第11話 そして狼は
訓練を始めて早三週間。
当たり前の事なんだけど、快兄の訓練に進歩はない。
雪ちゃんが側についていれば力の源を把握出来る様になったと思っているようだけど、それは過剰なスキンシップによる錯覚だろう。
何度見ても幼い容姿の彼女にお腹を撫でられ続ける快兄の姿は少し犯罪的で、これでだらしない顔でも見せていれば私は軽蔑の目を送っていただろう。
「俺って才能ないんだなあ。」
と落ち込んだ姿を見せる快兄をみていると居た堪れない気持ちなる。
早く事態を解決させて、快兄にこんな事をさせなくても良い様にしなければならないのに、手がかりを得られる事もなくただただ時間だけが過ぎていった。
一方で雪ちゃんは、日に日に笑顔を輝かせていく。
あれから、雪ちゃんに読心術を掛けた事はないのでその内実はわからないけれど、自分一人の力では力を把握する事が出来ない快兄に自分が必要とされている事が嬉しいのだろう、腕をギュッと抱き、
「大丈夫!大丈夫!快晴お兄さんにはボクがずーっと付いているからね!一人で出来なくてもボクがいればなんにも問題なんてないよ!」
と嬉しそうに言う。
自分が側にいないと!と嬉しそうな雪ちゃんは、その言葉だけを聞けばダメ男に引っかかった女の様だ。
しかし、彼女の中では兄に対する気持ちがドロドロと渦巻いているのだろう。
乱発出来ない読心術で何度も彼女の心を読もうとは思えず、ただ想像するしか無いけどそんなに間違っていないと思えた。
「ああ、雪ちゃんが付いていてありがたいよ。でも、俺も一人で何とか出来るように、がんばらないとな。」
と頭を撫でる快兄にはあれから何度か女性に不要に触れない!と釘を刺したのだが、甘える歳下には勝てないのか雪ちゃんに対しての触れ合いは変わる事は無かった。
もう日常となってしまったその二人の光景をみながら、何も分からないもどかしさを抱えて時間だけが過ぎていった。
☆
訓練を終え帰り支度を終えた快兄が私に向かって口を開いた。
「そういえば、今日から母さん出張なんだっけ?晩飯用意するのはいつもと変わらないけど。」
「うん。イギリスに行くから一週間は帰って来れないって言ってたよ。」
「母さんも大変だよな。まぁ、そのお陰でこうして夜に訓練出来ているんだけど。」
「そうだね。ママには悪いけどこの時間は大事に使わせてもらおうよ。あっ、今日帰りスーパー寄って行っていい?
冷蔵庫の中だいぶ少なくなって来ちゃったから。」
「ああ、大丈夫だよ。買い物するなら今日のご飯はハンバーグにしてくれ」
「オッケー。快兄ハンバーグ好きだよねぇ。じゃあそろそろ帰ろっか?」
そんな話達の会話をそばで聞いた雪ちゃんは、
「快晴お兄さん達のお母さん、今日はいないの?」
と快兄の腕をくいくいと引っ張り尋ねる。
「あぁ、しばらくは秋晴との二人暮らしになるな。」
「じゃあ、じゃあ、今日ボクが快晴お兄さんのお家に遊びに行っちゃダメ?ボクも家に一人だから寂しいんだぁ。」
と快兄を上目遣いで見つめる。
快兄は少し困った様子で頭を書きながら
「あぁー、俺は別に問題ないけど、秋晴良いか?」
と私に問いかけた。
雪ちゃんの快兄に対する執着を考えれば少し問題はある様な気がするけど、連日快兄の訓練に付き合ってもらっている事もあるし、断る事も出来ない。
私は大丈夫だよと二人に返事を返した。
遊びに来れると分かった雪ちゃんは跳ねるように喜び、その姿は私から見ても微笑ましい姿だった。
☆
スーパーで買い物を終え、家に向かう。
恋人結びで手と手を繋ぎ道を歩く快兄と雪ちゃん。
