コレクター

第7話 小さな喫茶店で。

翌朝、私は実験を試みることにした。


昨夜思い浮かんだ自分の考えが正しいのか調べる必要がある。


いつも通りに身支度を整えてリビングで快兄を待つ。


昨日の今日で顔を合わせるのは恥ずかしかったけれど、疑問を解消するにはしかたがない。


快兄に対して実験をする前に、ママの前でも力を使ってみた。


背を向けたママの後ろで全身を力で覆い、ほんの少しだけ宙に浮かでみる事にする。


部屋で力を使う時のように、あっけなく私の体は宙に浮いた。


「秋晴、私今日も遅くなるから。というか今週一杯遅くなりそうだから、晩御飯は自分達でお願いね!」


「うん。快兄と交代でやってるし大丈夫だよ。それより、遅くなるならママの分のご飯も準備しておこうか?」


「いいのー?じゃあお願いしちゃおかな。最近は二人共料理が、上手になって来てるから帰ってくるのが楽しみになるわー。」


顔を合わせて会話している時に、ママの目の前にあるコップを浮かそうとしたが、上手くはいかなかった。


けれど、ママの視界に入らない背の後ろではふわりとコーヒーサーバーが宙に浮かんでいた。


誰かの視界に入っているとダメなのかな?


いや、それなら昨日影狼を倒した時に力を使えた説明がつかない。


誰にも見せてはいけない、二人だけの『秘密』が原因の筈なのだから、私に変な力があると気付かれなければ使えるはずなのだけど。


目の前でコップが浮かんだとしても、対面に座る娘が引き起こした現象などとは考えないだろうと思い、多少の力ならば使えると踏んでいたんだけど。


線引きはまだ分からないまま。


それでも目に映らない範囲ならば力は使えそうであった。


ママは簡単な朝食を終えコーヒーを口にすると、快晴にもよろしく言っておいて。と、快兄を待たずに家から出掛けていった。


それから暫くして、まだ眠気まなこの快兄がリビングにやってきた。


いつもならば、ママが家を出る前には身支度を整えている筈なのだけど、昨日の今日である。寝坊してもおかしくもない。


正直なところ、私も休んだ気がしていないし。


「おはよう。快兄。」


「おう、おはよう秋晴。」


瞼を擦りながら言う快兄に私は言葉を続ける。


「昨日はごめんね。変な事ばっかり言って。色々な事がありすぎて私ちょっとおかしくなってたみたい。」


快兄に頭を下げると、快兄はよせよ。といいながら頭をポリポリと掻きながら。


「気にしてないさ。訳わかんない事ばっかだったから取り乱す事もある。それより秋晴が落ち着いたみたいで良かったよ。」


と微笑みながら、私の頭を撫でる快兄に、昨夜とは変わり私も笑顔でありがとう。と返す事が出来た。


空気を変えてくれようとしたのか快兄は、


「それより、少し寝坊しちゃったから早く準備しないと。」


などと少し慌てる様子を作り、昨日の話を打ち切った。


そんな快兄の心遣いに感謝しながら私は兄の話に返事を返す。


「そうだね。でも快兄の学校ならまた時間、全然余裕じゃない?いっつも朝早いけど。」


「あー、まぁな。朝、学校でちょっとやっておきたい事があるんだよ。」


「何?やっておきたい事って?」


「馬鹿にされそうだから、言わない。」


「何それ。いいじゃない、教えてよ。馬鹿になんかしないし。」


「いや、本当に言うほどの事でもないから気にしなくていいよ。」


「なら教えてくれてもいいよね?馬鹿にもしないし、ここまで言ったならずっと気になっちゃうから教えてよ。」


「掃除。教室掃除。」


「え?掃除?朝から何で?」


「中学まであった掃除の時間が無くなって、なんか、気持ち悪いんだよ。用務員さんがやってるんだろうけど、自分でやらないと、ムズムズするんだ。」


「へぇー。いい事じゃない。馬鹿にする要素もないし、すぐ言っちゃっばよかったのに。」


なんか恥ずかしいんだよ!と私の顔を見ずに洗面所へと向かう快兄。いつのまにか私達の間にあった微妙な雰囲気は無くなっていた。

