第6話 『約束』
二人に諭すように、車に戻るように言われた私は言葉を返す事もなく兄の隣に腰を下ろした。
力が使えなかった事に対する疑問と、説得できなかったショックに俯く私に、
「秋晴さんがお兄様の為に起こした行動ですもの。気にする必要は無いですわ。ねぇ?快晴さん。」
「ああ。何度も言うようだけど、秋晴の気持ちは嬉しかったんだ。なるべく、秋晴を不安にさせるような行動は控えるから。」
と快兄も霜花さんも慰めようと声をかけてくれる。
けれど、そんな二人に対して私は
「うん。」
と一言だけ返す事しか出来なかった。
頭の中はなぜ?どうして?の言葉がぐるぐると回っていた。
顔を上げる様子も見え無い私を見兼ねたのか、暫くして、ふぅと息を吐きながら、
「もっと詳しいお話はまた別の日に致しましょうか?秋晴さんも、今の調子ではお話を聴くのも辛いでしょうし。気分を落ち着かせてから、お話しましょう。」
と提案する霜花さんに対し快兄も頷きながら、
「そう提案してくれると助かる。話を直ぐに聞きたい気持ちもあるけど、俺も色々なことが起こり過ぎて混乱しているんだ。」
と承諾した。
「では、そう致しましょう。連絡先を渡しておくので落ち着いたらまたご連絡下さい。よっぽどの事が無ければ、夜ならば都合が付きますわ。」
「ああ、分かった。俺たちも昼間は学校だし、また秋晴と相談して決めさせてもらうよ。」
私がしっかりしなきゃと思った筈なのに、私が快兄を守らなきゃダメなのに。私のせいで話が先送りになってしまった。
詳しい事は何にも分かっていないまま、今日を終えてしまう。
このまま話を続ける様に提案しなきゃ行けない筈なのに、私は二人が連絡先を交換する様子をただ見ていた。
「それでは気をつけてお帰りくださいまし。」
と大きなエンジンをの音を鳴らし去っていく霜花さんのトラックを見送ると、
「俺たちも帰ろう。」
そう言う快兄に手を引かれながら私は家路についた。
道中、快兄が私を励ましたり、謝ったり、冗談をいって元気付けようとしてくれたのは分かっていたが、その言葉達は私の耳を通り過ぎていく。
自分を責める気持ち、信じてくれなかったことへの苛立ち、御光が使えなかった疑問で私の頭はいっぱいになっていたのだ。
何で御光が使えなかったんだろう。指先に力を込めて落ちている空き缶を浮かせようとして見ても、それはやっぱり浮く事は無かった。
☆
ゆっくり休めよ、そう言いながら困った顔で私を部屋まで送ってくれた快兄に頷くだけで、私は扉を閉めた。
一人になりたかった。事故嫌悪で押しつぶされてしまいそうだった。
私が守る、なんて考えていた筈なのに結局やった事は場を掻き乱すだけ。
気を使う快兄に対しても何も出来ないまま。
ベットに倒れこんだ私はうつ伏せでマクラに顔を押し付けて、情けなさに少しだけ泣いた。
いつもなら空くらい簡単に飛べるのに。
海だって、山だって割れるのに。
ずっと隠していた力を、隠さず見せなければいけない時に限ってなんで使えないの?
本当に付けなきゃいけない時に使えないなんて馬鹿みたいだ。
私の体内にある力が苛立ちで大きくなっていく。
空を飛ぶなんて簡単でいつみたいに、体を力で覆うだけなのに!
そう思った時、私の体は浮いた。
いつもと同じようにぷかぷかと宙に浮いている。
何故、今は使えるの?
あの時、二人に見せようとした時と同じ様にしているのに。
何故あの時じゃなくて、今使えるの?
指先に力を込めれば、通学用の鞄は音も無く浮いた。
あの時なら快兄にも霜花さんにも影狼を倒したのは私だって信じて貰えた筈なのに。
今との違いを考えれば、霜花さんの顔が頭に浮かんだ。
彼女は否定していたけれど、霜花さんが使えなくしていたと考えるのが答えに一番近い様に思えた。
でも一体何のために?騙すつもりだったのならば、今使えるようになって何の意味があるの?
私達を狙っていたのならば、力が使えないあの時、好きに出来た筈なのに。
原因は分からないままだけど、それより先にやる事があった。
快兄に見せなきゃ。
あの時はダメだったけど、今なら使えるんだ。
そう思った私は、快兄の部屋に駆けた。
☆
結論から言えば、私は空に浮かぶ事は出来なかった。
ポールペンを浮かせる事も、瞬間移動も、なにもかも出来なかった。
苦笑いしながら、お前の気持ちは分かってるよ。という快兄の言葉を背中に受けながら、私は部屋へと戻った。
何故?この言葉をこの短い間に何度考えた事だろう。
快兄には使えるって教えなきゃダメなのに。なんでなの。
部屋で先程と同じ様に力を込めれば、私の体も鞄も先程と同じように空に浮かんでいる。
これを見せればいいだけなのに。
霜花さんのせいではないの?
快兄の前で使う時と今とで何が違うの?
快兄の前でならば影狼を倒す時使えていたじゃない。
皆勘違いしてるけど。
初めて『約束』を破ってまで力を使おうと思ったのに!
指切りを交わしてから初めて人前で力を使おうとしたのに。
『約束』を破ることになってしまったとしても。
『約束』。誰にも力を見せちゃいけないって。
あの日、快兄を嘘付きと呼ばれたあの日。
私と似た力を持っていた、お姉さんと『約束』したんだ。
人に力を見せちゃいけない。二人だけの秘密だよ、と笑うお姉さんと指切りして『約束』したんだ。
何故かゾクリと背中に嫌な冷たさが走った。
あれから人に見せようと思うことも無く、私は平穏に暮らして続けていたけど、もしかして、あの『約束』の所為なの?
誰にも見せちゃいけないという、二人だけの秘密。
あの『約束』の所為なの?
いや、でも、今日快兄の前では一度力を使った筈。
快兄は自分のせいだと勘違いしてるけど。
・・・勘違い?
そうだ、快兄は私が力を使った所なんて見ていない。
自分がやった事だと思っているから。
霜花さんも私ではなく快兄の力だと思い込んでいる。
二人は私が力を使う瞬間を見ていない?
あの場で疑う余地なく、自分が使ったと考える快兄も、霜花さんもおかしかった。
快兄からすれば、今まで知らなかった力なのだから、私がやったと言えば、そうかもしれないと思うぐらいの余地はあった筈。
霜花さんはもっとおかしい。快兄がやったとは言い切れないと言っているのに、私の言葉に対しては頭から否定的だった。
外から見ていただけの霜花さんからすれば、どちらが本当の事をいっているか分からない筈なのに。
私が目の前で力を使えなかった事は確かだけど、快兄だって霜花さんの目の前で何かをしたわけでも無いのに、最初から快兄が全てを引き起こしたと考えていた。
もしかして、そうなの?
あの『約束』の所為でこんな事になっているの?
二人だけの秘密だから誰かの前では力は使えない?
二人だけの秘密だからだから、私が力を使ったと思えないようにしているの?
はっきりそうだとは言いきる事は出来ないけど、この考えが正解に一番近い様な気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます