第2話 兄は中二病

兄がせっかく作ってくれた夕食を残してしまうのも忍びなく、意地でもって平らげて、洗い物をして部屋に戻った私は、上着を羽織りコンビニに向かう事にした。


美容の事を考えれば褒めらたことではないが、今日ぐらいは許されるであろう。


スイーツを口にするのだ。プリン、ケーキ、シュークリーム。なんでも良い。


このまま辛いまま一日を終えてしまう事が嫌だった。


何か一つでも良いことを、と考えた私の答えはお手軽に幸せ気分が味わえるコンビニスイーツだった。



「ありあとござっしたー。」


と適当な返事を背に受けて、私は手ぶらでコンビニを後にした。


なんてことはない、財布を忘れたのだ。


厄日とはここまでの物なのか。


確かに財布を忘れたのは私が悪いけど、なんて仕打ちなんだろう。



ウキウキ気分で選んだスイーツを手に取り、レジで財布が無いことにつ気づいた瞬間の絶望はなんと言い表せばいいのだろうか。


レジの男は恐らく、お金が無いなら援助しちゃうぞー、などと私の事を卑猥な目で見ていただろう。

汚らわしい!

兄のエロ本の中の女達の様に、私は安くないのだ。



足取りは重くトボトボと家路に帰る私の背にゾクリと悪寒が走った。




街灯は、点々とあるものの人の気配はしない。




足音もしなければ、妙にジトっとした空気が頬を撫でるだけだ。




ただただ嫌な気配が近づいて来るのを感じる。




走って立ち去ろう。


そう判断した私が、その場を駆けだそうとした瞬間、遠くから足音が聞こえた。




徐々に近づいてくるその足音に身を構えていると、聞きなれた声がした。




「おーい!秋晴!忘れ物してるぞー!!」




近づいてくる声の主は快兄だった。


ホッと、気を緩ませた私が身構えるのを解き、兄に近づこうとした瞬間、




私たちの間に、真っ黒な狼の様なものが降り立った。




身長180cmの兄をも超えるその姿は異形と呼ぶ他ない。


息荒く、私を睨むその顔からは、ヘドロの様な真っ黒なものがボタボタと涎の様に、強烈な異臭を漂わせながら落ちている。


よく見れば、その涎は地面をジュウジュウと溶かしていた。


逃げなければいけない筈なのに、なぜだか冷静にその異形を観察していた私に、




「逃げろ!!秋晴!!」




快兄の声が飛んだ。ハッと我に返り、その声で駆けだした私の先に、音もなくまた異形の狼は立ちふさがった。


その巨体は先程と同様に私の体を睨み、姿勢を低くする。

獲物に飛びかかる前の獣のようで、逃げる事なんてできないのかも知れない。


私の脳裏にそんな言葉が走った。


私は覚悟を決め異形の顔を睨む。



私には不思議な力があった。小さいころは、それは当たり前で、誰もが同じように持っていると思っていた。


スプーンだって曲げれるし、隣の部屋だって覗けるし、トイレまでだって一瞬でいけちゃう。


みんなが使えるけど、みんなが只使っていないだけだとそう思っていた。


兄に否定されるまでは。




「かいにぃ、かいにぃ、わたしさいきんすこしそらをとべるようになったの。かいにぃはなにができるようになった?」




多分深く考える事もなく聞いたんだと思う。みんな力については喋らないし、良くない事なんだろうけど快兄となら大丈夫だろう。そんな考えだったのだ。




「あきばアニメのちからはおはなしのなかだけだぞ。あんまりへんなウソついちゃだめだぞ。オオカミしょうねんみたいになっちゃうぞ。」




子供の頃からしっかり「お兄ちゃん」だった快兄に諭すように言われた私は、嘘つきじゃないと駄々を捏ねる訳でもなく、あぁこの力はおかしなものなんだと納得してしまった。


子供ながらに誰も力を使わない事がずっと不思議だったけれど、あんまり人の前で使うものではないのかな?くらいに考えていたと思う。


使えないから使わない。全然不思議でもなんでもなかった。


それでも快兄と一緒じゃ無くなってしまう事はだけは凄く悲かった。



「その」日から私は、力を隠すように生きてきた。『約束』したのだ。兄に変な目で見られることも、オオカミ少年になる事も、仲間外れになる事もいやだったのだ。


人生平穏が一番。変な力なんてなくても、私は可愛いし、優しい家族がいるし、友達もいるし、不満なんて一つもなかった。


たまにくしゃみのように力が溢れだしそうになるけど、我慢すればなんてことはなかった。


たまに発散する為に、夜中に空を飛んで、海を真っ二つにすることはあったけど。




だから今日は厄日なのだ。ずっと隠し続けてきた力を使うしかなんだから。




右手に、海を割った時よりも強く力を込めて、異形の前に掲げる。


この異形がどれだけ頑丈かなんてわからないし、辺りのことなんて考えていられない。


死にたくない、快兄も殺させない。手加減なんてしていられない。




私が異形にむかって力を放つ、


その瞬間、


快兄が異形に殴り掛かっていた、




「秋晴からはなれろ!!」




そう兄が殴りかかるのと同時私は力を解き放っていた。


双子のなせる妙技なのか、目には見えない力は、兄が異形を吹き飛ばしているように見せていた。


遠くに見える山も巻き込んで。


異形は煙のようにその場から消えてしまっていた。




殴りかかった先の異形は消え、視線の先には抉れた山。


何が起こったのか分からないないように佇む兄からぽつりと声が聞こえた。




「俺に、こんな力が?」




イケメンで優しい兄は中二病でもあったことを、私は「その」日知ることになった。



今日は本当に厄日だ!

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