第5話 可愛い私の言葉は伝わらない。

暗い中で話すのもよくありませんね。と彼女は頭上のシャンデリアの明かりを灯し、口元を覆うマスクを外す。


マスクの下にはスッと高い鼻に、小ぶりな唇。

暗い中では分かりづらかったが、瞳は赤色に見え、どこか西洋の血を引いている様にも見えた。


私ほどではないが、十分整った姿に、快兄は暫し見惚れるようにその顔を見つめている。



快兄の悪い所が出たようだ。


快兄にとって年下や同年代の女性は庇護する対象であるようで、異性としてあまり興味はないようだが、その一方年上の綺麗な女性となれば、驚くほどガードが弱くなるのだ。


鼻を伸ばす快兄を見て、私がしっかりせねばと気合を入れ直す。


兄の様子を見て微笑ましそうな表情を作る女が口を開く、


「まず、お話する前に自己紹介を致しましょうか。お互い呼び名が分からないままでは不便ですし、多少は不安も解かれるのではなくて?」


「ええ。お互い何もわからないままじゃ、信用しろなんて無理な話ですから。」


掛けられた言葉と私の返答に、慌てて伸びたていた鼻を戻し直して快兄も頷く、


「それでは、わたくしから。わたくし、夕太刀(ゆうだち)という組織に所属しております、霜花 氷雨(しもばな ひさめ)と申します。よろしくおねがい致しますわ。」


「俺は朝日 快晴、こっちは妹の秋晴だ。」


「朝日 秋晴です。よろしくお願いします。」


「顔立ちが似ていると思ってるいましたが、やはり兄弟だったのですね。」


「ええ、私と兄は双子なので顔立ちはだいぶ似ていると思います。それ霜花さん急かすようですが、説明お願いできますか?」


「ええ。とはいっても、何から説明いたしましょうか。そうですわね。恐らく貴方達が一番気になっているでしょう、あの化け物についてお話し致しましょう。」


彼女の言葉に私たちが頷くと、霜花さんは言葉を続けた。


「あの化け物。わたくし達はあれを影狼(かげろう)呼んでおります。名前の通り影の様な狼、分かりやすいでしょう?」


いささか安易な名前だなと思いながらも、分かりづらいよりよっぽどマシなのだろうとも思う。


「あの影狼がどんな理由で出現して、どんな生態であるかなど詳しいことは未だあまり分かっておりませんの。以前は唐突に現れ、周囲に被害を与え、痕跡を残さず消えていき、存在を知る者からは災害のようだと思われておりました。」


「でも霜花さんは、その化け物に気付いてあの場所に来たのだろう?」


「ええ、そうですわ。未だ影狼については詳しく分かっておりませんが、出現を察知する事は出来るようになりました。朝日さん、いえ呼び分ける為、名前で呼ばせていただきます。快晴さんが使ったと思われる様な『力』を使って。」


その言葉に快兄は拳を握りながら、


「『力』か。これは一体なんなんだ?というか、あれは本当に俺がやった事なのか?」


「貴方がやったと確実に言う事は出来ません。けれどわたくしの目から見ても、あの場にいた影狼は貴方が殴り飛ばし、その余波で山を削った様に見えました。あの場には、貴方と秋晴さん、そしてわたくししか居らず、状況から考えても、貴方が何らかの力を有しているとわたくしは考えますわ。」


「そうか。やっぱり俺がやったのか。霜花さん、この『力』はどういうものなんだ?」


「すみませんが、詳しい事は影狼と同様あまり分かっておりません。人によって様様な現象が起こりますので。その『力』、わたくし達は御光(ごこう)と呼んでおりますが、影狼はこの御光を持つものを狙いやすい様ですわ。」


「御光か。つまり、今日出た影狼は俺を狙って出たっていうことか?」


「恐らくはそうであると思いますが、断言は出来ませんの。全ての影狼が御光を持つものを狙って出現した訳ではありません。もし御光持ちのみを狙っているならば、わたくし達の組織『夕太刀』は御光持ちが多く所属している為、狙われやすいといえますが、その割合はそれほど高くない。わたくし達は、作為的に影狼が出現しているのではと思っておりますの。」


