兄さん本当にそう思ってくれる?」


甘える様な声で聞いてくる彼女に、ああ。と快兄が頷くけば


「えへへ、快晴お兄さんにはボクがいなきゃダメなんだね。」


と嬉しそうにその腕を取ってギュッと快兄に抱きついた。


なんだか二人がイチャイチャする為のダシに使われた様な気がして私は少し面白くなかった。


快兄、影狼を倒せて嬉しいのは分かるけど、本当にどうなっても知らないからね!


そんな気待ちを抱きながら快兄を見れば、穏やかな表情を浮かべている。


秋晴の子供の頃みたいで可愛いとか思っているのかもしれない〔私はずーっと可愛い〕。


雪ちゃんの中にあるドロドロした気持ちになんて気付かないんだろうなぁ。



「綿雪!!無事でいますの!?」


大きな声と共に、ピチピチの忍者装束の霜花さんが木の上から飛び降りてくる。


以前と同じく、口元を隠し、立派に胸に実った二つの果実を惜しげもなく主張させ、体中のシルエットをはっきり浮かび上がらせる忍者装束をその身に纏っている。


やっぱり何度見ても痴女にしか見えない。


そう思う私と同じく、快兄も鼻の下をだらしなく伸ばし、その体を食い入る様にみつめている。


頭の中でどんな妄想を繰り広げているんだろう。汚らわしい!


雪ちゃんはそんな快兄の態度に不満を募らせたのか、冷たい声で、


「遅い到着だねぇ霜花。影狼ならボクと快晴お兄さんで倒しちゃったよ。」


と霜花さんへ答える。いつもより幾分か素っ気ない様子の雪ちゃんに霜花さんは申し訳無さそうにしながら、


「ごめんなさい、綿雪。本部もあわただしいようで転移する事も出来ず、自分で来るしか無かったのです。・・・いえ、言い訳になってしまいますわね。皆さんを危険な目に合わせてごめんなさい。」



霜花さんは自分が遅れたせいで、私達を危険な目に合わせたと頭を下げてくれたが、多分雪ちゃんが怒っているのは快兄の目線を独占しているその体が原因です。


と、言う訳にもいかず私は必死になって頭を上げるようお願いした。


頭を下げた事で柔らかそうに形を変えるそのマシュマロに快兄は夢中ですから!ブラ付けてないんですか!?

雪ちゃんの目線もどんどん冷たくなってますよ、霜花さん!


快兄もだらしない顔をしながら〔汚らわしい!〕、謝らないで下さいと私の言葉に続けて霜花さんに伝える。


少しの間頭を下げ続けていた霜花さんは顔を上げると、


「本当にごめんなさい。でも貴方達が無事な様子で良かったですわ。」


と安心したように私達に向けて微笑み、


「綿雪、影狼はどんな様子でしたか?」


と雪ちゃんに尋ねたが、彼女は冷たい態度を隠そうともせずに、


「霜花に教えて意味なんてあるの?」


と霜花さんに言い放つ。


一瞬場の空気が凍りつく様に感じた。


けれどその言葉を隣で聞いた快兄は雪ちゃんの目線まで体を降ろすと、


「雪ちゃん、必死で俺たちを守ってくれた君が怒るのも分かるけど、そんな態度は良くないよ。

霜花さんだって、悪気があって遅れた訳じゃない事は分かっているだろう?」


見つめる快兄の視線に雪ちゃんは潤んだ目を返しうん、と頷く。


「じゃあ、霜花さんに謝らなきゃな。雪ちゃんが悪いって訳じゃないけど、人を傷付けたらお互い謝らなきゃ。」


雪ちゃんはチラリと霜花さんを見ると、


「ごめんね、霜花。」


と一言だけ謝り、また快兄の目を見つめ続けた。


霜花さんはその雪ちゃんの様子に少し戸惑いながらも、


「悪いのはわたくしですから、貴方が気にする必要はありませんわ。改めてわたくしもごめんなさい綿雪。」


と頭を下げ返した。


多分快兄も霜花さんも勘違いしてるよ!雪ちゃんは快兄の視線が自分から離れた事に怒ってるんだよ!


