第8話 ボクっ娘現る

改めて見る彼女の姿は、やはり綺麗な人形のようである。


座って本を読んでいた時は目には付かなかったが、その身長は、隣に座る霜花さんよりも低く、140cmにも満たないように見えた。


そして緩くウェーブをかけられた、腰まで伸びる赤色の掛かった髪。


道ですれ違えば振り返ってしまうだろうその髪は、彼女を更に綺麗に彩っていた。


そんな綺麗な彼女であるが、遠目に見る分には良いものの、いざ自分と席を同じとすると少しだけ腰が引ける。


縦ロールのスーツ姿の女と、その隣にはゴスロリ美少女。


今周りはどんな目で私達を見ているのだろう。


並ぶ二人を見れば、その端麗な容姿よりも先にそのファンタジーじみた姿が目に入り、どこからかここはコスプレ会場ですか?と疑問が飛んできそうである。


失礼しますと、ふわりと髪を持ち上げながら彼女がアンティーク調の椅子に座ると同時。霜花さんが扉を開けた時と同じく可愛いベルの音が店内に響いた。


目をやれば、青色のシャツにジーパンを履いた快兄が店に入ってきた。


私達の姿を見つけ、見慣れないゴスロリ姿に頭に疑問符を浮かべた用な顔をしながら、こちらに足を向ける。


「ごめん、待たせたみたいだ。」


そういいながら私の隣の席に座り、スーツ姿の霜花さんにだらしない顔を見せながら〔汚らわしい!〕、隣の少女に目配せをしてこの子は?と問う。


快兄の言葉にまた微笑む彼女は


「はじめまして。ボクは名月 綿雪。今日は氷雨に呼ばれてきたんだ。氷雨と同じ、夕太刀の一員だよ!」


そう快兄に向けて名前をつげる。


ボクっ娘である。お嬢様忍者に、ボクっ娘のゴスロリ。

夕太刀という組織には濃い人物しかいないのであろうか。


「よろしくな名月さん。俺は朝日 快晴、となりにいるのは妹の秋晴だ。」


「妹の秋晴です。兄共々よろしくおねがいします、名月さん。」


そう名前を返す私達に、


「うん、よろしくね!快晴お兄さんに秋晴お姉さん!ボクあんまり苗字で呼ばれるの好きじゃなから、雪ってよんでくれると嬉しいな。」


溌剌な様子で言葉を返す彼女は些かゴシック調の服とは不似合いに見えた。


それにしてもお姉さんか。


双子ではあるけど後から産まれ出てきた私はずっと妹であって、誰かに姉と呼ばれるのは初めての事だった。


けれどその小さな容姿に相まって、雪ちゃんにお姉さんと呼ばれる事に違和感は覚えなかった。


はじめその服装に戸惑っていたような兄も、持ち前の気質で、雪ちゃんを自分の庇護対象と捉えた様で


「そうか。よろしくな雪ちゃん。」


と優しい瞳を雪ちゃんに向けていた。


「お互い自己紹介が終わりましたし、詳しい事を説明致したいのですが話を遮られると面白くありません。綿雪と快晴さん、先に何かお頼みになられてはいかが?」


その言葉に快兄がメニューを開けば、雪ちゃんは快兄を覗き込み、お兄さんこれがおススメだよー。と商品を指差す。


気がきくなぁと快兄が頭を撫でれば、雪ちゃんは嬉しそうに快兄に微笑む。


快兄はよく誰かの頭を撫でる。


女性が人に触れられる事を好まない髪を撫でても、嫌な顔一つされない快兄を見ていると、この可愛い私に似て、整っている容姿で良かったな。イケメンじゃなかったらセクハラで通報されてるぞ。と心の中でなじる。