やっぱり、快兄は優しい。

もう一度、ありがとうと、私は快兄の背に向けて言った。



洗面台でばしゃばしゃと顔を洗う快兄の後ろにそっと立つ。


顔洗いながら、どうした?と問う快兄に、タオルを取りに来たと返しながら、全身を力で覆えば、私の体はほんの少しだけ宙に浮いた。


やっぱり使える。


誰かに気付かれない範囲でならやはり私の力は使えるようである。


力が使える事を確かめ、自分の考えが正しかった事に安堵していた時、快兄がふいに顔を上げ鏡越しに私の顔を見た。


いつに比べればほんの少し浮いただけにすぎなかったけれど、私の体は普段ならば見上げている快兄の身長を超え、見下ろす程度には高くなっていた。


目があった瞬間、私の力は消え体を地面に降ろした。


どう受け取るのだろう?どう考えてもさっきの私の顔の位置に違和感はある筈だけど。


快兄はタオルで顔を吹きながら、


「秋晴。気にしてるのは知ってるけど、背伸びしたからって身長は伸びないぞ。」


と気にした素ぶりも見せなかった。


快兄の肩にも届かない身長の私が背伸びをした所で、兄の身長を越す事など無いと分かる筈なのに。


人目に入っても、おかしな所が目につかない様になるのだろうか?


なんだか、凄く曖昧で都合が良いけど、これなら昨夜快兄も霜花さんも私の言葉を信じようとしなかった事も説明がつく気がする。


全部を一気に分かろうとするなんて、無理だという事は分かっていた。


ただ、目にはつかないようにすれば力を使える事だけは分かって、私は幾分か安堵する事が出来た。




今日もセクハラ親父の攻撃〔汚らわしい!〕に耐えながら、向かった学校で私は快兄と連絡を取り合っていた。


霜花さんにいつ会おうか、という話。


昨日は私のせいで話が打ち切られてしまったけれど、力が使えなかった理由、二人に私の話が通じなかった理由がおぼろげながら分かってきた今はもう大丈夫。


もう少し時間を置いてからで良い、と私を気遣う快兄に、霜花さんの都合がつけば、今夜にでも話を聞きたいと返事を返す。


霜花さんに対する疑いは私の中で大分薄くなっていたが、それでも知らない事、分からない事が多すぎる。


夕太刀という組織の事、彼女達が御光と呼んでいるこの力の事、影狼について。


私のせいなんだけれど、話は全て中途半端な所で止まったたままだ。


早く知ることが出来るのならその方が良い。


また、いつ影狼が襲ってくるのか分からない。情報は武器になると思う。


しばらくして快兄から霜花さんの了解を得た事を伝えるメッセージが入った。




また、あの霜花さんに似合わないトラックの中での話になるかと思っていたが、彼女が指定してきたのは、駅前にある喫茶店だった。


一度も行ったことの無い店だったけれど、丁寧に地図まで添付してくれた為迷う心配は無さそうだ。


快兄は電車通学では無いので、通り道にある我が家に一度帰り、着替えてから向かう事にしたらしい。


霜花さんが指定した時間は17時。昨日に続けててであるが、部活は早めに上がらせてもらう。


スマホに表示された地図を辿って着いた喫茶店は、路地の隅にこじんまりと建っているお店だった。


隠れ家風というのだろうか?

全体を緑で覆われながらそれは綺麗に整えられていて、外に置かれたメニューは可愛い文字でチョークを使って書かれている。

これもまた雰囲気を創り出していた。


コーヒーを挽く良い香りが入り口から漂い、霜花さん良いお店知ってているなぁと思いながら扉を開く。


指定された時間より30分も早く着いてしまったせいか、まだ店内に霜花さんの姿は無かった。


今日は痴女忍者姿では来ないよね?と考えながら店内を見渡す。


木造で作られた作られた店内は白雪の姫の7人の小人の家のように暖かで、周りにはアンティーク調の小物がセンス良く並べられている。天井から吊るされたランプはオレンジ色に光り、空間を優しく照らしていた。