そう考えられるのは雪ちゃんの心を覗いた私だけで、どんどんと激しくなる快兄への執着に少しだけ怖くなりながらその様子を見ていた。


「改めてお聞きしますわ、綿雪。今回現れた影狼はどんな様子でしたか?」


その言葉に、快兄から目を離す事が嫌なのであろう、少しだけめんどくさそうな顔をしながら、雪ちゃんは霜花さんの顔を見上げた。


「うーん、そうだねぇ。今回現れた影狼は今まで見た事もないくらい大きくて強かったよ。今日ボクが連れていたクマシリーズは小さい物ばかりだったけど、それでも中にはギッシリ髪が詰めてある。ミドルサイズのクマで殴ってもまったく堪えた様子も無かったし、実際ダマージを与えた様にも見えなかった。時間稼ぎだけでいっぱいいっぱいだったんだ。あんな影狼見るのは初めてだよ。」


「待って綿雪。では影狼は誰が倒したと仰るの?快晴さんはまだ御光が使えない筈でしょう?」


「さっきも言ったでしょ?ボクと快晴お兄さんで倒したって。正直危ない所たったんだけど、ギリギリの所で快晴お兄さんの御光が発動したんだ。それからは呆気なかったよ。あれだけ、クマの攻撃は効かなかったのに、影狼は真っ二つさ。」


その言葉を聞いた霜花さんその言葉に驚いた表情を隠さずに、快兄へ顔を向けると、


「では快晴さん、御光を使いこなせるようになったのですか?!」


と尋ねる。


「いいや、前と同じで全然実感は無いんだ。殴りかかったら、気づけば目の前で影狼は真っ二つになっているだけで、自分の体から何か力が出て行ったような感覚も無かったし、御光の力の源を体から感じもしない。多分まだ、自分で自由に扱う事は出来ないな。」


と快兄がいえば、霜花さんはそうですかとしばらく考えるような素振りを見せた後で、


「わたくしも長く夕太刀に在籍しておりますが、御光を使って自分に何の変化も無いという話は聞いたことがありません。以前は驚きと恐怖で快晴さんが気づいていないだけだと思っていましたが、二度目となると何か違う理由があるのかもしれませんね。」


「多分ボクが考えるには、快晴お兄さんの力が強すぎて逆に分からくなってると思うんだ。お風呂からコップ一杯分の水を掬ってもその変化には気づかないでしょ?それと一緒で山を崩した時も今日影狼を真っ二つにした時も、快晴お兄さんにとっては僅かの変化過ぎて、気づけていないんじゃないかな?」


その言葉に霜花さんは大きく頷いた。


「その可能性は充分にありえますわね。ならば、一層快晴さんには力の制御に力を入れてもらわなければなりません。」


「ああ、そうだな。雪ちゃんが言った通りの可能性があるなら、力が制御出来ない今の俺は歩く不発弾みたいものだしな。頑張るよ。」


と快兄は拳をギュッと握り、空に向かべて突き上げた。

そんな快兄の姿を可愛らしいものを見たように笑いながら


「まだまだ訓練が必要とはいえ、快晴さんがいなければどうなっていたか分かりません。本当にありがとうございます。」


と霜花さんは再度頭を下げた。


その言葉に快兄は首を大きく振ると、私、雪ちゃん、霜花さんの顔を順番に見つめて


「お礼なんて言わなくてもいいさ、だって俺たちは仲間なんだから!」


そう照れ臭そうに笑いながら言う快兄は以前にも増してどこかの主人公のように見え、私は快兄のその主人公面を少し恥ずかしく思え、今日快兄に付けるヒーローポイントは多くなりそうだな、と馬鹿みたいな事を考えてしまった。

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