第14話 事案とルール

私もお供致しましょうか?という霜花さんを丁重にお断りして私達は家へと向かった。


気を使ってくれたとはいえ、痴女姿の霜花さんと居る所を誰かに見られたらまずい。


それでも、お家までは見送らせて下さいと御光の力で目球の様なものを作り出すと、それを雪ちゃんに手渡した。


先程までの雪ちゃんの様子に、握り潰してしまわないかと私がソワソワしていると、雪ちゃんは頷き、分かりにくい様少しだけ髪に被せるようにして肩に乗せた。


それではお気をつけて、と私達を見送る霜花さん。


しばらくして後方を振り返ればもうそこに姿はなかった。



「お兄さんが作ったハンバーグは美味しいねぇ!」


そう嬉しそうに、見かけ通り子供の様に喜ぶ雪ちゃんの姿は私からしても微笑ましく見えた。


影狼との対峙で体中に汗をかいた彼女はお風呂上がりで、その姿をいつものゴスロリ服ではなく、うさぎの耳が付いたパーカーのような物を身に纏っていた。


ファンシーなその姿は彼女の容姿と相まって非常に愛らしい。


快兄も可愛いうさぎさん、などとその頭を撫で回していた。


ご満悦な雪ちゃんは、自分の指定席でもあるかのように快兄の隣の席に座ると、横からその腕を抱きしめた。


どんどんエスカレートする二人の触れ合いに私は少しだけ眉をひそめながら、ご飯を口に運んだ。


「雪ちゃんの作ったハンバーグも美味しいよ。ありがとう。」


どこか付き合いたてのカップルのような台詞を聞きながら、私はあの影狼との戦いを思い返していた。


何故、あの時は普段と同じように力を使えなかったのだろうか。


今も二人の目に入らないテーブルの下で、私の履いているスリッパは宙に浮いている。


やっぱり、誰かが私を見ていたのかな?


影狼に対して力を使えたのは、以前と同じ様に快兄が拳を振り上げたと同時で、やはり勘違いさせる事によって力は発動したように思えた。


だとすれば誰が私を監視していたのだろうか?


あの時はテンパって思いつく事もなかったけれど、目に見えてそれと分かる様な物でなければ力は使えたのかもしれない。


今になって悔やまれる。影狼に対して読心術を試してみれば何か情報が得られたかもしれないのに。


霜花さんと雪ちゃん以外に私に情報源は無く、霜花さんの言う、夕太刀の本部とやらに行けば情報が得られるのかも知れないけれど、まだその声は掛かっていない。


快兄を何度も危険な目に合わせたくないのに、そうする為には、また影狼と対峙して貰わなければならないのだろうか。


答えはやっぱりまだ見つからないままだった。


そんな私の思考を尻目に目の前では相変わらず、二人がスキンシップを取り合っている。


「快晴お兄さん、これ僕が作ったニンジンのグラッセだよ!食べて欲しいなぁ?」


快兄の口元に箸を持っていき食べようにとせがんでいる。

快兄は気にする様子も無くそれを口にすると


「うん、凄く美味しいな。雪ちゃんは料理上手でいいお嫁さんになりそうだ。」


と何処かで聞いた事のあるような言葉を口にする。


創作の世界では聞いた事はあるけれど、実際にその言葉を耳にすれば、なんだか凄く気持ち悪かった。


イケメンに限るとはあるが、快兄の様なイケメンでも気持ち悪いものは気持ち悪く、まだ家の中でなら良いが、外でこんな台詞口には出さない様に気をつけて貰わなければ。



けれど雪ちゃんにそんな様子は見られず、嬉しいそうに頬に手を当てて、


「ほんとにー?ほんとにそう思う快晴お兄さん?

だったらボクが大人になったならお嫁さんになってあげるね!」


と快兄を熱い目線で見つめる。


ありがとうなと喜ぶ快兄であったが、はたからみればそれは事案確定な姿だった。


お巡りさん犯人はうちの兄です。


イチャつく二人と何故かそれを特等席で見せられ続けた私が、食事を終え一服していると、ふと思い出したかのように快兄が雪ちゃんへ声を掛けた。


「そういえば、雪ちゃん影狼と戦っている時にいろんなクマを出していたけど、あれってそんなにいっぱい居るのか?」


その問いに彼女は頷くと説明を始めた。


「そうだねボクのクマシリーズはいっぱいいるよ!今回みたいに力を使いきっちゃうと、御光の影響なのか消える様に無くなっちゃうから、手元に一体もないって事が無いように、コツコツ作り続けているんだ。人形の中に髪の毛を入れるって簡単だけど、面倒くさいし、咄嗟には出来ないからね。何かに髪を括り付けたりして、操る事も出来るけどそんな事出来るタイミングなんて限られてるし、それなら初めから準備していたほうがよっぽど楽だしね!」


とずずーとお茶を一口啜ると続けて口を開く


「今日連れていたのはミドルサイズのクマとミニサイズだったけど、一番大きいのは秋晴お姉さんと同じくらいの大きさかなぁ?あれは作るの大変だったよ!!髪の毛すっごく使うしね!だから、ボクは髪を伸ばし続けてるんだ。御光の力なのか人より伸びるスピードは早いのはクマ作りには良いんだけど、本当はボク短い方が好きなんだけどなぁ。」


そう言いながらその長く伸びる髪の毛を手でクルクルと弄り遊ぶ。


「どんな髪型だって雪ちゃんは元が良いから、可愛いままさ!」


といつも通り頭を撫でる快兄。


ホンマこいつ良い加減にしろよ!?


