第13話

Cap012


「だから、あくまで忠実に再現しておるって!」

「忠実に再現して“漏れてヤバイもん“って何なんですか!?」

「そりゃ〜…あっ、講義の時間だ」

「待てと言うに」

 

 博士は、そそくさと部屋を出ようとする。

「何!?ワシの講義を沢山の若者が待っとると言うのに何を邪魔をする。あっ、アトム。アトムはテレビでも見てなさい。それじゃ、来年には戻りますので…ん?進まん、前に進まんぞ!?」

僕はしっかりと博士の襟首を掴み、現状の責任を“全被せ”されぬ様、必死に博士の進行を阻止した。


「くっ、くっ!死んでしまうわ!!」

「博士の講義は年中、無観客試合でしょうが!」


 無観客試合であり、突然の試合中止である。

ピロティの掲示板に張り出せる休校通知の常習犯である博士が、自ら進んで授業に向かうはずは無い。

「ぐぬぬ、死にかけてる人間に、言うてくれるじゃないか」

「言うも、何も。事実じゃないですか」

「おぅ、おぅ、おぅ。そうか、そうか。アトム、お尻をあいつに向けなさい」

その言葉に、テレビを付け椅子に座っていたアトムは

「こうですか?博士」

と立ち上がり、僕の方にお尻を突き出した。


“ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダ!”


音よりも早く、僕の頭上の壁や、蛍光灯。掛けてあった時計は何かの衝撃で木っ端微塵になり、僕の頭に降り注いだ。

さすがに、まずいと思っても僕には、身動きがひとつ出来やしなかった。


「…それ、何なんですか!?」

「マシンガンに決まってるじゃろうが!忠実に再現したと言うとろうに!お尻にはマシンガン!足にジェットエンジン!そして、10万馬力の原子力モーターじゃ!」

「その放射能が漏れとんだろうが!!」


 悪気のない悪者ほど、タチの悪いものはない。

分かってやっている悪党になら“正義”で立ち向かえばよい。しかし、“悪”自体を理解できない悪党に“正義”が理解できるわけもなく、正に『馬の耳に念仏』『犬に論語』『イケイケなギャルに瀬戸内寂聴』である。


「善悪を見分ける電子頭脳。60か国語を話せる人工声帯。聴力は1千倍で、涙の出るサーチライトの目。足はジェットエンジンで、鼻はアンテナ。なっ、すごいじゃろ?崇めろ、ワシを」

「“なっ、すごいじゃろ”じゃ、ないですよ」

「他にも諸々詰まっておるが、基本はこんな感じ。忠実〜ぅ!」


「忠実ですが、セーフィティがガバガバですよ。放射能が漏れてたら、シャレにならないですって」

「何を言うか!ちゃんと人工皮膚で覆っとるわい!」

「信用できませんね」

「ほら、『人工皮膚はケブラー繊維とカーボンファイバーを織り込んで』って書いとるじゃ…」


“パコん!”


「何すんじゃい!人の頭をハエを叩くようにドヤしよってからに!」

「なんで、情報ソースがウィキペディアなんですか!?」

「そんなイチイチ、文献なんて調べる時間ないじゃろうが!」

「十分、暇でしょうが!」


「とにかく調べてください」

「うっさいのぅ。ちょっと待っとれ」

そう言うと、博士は物置を漁りにあさり、ひとつの箱を持ってきた。

「なんです、それ」

「ガイガーカウンター」

「…何でもあるんですね」

「昔、放射性物質で、もやしを一気に成長させようとテストした時のやつじゃ」

「基本的に、マッドなんですよ。だから…」

「育ったぞ。色々と…まぁ、育ったゴキブリに、食い殺されそうになって止めたが。これで、よし」


 博士は、本体から伸びるセンサーを片手に持ち、反対側の手で本体の取手を持つとアトムに近づいた。

「アトム。ちょっと、こっちに」

 アトムが博士の向けたセンサーに近づくと、博士は本体の針に目をやる。


「…さっ!食堂でご飯食べてこよ」

「絶対、振り切ってんでしょうが!」

「だって、書いてたんだもん!」

「信じる所を間違っとると、言うとろうが!」


僕たち罵り合いが小屋に響き渡る。

“バシューン!”

 次の瞬間、僕たちの頭の上から何かよくわかない。でも、確実に汚れた液体が降り注いだ。その衝撃と音に僕たちは唖然とし、ゆっくりと、その音の先を見る。すると、そこには左腕のアームキャノンをぶっ放したアトムが、自分の放った武器の威力に呆然とし、立っていた。


“ドスッ!”


 時間差で、博士の頭には、黒い何か細長い塊が落ちてきた。

それは、明らかに異常に成長した昆虫の脚だった。唖然としながら、博士は、それを床から拾い上げる。床も、博士も、謎の液体でベチョベチョになっている。


「アンソニー!」


そこから先は、明確には覚えていない。

ただ、博士がどうにか手懐けた、その後。突如、行方を眩ませた巨大ゴキブリ。そして、その恩をスッカリと忘れ、博士を頭上から食べようと襲い掛かり、無念、1体のロボットに成敗された”アンソニー“という生き物の講釈を博士から聞かされ、僕は胃の中の物を全て“吐きに、吐き倒した”だけである。

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