考えればそうだ。霜花さんの語る事が正しいのであれば、私はこの力、霜花さん達をならえば御光を子供の頃から持って生活してきたが、今日みたいに影狼に襲われた事なんてない。


「理由は分からないにせよ、無事影狼を消す事が出来たのは良かったですわ。おふた方共に、怪我はない様子ですが、影狼に襲われて命を落とす者も少なくはありませんので。」


「確かに。秋晴が無事だったのは良かったと思う。けど俺を狙って影狼が現れた可能性があるなら、巻き込んだのは俺の責任だ。ごめんな、秋晴。」


申し訳無さそうに、私を見つめて頭を下げる快兄。


違う。逆なんだよ。今日巻き込んでしまったのは私のせいかもしれないんだ。快兄が私に謝る事なんて一つもないんだよ。


快兄が負い目を背負う必要なんて無い。


霜花さんの話を信じるとするなら、自分に特別な力があると勘違いしたままでは快兄が危ないかもしれない。


この先、また影狼に狙われないとは言い切れないのだから。


勘違いしたままで、影狼に近づかないと言えるのだろうか?


このまま黙っていてはいけない。


あぁ、なんて私は馬鹿だったんだろう。今日だけ隠れ蓑にさせてもらうなんて自分勝手で情けない。


先の事なんて一つも考えていなかった。


自分が傷つきたくないだけの思いで、快兄を危険な目に合わせようとしていたんだ。


そんな私に快兄が頭を下げる必要なんてないし、守ろうとしなくてもいい。


「違うの、快兄。快兄が謝まる必要なんてないんだよ!

本当は私なの!あの化け物も山も全部やったの私!

変な力を持っていると思われたく無くて、誤魔化していたの。だから、快兄が巻き込んだんじゃない。私が快兄を巻き込んだの。本当にごめんなさい!」


嘘をついていた事が恥ずかしくて、快兄を巻き込んだ事も申し訳なくて、私の瞳からは涙が流れていた。


自分が恥ずかしくて、頭を上げるなんて出来ない。

ごめんなさい。本当にごめんなさい。


暫く私の涙は止まらず、快兄も霜花さんも言葉を発する事は無かった。

どれくらい、泣いていたのだろう。

私の頭に快兄の掌がやさしく、添えられた。


「秋晴。無理に自分のせいにする必要なんてないんだ。

あの時、俺が影狼を殴ったのは間違いない。お前が俺を庇おうとしなくてもいいんだ。気持ちは嬉しいけどな。」


快兄はそう言いながら、優しく私の頭を撫でた。


「お前がそこまで、俺の事を心配してくれているとは思ってなかったんだ。俺も急に御光なんて不思議な力があるって聞いて浮かれすぎてたみたいだ。ごめんな。」


その言葉に流れる涙は止まり、私は顔を上げた。


快兄は困り顔で私の頭を撫で続け、霜花さんは微笑ましいものを見るように私達を眺めていた。


何かおかしい気がする。快兄の勘違いはまだ解けていない。


「違うの!本当に私がやったの!昔から不思議な力が私にはあったの!覚えてない?子供の頃、空を飛べるって言った事。あの頃から私はずっと不思議な力を持ってた!」


「ああ、覚えてるよ。あの頃から秋晴は魔法や超能力に憧れていたもんな。」


「憧れなんかじゃない!本当に私がやったの!」


少し困り顔になりながら、私の頭を撫で続ける快兄。

私が言ってる事は通じていないのだろうか。


「信じてよ!快兄!快兄に御光なんてないの!勘違いしたままだと危ないかも知れない!私がやったんだよ!」


「ごめんな。調子に乗りすぎていたみたいな。お前にここまで心配かけるとは、兄失格だ。」


快兄に私の言葉は届いていないのか、聞く耳持とうとしてはくれない。


おかしい。先程まで快兄も自分がやったかどうか半信半疑だった筈だ。


ここまで言えばすぐには信じられなくとも、少しは考える余地がある筈なのに。


そこまで、自分に不思議な力があると思いたいの?