撫でポとはよく言ったもので、快兄に庇護欲をもって頭を撫でられた人達は皆まんざらでもなさそうにするのだ。


不用意に頭を撫で、気付けば重い愛に溢れた手紙が家に届く。


中学から何度も繰り返してきた事なのだから、快兄にもそろそろ気を付けて欲しいものである。


暫くして、雪ちゃんと快兄の前に注文が届けば霜花さんが口を開いた。


「それでは、昨日に続き説明をしていきたいのですが、よろしくて?」


その言葉に私と快兄は頷きで返した。


「昨日ご説明した通り、影狼について詳しい事まだあまり分かっておりません。しかし、その発現を察知する事は可能になりました。」


「あぁ、霜花さんたちのいる夕太刀の御光で出来るようになったんだろう?」


「ええ、その通りです。御光の中には様々な物があるようで、人それぞれ起こせる事も変わってくるのです。例えばわたくしなら、このようなものです。」


と私たちの前に手をかざす。何であろう?とその手を見つめると、霜花さんの手にもう一本の手が重なるようにして現れた。


「わたくしの御光は私の分身を作り出す事。影法師(かげぼうし)と呼んでおりますが、わたくしと同じ体を一体分まで作りあげる事が出来ます。一人分に収まるのならば、手一本、でも足一体、でも自由に操れます。完璧な分身を作ってしまえば、その力は普通のわたくしと変わりませんが、手一本だけであるならば、木ぐらいならば殴り折ることができますわ。」


そう言いながら重なる手を消し、霜花さんの顔にそっくりな顔が重なった。


「「このように、自由に出し入れする事は出来ますが、あくまで操っているのはわたくし一人。どこかの漫画の様に独立した存在ではないので不用意に完璧な分身を作ってしまうと情報の多さに頭が焼き切れるほどの苦痛を伴うので、あまり多用はいたしません。」」


重なりながら聞こえる声は違和感で溢れていた。


重なった顔を消すと、


「わたくしの御光は主に耳や目だけを使った偵察や影狼討伐のに使われますわ。けれど、わたくしの御光では影狼の出現察知する事など出来ませんの。夕太刀の見解では御光は一人につき一つ。その能力の延長線上で出来ることは大小ありますが。」


そう言う霜花さんの言葉に私は疑問を覚えた。


私の力に関しては当てはまらない。


海や山を割る力は、瞬間移動の延長線上にあるの?


体を透明にして人に見えないようにする事は、空を飛ぶ事の延長線上?


やろうと思った事はないが、霜花さんと同じように分身を作る事も出来るだろう。


なるべく力を使わないように、と過ごして来たけど、我慢できず力を使った時に出来ない事なんて無かった。


漫画に影響を受けて、手から火を出したり氷を出したり、望めばなんだって出来た。


私この力は御光とは別の物なのだろうか?


そんな私の疑問を他所に雪ちゃんが口を開く、


「夕太刀中の一人に、感知に長けた御光を持っている人がいるんだ。詳しい事はボクには良く分からないけど、その人は影狼が出現する場所に、どんよりとした重みを感じるって言ってた。距離とか関係なくて、方向と、ある程度の場所まで分かるみたいだから、その御光を頼りにしてボク達は影狼を追ってるんだ。」


雪ちゃんの説明に私と快兄は相槌をうちながら話を聞いていた。


「でも、距離関係なく感知出来るんだとしても、そんなに直ぐにその場所に辿り着けるものなの?雪ちゃん達のいる夕太刀はそんなに多くの人がいるの?」


私の問いに雪ちゃんは首を横に振る。


「ううん、夕太刀にそんな多くの人がいる訳じゃないんだ。御光使いはそんなに数がいるわけでも無いみたいだしね。快晴お兄さんのように未だ自分の力に気付いていない人や、夕太刀に所属していない御光使いも多くいるのかもしれないけど。」


「じゃあ、どうやって影狼の元に?」


「御光の力だよ!瞬間移動ってあるでしょ?あれと同じ様なもの。一瞬でビューンってどこかに飛んでいけちゃう御光を持ってる人が、夕太刀にはいるんだ!」


瞬間移動ならば私も出来る。考えれば簡単な事であった。

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