第12話 ヒーローはピンチに輝く

「逃げて!!」


雪ちゃんは握っていた快兄の手を離してそう言うと脇に抱えていたクマの人形に御光を使い、影狼と対峙させた。


以前見たものより明らかに大きく見える影狼と、クマのぬいぐるみのサイズの違いは明らかで、時間稼ぎも難しそうに思えた。


「雪ちゃんも逃げよう!そのサイズの差じゃ敵いっこない!」


快兄が雪ちゃんに向けて叫ぶ。


「ボクがやらなきゃ誰がやるの!?快晴お兄さんはまだ力を使いこなせてない!霜花もまだ来ないんだ!いいから早く逃げて!」


そう言うとクマを影狼の足元へと走らせる。


そのシルエットとは裏腹に素早い動きで影狼へと詰め寄り飛び上がるとその口下へとアッパーを叩き込み、影狼はその衝撃で体を吹き飛した。


しかし大したダメージにはなっていないようで、頭をブルブルとふると、雪ちゃんをその濁った目を睨んだ。


力を溜めるように前足を沈めて、獲物を襲う姿勢を作った影狼は雪ちゃんへ向けて襲いかかる。


クマのぬいぐるみが立ち塞がるが、影狼は前足を振ってその体を吹き飛ばした。


邪魔な障害物がいなくなった影狼が雪ちゃんへと牙を剥きその体を噛み砕こうとした瞬間、快兄がその体へ向けて殴りかかる。


勿論ただの人間である快兄の攻撃など意味は無かったが、獲物を仕留める邪魔をされた影狼はジロリと快兄を睨む。


このままじゃ快兄が危ない!


私は右手に力を込め、影狼に狙いを定める。


誰も私に注意を向けていない今ならば使えるはず!


以前と同じ様にただ力を放つだけでは周囲に被害が出てしまう。快兄も雪ちゃんも影狼のすぐ側にいる。


指向性を持たせないと。私は影狼だけを切断するようにイメージを固め、力を放ったが、影狼が倒れる事はなく、私の右手からは集めた力の源が消えていた。


どうして!?何度も実験したのに!人目に付いていなけれ

使えるはずなのに!


影狼はその間にもジリジリと獲物を追い詰めるように、快兄へと近づく。


力が使えない私なんて、ただの可愛い女子高生に過ぎない。

二人を助けられない。


「快兄、逃げて!!」


そう叫んだ私の声にピクリと反応した影狼の隙を突き、雪ちゃんの操るクマが影狼の尻尾にしがみ付く。


アッパーで巨体を吹き飛ばす程度の力は持っているクマは力を振り絞りぐいぐいと尻尾を引っ張って、二人から影狼をじりじりと引き離す。


影狼もそれを嫌がり尻尾をぶんぶんと振るがクマは決してその手を離さない。


「ボクがこの子で時間を稼ぐから早く行って!」


雪ちゃんは両手をクマに向けて額に大粒の汗を掻きながら快兄に告げる。


「ダメだ!雪ちゃん一人を置いていけない!それに、このまま逃げても、さっきと同じ様に雪ちゃんが襲われて、その後に俺たちが狙われるだけだ。アイツは一瞬で姿を現わす事も出来るんだぞ!多分距離なんて意味がない!だったらここで二人で立ち向かった方が良い!」


「力が使えない、快晴お兄さんに何が出来るの!?」


「確かに、俺はまだ自由に力を使いこなせない。でもさっき見たいに、影狼の注意を引くくらいは出来るさ!」


快兄はそう言うと雪ちゃんの頭を撫でた。


「快晴お兄さん・・・。どうしても逃げないの?」


「あぁ、俺はお兄ちゃんだからな。一人で背を向けるなんてしないさ。」


快兄が引く様子はないようで、雪ちゃんは少しだけ考えるにように口を閉じると、すぐに頭を大きく縦に振り快兄に向けて言葉を上げた。


「しょうがない人だね、快晴お兄さんは。分かった!なら二人でなんとかしよう!ボクの胸ポケットを探ってみて!そこに小さいクマの人形が何体かいるから!」


「胸ポケットって、そんなところを探っていいのか?」


「快晴お兄さんならいいよ!」


その言葉を受けた快兄は雪ちゃんの服を弄る。小さな声でアッと艶っぽい声が聞こえた後、快兄の掌には小さなクマが何体か乗っていた。


「そいつを影狼に向かって投げて!」


快兄が影狼に向かいミニクマ達を投げつけると、それらは影狼の体にしがみついた。


「あんな小さいので何をするんだ!?」


「ダメージは与えられないけど、注意は引けるでしょ?アイツは邪魔をされると邪魔してきた物を先に狙うみたいだし。どっちみち今のボクにはアイツを倒せるクマはいないんだ。だったら時間稼ぎに専念する。」


快兄はそれを只見つめる事しか出来ないことが悔しいのだろう。強く拳を握りこんでいた。


何故今私の力は使えないの!?以前影狼に襲われた時は使えたのに!


誰も私を見ていないはずなのに使えない。

と言うことは、もしかして誰かが私を見ているの?