「霜花さん!さっき、兄がやったとは言い切れないと言っていましたよね?状況から考えれば、兄ではなく私がやった可能性も充分あると思いませんか!?」


私の言葉に、眉尻を下げ霜花さんも困ったような顔を浮かべ、


「そうですわねぇ。確かに快晴さんがやったとは言い切れませんが、わたくしからみて影狼に対峙していたのは快晴さんですし、貴方がやったとは考えづらいですわ。」


「あの時は、私が力を使うのと同時に兄が殴りかかって、吹き飛ばした様に見えただけなんです!霜花さんからすれば、私がやったと考える余地も充分ありえるでしょう!?」


私の言葉に、困りましたわ。と眉間をさすりながら考える霜花さん。


私が言っている事はそんなにおかしな事だろうか。


不思議な力を持っていると信じ込みたい快兄とは違い、彼女からすれば私の話が真実である可能性だって少なからずある筈なのに。


「そうですわ。秋晴さん。貴方が御光を使い影狼を倒したというのならば、今ここで力を使ってみせてくれませんこと?」


彼女の言葉に私は頷く。簡単な事だった。言葉で伝わらないのなら、実際に見せてしまえばいいのだから。


今日は多くの力を使ってしまったとは言え、まだ多少の事なら出来そうだ。


分かりやすいのがいいだろう、快兄が見ても納得してもらえるような。


そうだ、飛ぼう。空を飛んでしまおう。


どんな手品だって、やすやすと空に浮かび上がるなんて出来ないだろうし、見た目にも分かりやすい筈。


私は一人トラックから降り、車内の二人に声をかける。


「快兄、私は言ったよね?空を飛べるって。今から空を飛ぶから、見ていて。そうしたら快兄も信じてくれるよね?」


いいながら、私はいつも通り全身に優しく力を込める。


力を込めすぎれば、急に浮かび過ぎて大変な事になるのを何度も経験したのだ。


いつも通り、ふわりと浮かぶだけでいい。


そう、浮かぶだけでいいのに、どうして?いつも同じなのに、体が浮かない。


力が全身を覆っているのは感じる事が出来るのに、体は浮かない。


力を込め無さ過ぎた?更に力を込める。

残っていると感じられる全ての力で全身を覆う。


それでも、飛べない。

なんで!?

こんな事、子供の頃から一回だって無かった筈なのに。


暫く様子を見ていた快兄は、


「いいんだ、秋晴。そこまでしてくれなくても。お前が俺を庇う気持ちは充分伝わったよ。」


優しく私を見つめる。


「違うの!いつもならもう飛べてるの!何か、おかしいんだよ!」


「大丈夫だ、秋晴。不思議な力なんて無くてもお前は俺の大事な妹だ。ここまで、気を使わせてしまうなんて、本当に俺、浮かれ過ぎてたんだな。」


ごめんな。と申し訳無さそうに頭を下げる快兄。

霜花さんも、


「お兄様思いの妹さんですわねぇ。大丈夫、貴方のお兄様を危険な目には合わせませんわ。」


と優しく私を見つめる。


おかしい、力が使えないなんて事今まで一度も無かったのに、何故今なの?


いつもと何が違うの?影狼?いや、霜花さん?


彼女の御光の力なの?


霜花さんがそうする理由は分からないけど、それが答えに一番近く思えた。


「霜花さん。貴方がやっているの?私の力を使えなくしているのは貴方なの?」


私の言葉に驚いた様子の彼女は、首を振りながら


「わたくしの御光はもっと別のものですわ。その事も、お兄様の事についても貴方を交えてしっかりとお話致します。もう、これ以上お兄様を庇おうとしなくても大丈夫ですのよ。」


と駄々をこねる子供を諭すように私に語りかける。


「秋晴。俺もあまり浮かれずきちんと考えるから、霜花さんに変な勘繰りをするのはよせ。心配ならお前が側についていてくれれば良い。だから、もうこんな嘘は付かなくて良いんだ。」


違う!と声を上げようと思ったが、口からその言葉が飛び出す前に私は飲み込んだ。


もう今何を言っても、信じてはもらえないように思えてしまったのだ。

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