ふと目をやれば、ゴシック調の服を着た少女が一人、コーヒーを飲みながら本を読んでいる。


外で見れば浮いて見えてしまうだろうその姿もこの店内ではマッチしているように思えた。


でも私には絶対着れないなぁ。と思えるその服は中世の貴族を思わせる煌びやかさがありながら、それでいて重みのある黒色で落ち着きも見せていた。


霜花さんはあんな卑猥な忍者姿より、こっちのほうがよっぽど似合いそうだなぁ、と思いながら眺めていると、私の視線に気づいたのか、少女がこちらを振り返る。


不躾な視線を当てていた事に申し訳なく思い、私が頭を下げれば、彼女はニコリとこちらに微笑みまた本に目を落とした。


綺麗な顔。そう思った。


真っ白な肌に、赤く映える小ぶりな唇。溢れてしまいそうな大きな瞳。


綺麗な人形が人として生まれ変わったかのような姿に、先程頭を下げたばかりだというのに私は彼女をまた長い時間見つめてしまった。


ずっと何にも注文しないまま二人を待つ訳にもいかず、コーヒーを頼み、店外まで漂っていた良い香りに包まれながら暫く時間を潰していると、入り口が開き、可愛いベルの音が店内に響いた。


私の考えなど杞憂だったようで、形のいいスーツを着た霜花さんが店内に入ってくる。


金色の縦ロールは健在なようで、あまりスーツ姿には似合っていなように思えた。


それでも、痴女忍者じゃなくて良かった。と私が少しだけホッとしていると、霜花さんも私の姿に気づいたようで


「おまたせしてしまったかしら。予定の時間より早めに着こうと考えて急いだのですが。」


言いながら私の対面の席に座る。


「いえ、学校帰りで部活も早めに切り上げてきたので少しだけ早く着いちゃいました。コーヒーも楽しんでいたので、気にしないで下さい。」


「そう言って貰えるとよかったですわ。このお店わたくしのお気に入りですの。店内も可愛いですし、お飲みになられているコーヒーも良い味でしょう?チーズケーキも絶品ですのよ。」


そういいながら霜花さんは、やってきた店員さんにメニューも見ずにオリジナルブレンドのコーヒーを頼んだ。


「霜花さん。昨日はすみませんでした。私色んな事がありすぎて、大分動揺していたみたいでご迷惑お掛けしました。」


言葉と私は霜花さんに向かって頭を下げる。


「謝る必要なんてごさいませんわ。頭を上げて下さいまし。いきなりあんな事があれば誰だって動揺致します。

普通の事ですわ。だからお気になさらないで?

それより昨日の今日ですが、本当にお体大丈夫なんですの?」


「ええ、帰り道兄に随分慰められましたから。それに一度寝て、すっかり落ち着く事ができましたし。」


「それなら良かったですわ。それでも、また今日何かあれば素直に仰ってくださいね。我慢しては体に毒ですので。」


「はい。お気遣いありがとうごさいます。」


昨日の私の取り乱し方は、初対面だった霜花さんから見ても痛々しく見えたのか、心配気な様子で私の顔を見ている。


迷惑をかけた元凶である私は、昨日の自分を思い返し、申し訳なさと、それに勝る恥ずかしさで霜花さんの顔を真っ直ぐ見る事は出来なかった。


中二病のようだと思えた快兄よりも、私の方がよっぽ痛々しかったであろう。


「今から空を飛ぶから見ていて!」


昨日自分で言った言葉を冷静になって考えれば顔から火が出そうであった。


自分の部屋であればベットの上でバタバタとのたうち回っているだろう。


そんな私の様子を怪訝な様子で霜花さんは見ていたが、

暫くして店員さんが運んできたコーヒーを一口飲み、口を開いた。


「快晴さんはまだお着きにならないようですが、紹介したい者がおりますの。説明するにしてもわたくしの言葉だけでは不備が出るかも知れませんし、信憑性も増すと思いましたので、組織の者を一人連れて参りましたの。」


そう言いながら霜花さんは店内をぐるりと見渡し、先程私が見つめていた少女に声を掛けた。


「綿雪。こちらにいらして?」


本に落とされた顔を上げ、霜花さんの声に頷くと彼女はトテトテ、とこちらに向かってくる。


「この者は、名月 綿雪(めいげつ わたゆき)。組織の一員ですわ。」


その言葉にペコリと頭をさげると、先程と同じように私にニコリと微笑んだ。

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