第10話 惚れやすい女

それから、快兄の訓練が始まった。


学校終わりに夕太刀が用意したと言う一軒家での指導。


ママが残業続きだと言う事も幸いし、私達は毎日学校に終わりにそのアジトへと向かう。


霜花さんは予定もあるのか毎日顔を出すという訳にもいかないようで、快兄の指導は雪ちゃんが担当する事となった。



「いい?快晴お兄さん。力の源は体の中に必ずあるんだよ。まだ快晴お兄さんが気づいていないだけ。まずはそれを把握する事から始めよう!」


快兄に無駄な訓練をさせてしまっている負い目は凄くある。

けれど今快兄に危険が及ばないようにする為には必要な時間だと思っていた。


あの日から影狼が出現する事は無かったけれど、まだ分からないことだらけで、私には情報を得る時間が必要だった。


自分の力の事、そして影狼の事。


あの後、何度か実験を重ね、私が何かをしたのだと気づかれないようにすれば力を使う事が出来る事はハッキリした。


目には見えない範囲ならば力が使えるという事が分かった事は情報を収集するに当たって非常に役に立つと私は考えた。


人目につかない様に調べるならと私が思いついたものが読心術。今まで人の気持ちが分かるなんて気持ち悪そうだと、使おうともしてこなかったが、何かを調べるという事に関してこの力は十分役に立ちそうに思えた。


しかし人の心という、複雑なものを理解する為だろうか?

少しの時間使うだけで物凄くエネルギーを使うようであり、霜花さんの事を少しの時間読んだだけで、酷い頭痛に襲われ多用は出来そうになかった。


霜花さんは言葉通り、私達の身を案じ、一日でも早い事態の解決に全力を注いでくれているようだ。


心の声までお嬢様口調だったのは驚いたけど。



「雪ちゃん力を把握するっていっても、どこから手を付ければいいのか分からないよ。」


兄が困った様子で雪ちゃんを見れば彼女は


「快晴お兄さん丹田って分かる?今ボクが触っている辺りに集中してみて。力が集まる感じがしない?」


と雪ちゃんはここだよー、ここだよー、と快兄のお腹を優しげにさする。

少しくすぐったそうな顔をしながらも兄は丁寧に教えようとしてくれる雪ちゃんに応えようとしていた。

しばらく目を閉じて集中していと快兄は


「あっ。今凄く腹に熱を感じた。これが力の源なんだろうか?」


と雪ちゃんを目をやる。


全くの気のせいである。


快兄に力の源なんてものは存在しないので、恐らくはずっとさすられ続けてお腹が熱くなっただけだろう。


自分の指導で兄が力の一端を感じれたのが嬉しいのか、雪ちゃんはゴシック調の服に不釣り合いに飛びはね、


「多分そうだよ!快晴お兄さん!ようやく一歩前進だね!」


と快兄に抱きつく。


雪ちゃんのお陰だよとその頭を撫でながら抱きしめ返す快兄は優しい目をしながら微笑んでいた。


その姿を備え付けられたソファーに座りながら眺めていた私は、ロリコン野郎と快兄を白い目でみながら雪ちゃんに向けて読心術を試みる。


出掛かりが全くない私にとって、夕太刀に所属する二人の心の内は重要な情報元だと思えたからだ。


鈍い痛みがズギズキと襲いながら雪ちゃんの声が頭の中に響く。


『あぁ、快晴お兄さんいい匂いするなぁ。なんでこんなに落ち着くんだろう?ずっと抱きしめていてくれないかなぁ。いやでもこのままだと快晴お兄さんのキレイな顔がしっかり見えないしなぁ。あ、頭は撫で続けて欲しい。雪ちゃんってずっと耳元で呼んでよ。ボクだけ見ていて。ボクも快晴お兄さんしか見てないよ?秋晴お姉さんなんて気にしないで。秋晴お姉さんもボク達二人の空気を読んで席を外してくれてもいいのに。妹さんだから気にするのはしょうがないけど、快晴くんにはボクがいるのに。ボクの事好きなんだよね?嬉しそうに抱きしめてくれるし、優しく頭も撫でてくれる。嫌いな人にそんな事しないもんね?ボクも快晴お兄さんの事大好きだよ。二人は両想いなんだよ?』


どうしてこうなった!頭痛を堪えて聞こえたその声に私は別の意味で頭が痛くなった。


快兄はやたらとヤバイ奴に惚れられやすくはあるけど、雪ちゃんとは出会ってまだ一週間もたっていない。


快兄はボクっ娘を落とすRTAでもやっていたの?