いけない、いけない。


汚い言葉が口から飛び出そうだった。


かわいい私の口から汚い言葉なんて出しちゃいけない。


それにしても、私の注意など気にもしていない様子の快兄は、一くらい痛い目を見たほうが良いのかも知れない。


「それでも秋晴サイズのクマも操れるなんて凄いな。もしかして、人間も自由に操れる事が出来るのか?」


その言葉に雪ちゃんは少しだけ考えるそぶりを見せた後首を横にふった。


「操れない事はないかも知れないけど、現実的じゃないね。中がワタで出来てるクマであれだけの量の髪を使うんだもん。人間なんて複雑なものを操つろうと思ったら、ボクの髪の毛全部使う事になるだろうし、操れたとしても多分一瞬で御光の力が足りなくなっちゃうよ。」


「そうかぁ。やっぱり御光とは言っても、何でも出来るって訳じゃないもんな。」


と快兄は頷いている。


「そうだね。霜花にしろボクにしろ、御光には自分なりのルールがあってその範囲で効果を使っている。だから、快晴お兄さんの御光はちょっと不思議だよね。前は山を削るような力を使って、今回は影狼を真っ二つにするような力。両方とも戦闘に特化しているように思うけど、何かを切断するような力と何かを吹き飛ばす様な力は似ている様で似ていない。どんな御光なのか、ボクには検討も付かないよ!」


「そうだよなぁ。今回だって俺は影狼を真っ二つにしてやろうなんて思ってた訳じゃない。前回もそうだ。自分の中にある筈の力なのに、自分でも何一つ分かって無いなんて

困ったもんだよなぁ。」


と少し嘆いているように見える快兄の頭を、いつもとは逆に雪ちゃんがよし、よし、と撫でる。


「そんな快晴お兄さんに今日ボクは助けられてたんだけどね?」


と嬉しそうに言いながら


「少しづつ頑張っていこうよ。今日はボクが助けられたんだ。お兄さんの訓練はボクが助ける。力の源が感知出来る様になれば、御光の能力だって分かってくる筈だよ!ボク達仲間だもん。支え合えばいいのさ!」


力の源があると言われる快兄のお腹を慈しむように撫でた。


ありがとう、と照れくさそうに快兄は笑った。



そして、三人でダラダラとテレビを見たり、ゲームをしたり、イチャイチャしたり〔これは私以外〕と時間を過ごせば、気づけば時計は11時を回っている。


明日は土曜日で休みとはいえ流石に瞼が重くなってきた。

それは雪ちゃんが一番顕著なようで、眠そうに頭をフラフラとしながら快兄の膝の上に座っている。


「快兄、雪ちゃんも凄く眠そうだし、今日はもう休もうよ

。」


「そうだな。雪ちゃんは俺が連れて行くから、秋晴客室に布団を敷いてきてくれるか?」


私達の会話を聞いていたのか、雪ちゃんは快兄の胸元へ振り返り、そこへイヤ、イヤ、と顔を擦り付け、


「ボク快晴お兄さんと一緒に寝たい。二人で一緒寝ようよー。」


と甘えるような声色で快兄におねだりをする。


いや、快兄それだけは断ってよ?というか、そこまでは私も許さないからね?


快兄から手は出さないかも知れないけど、逆はあり得るんだからね!


身内から性犯罪者なんて出したくないからね?


口には出さない私の願いが届いたのか快兄は


「さすがにそれは出来ないよ、雪ちゃん。」


ときっぱり断る。


良かった、最低限のモラルはまだ快兄には残っているようだ。


しばらく駄々をこねる様子の雪ちゃんだったが、譲る様子も見えない快兄におねだりを諦め渋々了承するのだった。


けれど、交換条件とばかりに快兄に


「分かった。ボク一人で寝る。だけど、寝る前におやすみのチューして欲しい。」


とんでもないお願いする。


ねぇ?


分かってるよね、快兄?


事案はダメなんだからね?


快兄はどうしたものやらと挙動不振な様子を見せたが、

ンッと唇を突き出し動かない雪ちゃんの頬っぺたに少し触れるだけのキスを落とした。


やりよったで、コイツ、やりよったで。


私が生きてきた中で一番の白い目で快兄を見ている事なんて気づいていないんだろう。


二人は、一方は照れくさそうに、もう一方は幸せそうに、微笑み合っている。


私が快兄を通報するまで、そう時間はかからないのかも知れない。



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