辺りに見渡すがそんな人影は見当たらない。


この場所から距離をとってみれば、力を使えるのかも知れない。だけど、快兄から目を離すのは怖い。それに移動した所で結局力を使えなかったらとも思ってしまう。


力が使えない理由は分からないまま、私は力を溜めてはそれを無為にし続けた。


以前との違いを考えなきゃ!普段使えた事は今は関係ない!以前影狼に襲われた時と今の違いを見つけなきゃ!


誰かが私の事を見ているかもしれないと言う事が、力を使えない理由なのだろうか?だけど、以前使えた時もその瞬間を霜花さんが見ていた。タイミングが上手く重なって快兄の力だと勘違いしていたけど。


・・・タイミングが重なって快兄の力?勘違いしている?もしかして勘違いさせれば良いの?


私が観察されていると仮定した場合、力を使っていきなり影狼が倒れたら、その観察者は誰を疑う?

必死にクマを操る雪ちゃん?拳を握って佇む快兄?

後方から様子を見ているだけの、私の事を怪しく思ってもおかしくはない。


確かな答えは見つからないまま、雪ちゃんのクマ達は一体、また一体と影狼に潰されて姿を消していく。


尻尾にしがみついていた一番大きなサイズのクマのぬいぐるみもついには力尽きその手を離した。


邪魔な存在を消し尽くした影狼はブルリと体を震わせると、追い詰めてやったとでも言うように、快兄と雪ちゃんへ一歩一歩、圧力をかけるよう近づいていく。


「ありがとう、雪ちゃん。君のおかげで時間は稼げたはずだ。霜花さんはまだ来ていないけど、多分もうそんなに時間はかからないはずだ。次は俺が時間を稼ぐ。」


雪ちゃんを守るように快兄はその前に立つ。


「ダメだよ!快晴お兄さん!やっぱりダメだ!さっきは隙を作る事が出来たけど、御光が使えないままじゃどうしやうもないよ!」


「あぁ、そうかもしれないな。でも今の雪ちゃんも御光で操れるクマはもういないんだろ?俺と一緒だ。なら俺は自分の代わりに女の子を前に立たせるなんて俺にはできない。」



「来い!影狼、俺が相手をしてやる!」


その言葉と同時影狼へ向け走り出す。


しかし、そんな快兄の言葉など影狼は理解していないようで、兄の存在を無視して雪ちゃんへと狙い定めた。


自分の存在など目にもくれていないような影狼に快兄は一瞬唖然とするが、それでも雪ちゃんから影狼の意識を外そうと、影狼の体へしがみつく。


だが、影狼にただの人間である快兄がしがみついた所で動きを妨げるようなものではないようで、一度快兄がしがみつく尻尾をチラリと見るだけであった。


「どうしてだよ!俺が相手だ!雪ちゃんを狙うのやめろ!」


快兄は叫ぶも影狼の標的は雪ちゃんのままで。


「逃げろ!雪ちゃん!俺が絶対君を守る!」


快兄は必死にしがみついた尻尾を引くが、影狼は微動だにしない。


「ちくしょう!出ろよ!なんで出ないんだ!俺にも御光があるんだろう!?出ろよ!出ろよ!!出ろよ!!!」


快兄が叫びながら、快兄の体を殴ったその瞬間。


私の体から、ずっと消え続けていた力が、影狼に向かって放たれた。


快兄が拳を影狼に叩き込むのと同時に影狼の姿は縦に真っ二つに裂け、黒い影のようなものがドロドロと地面に溶けていく。


「えっ!?」


雪ちゃんは何が起きたのか理解できないように声を上げた。

快兄も二つに裂けた影狼を驚いた表情で見つめている。


あまりにも呆気ない影狼の最後に呆然とする二人だったが、暫くしてハッとしたように雪ちゃんが声を上げた。


「快晴お兄さん!快晴お兄さんの御光が使えたんだね!」


快兄は、実感がない様子で、


「本当に俺がやったのか・・・?」


と以前の様に自分の拳を見つめている。


「そうだよ!だって、快晴お兄さんが影狼を殴ったらアイツは真っ二つになってたんだよ!ボクは何にもしていない!快晴お兄さんの御光が発動したんだよ!」


その言葉に顔を上げて、雪ちゃんを見つめると。

そうだな。と快兄は頷き、


「まだ全然実感はないけど、そうなんだな。俺が影狼を倒したんだな。」


と自分に言い聞かせるように呟いた。

そんな快兄へ近づき、雪ちゃんはその体を抱きしめた。


「本当はボクもダメだと思ったんだ。ここで死んじゃうんだなって思った。けど、いまボクはこうしてまだ生きてる。全部快晴お兄さんのお陰だよ。本当にありがとう。」


声を震わせながら話す雪ちゃんの顔は私には見えなかった。

快兄はそんな雪ちゃんをギュッと抱きしめ返し、


「雪ちゃんが無事で本当に良かった。君を守ることが出来て本当に良かった。」


と優しげな様子でいつものようにその頭を撫でた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る