訓練中は私もずっと付いていたし、これといって何かがあった訳でもなかったように思う。


訓練して、少し休憩をしてから家に帰る。そんな普通の触れ合い。まぁ、頭を撫でたり、抱きしめたりとボディタッチは確かに多かったけど。


それでも一週間だ。快兄はそういうフェロモンでも出してるの?


『あぁ、訓練が終わったらまた今日もサヨナラしなくちゃいけない。ボクを置いてお家に帰っちゃうなんて嫌だよ。朝までずっと二人で一緒にいようよ。ちょっと恥ずかしいけど快晴お兄さんなら少しくらいエッチな事も許してあげるよ?だってボク達両想いだもんね?』


雪ちゃんの心の内を知らない快兄は抱きついて離れない彼女を少し困った様子で撫で続けている。


年下はストライクゾーンから外れているであろう快兄の事だ、甘えたがりだなぁくらいしか思っていないんだろうけど。


これが霜花さんならデレデレと鼻の下を伸ばして喜んでいたに違いない。汚らわしい!


二つの意味で頭の痛みが激しくなった私は雪ちゃんに向けていた読心術を解く。


とはいえ、このまま雪ちゃんを放っておく訳にもいかない。このまま、快兄が抱きしめながら頭を撫で付けていたら、両想いどころか気付いたら頭の中では結婚していそうだし。


「お二人さん。喜ぶのはいいけど、まだほんの少し力を感じられただけでしょう?もう今日の訓練は終わりなの?」


私の言葉に快兄は抱きしめていた雪ちゃんを床へとおろし、


「あぁ、ちょっと喜びすぎだったな。まだほんの足かがりを手に入れただしな。雪ちゃん、訓練を続けてくれるか?」


快兄から体を離された雪ちゃんは


「そうだね!まだまだ先は長いからね、快晴お兄さん!ボクもビシバシいくよ!」


と快兄へと向けて元気に言葉を返す。


ただ、チラリと私の事を見つめたその目は驚くほどに冷たかった。




訓練を終え、コーヒーを飲みながらソファで少しだけくつろぐ。


その訓練自体に意味は無いものだけど、ずっと集中し続ける事に疲れるたのだろうか、快兄はダラーっとソファに体を預けている。


そして快兄の膝の上には雪ちゃん。


快晴お兄さんの膝の上は座り心地が良いね、と嬉しそうに笑っている


そうかぁ?と笑いながら快兄はまた頭を撫でている。


快兄本当に気を付けてよ。このままいくと取り返し付かなくなるかもしれないよ?


私の気持ちとは裏腹に二人はイチャイチャとスキンシップを続けている。


後で快兄は釘を刺さなければいけないようだ。


しばらくそんな様子を重い心持ちで見ながら、私は気になっていた事を雪ちゃんに聞いてみる事にした。


「ねぇ、雪ちゃん。霜花さんの御光は喫茶店で教えてもらったけど、雪ちゃんの御光はどんなものなの?」


「確かに雪ちゃんの御光については聞いてなかったな。よければ教えてくれないか?」


「あれ?ボク二人に教えてなかったけ?」


「ええ、聞いていないはずよ。」


私の言葉にそうか、そうか、と快兄の膝からおり机の上に置いてあった薔薇の刺繍の入った黒い鞄を探ると、何かを手に取り私達の前に立った。


「多分見せたほうが分かりやすいから、ここで見せちゃうね!」


雪ちゃんはそういいながら私達の前で手のひらを開く。その上にはキーホルダーサイズのクマがちょこんと乗っている。


いくね?雪ちゃんの言葉と同時に手のひらの上でクマが踊りだす。クルクルと回ったり飛び上がったり、その様は人形劇をみているようだ。


「ボクは髪の毛を媒介にして色んなモノが操る事が出来るんだ。このクマにも中にボクの髪の毛が詰まってる。」


そういいながらクマを宙返りさせる。


「このクマみたいに軽くて単純なものはそんなに多く髪の毛を使わずに操れるけど、もっと大きくなったり複雑なものだといっぱい髪の毛使うから大変なんだぁ。使いすぎると力も伝わらなくなっちゃうしね。」


ぺこりとクマに一礼をさせて、人形を胸のポケットにしまう。


なかなかに面白い御光だ。見た目にも可愛いし、私も今度ぬいぐるみを踊らせてみようと思った。


快兄は雪ちゃんの手を握り


「凄いな!雪ちゃん!使い方もいっぱいありそうだし、何より可愛くて雪ちゃんにピッタリな御光だな!」


と興奮の様子も隠さずに雪ちゃんへと笑いかける。


そんな快兄に、えへへ。と照れる様子の雪ちゃんは心の内をしらなければ、純粋に喜ぶ少女のようなのに。


きっと快兄への思いがドロドロとしてきているんだろうなぁと思うと、なんだか私はやるせなくなった。

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