高身長の快兄と脇に大きめなクマのぬいぐるみを抱える雪ちゃんの姿は、通報されれば有罪を避けられそうにないように思える。
たわいない会話を続けながら道を歩けばそこは、以前影狼に襲われた人通りの少ない場所。
以前の事もありなるべく通らないようにしていたが、スーパーからの帰り道ではここを通らないと酷く遠回りになる。
あれから影狼が姿を現さなかった事に私も少し気が緩んでいたのか、今日はその道を選んでしまった。
やはりそこは明かりが少なく、薄暗く気味が悪い。
手を繋ぐ快兄と雪ちゃんの少し後ろに付いて歩く私はなんだか嫌な感覚を覚えた。
前を進む二人にそんな様子は無いようで楽しそうに会話を続けている。
「快晴お兄さんの分のハンバーグはボクが作るからね!いっぱい愛情こめてつくるからね!」
「ありがとう雪ちゃん。じゃあ雪ちゃんの分のハンバーグは俺が心を込めて作らせてもらうよ。」
「嬉しいなぁ。快晴お兄さんと今日はずっと一緒にいられるだもん。ボク嬉しくて今日は眠れないかも!」
「雪ちゃん喜んでくれるのは嬉しいけどちゃんと寝なきゃ大きくなれないぞ?」
「快晴お兄さんはボクが小さなままだと嫌いになっちゃう?」
「嫌いになんかならないさ。でも大きくなった雪ちゃんの姿も見てみたいなぁ。」
と優しげに雪ちゃんに微笑む。えへへ、と嬉しそうな雪ちゃんは快兄に抱きつく力を強め、快兄は少し歩きづらそうにする。
そんな一見ほのぼのとした姿を見ていると私の中にあった嫌な感覚は薄くなっていった。
しばらくそんな二人を眺めながら夜道を進む。
すると雪ちゃんの鞄から着信音が聞こえる。
快兄との時間を邪魔されたせいなのか、雪ちゃんは少しムッとした様子を見せたが、スマホを手に取り画面を見て、はぁ、と息を吐きながら、彼女は電話を耳に当てた。
「もしもし霜花?どうしたの?」
「綿雪あなた今どこにいるいらっしゃるの!?」
スピーカーモードでも無いのに、私にまで聞こえる大きさの霜花さんの声に、眉をひそめた雪ちゃんは電話口を耳から話して言葉を返す。
「霜花ちょっと声が大きすぎるよ。」
「すみません、少々急いでいたもので。それであなた今どこにいらっしゃるの?」
「ボクは今快晴お兄さん達とお家に向かってるよ。今日快晴お兄さんの家に泊めてもらうんだ!」
「という事はお二方は近くにいらっしゃるのですね!綿雪電話をスピーカーモードにして、お二人にも私の声が聞こえるようにして下さいまし。」
もう聞こえてるよ、とこぼしながら雪ちゃんがスマホを操作する。
「快晴さん、秋晴さん聞こえていますか?」
「ああ、大丈夫聞こえてるよ霜花さん。慌ててる様子だけどどうしたんだ?」
「影狼の出現を察知しました。」
その言葉に私達の間の空気がピンと張り詰めた。
「どこに影狼が出るんですか!?」
驚きと不安に快兄は声を大きくし霜花さんに問う。
「以前貴方達が襲われた場所と全く同じ所です。そちらには今からわたくしが向かいますが、お二人の元に向かわないとも限りません。あの場には近づかず、綿雪と共に警戒をしていてください。」
その言葉に私は皆で顔を見合った、
「あぁー、霜花ごめん。ボク達今ちょうどその場所にいるんだけど・・・。」
そう雪ちゃんがいうのと同時、音もなく快兄と雪ちゃんの目の前に影狼が佇む。
以前と同じようにヘドロのような匂いを漂わせるヨダレをボダボタと地面に落としながら。
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