第3話
捌緋の頼まれたおつかいとは、物語が綴った歴史を保管しに行くことだ。
世界が崩壊してから、特筆する程の奇怪的事件が少ない為、以前程の量はないというのだが、やはり毎日の記録という膨大な量の紙媒体は生活にも仕事にも悪影響を及ぼしまくっている。
綴じているファイルにはひびが走り、耐久性はとうの昔に失われている。そのファイルに入り切らなくなって、残念ながら積み上げられた紙の塔に常に気を遣いながら歩く毎日。まるで何かの賭け事のように妙な緊張感。
流石の物語でも我慢が出来なくなると、スーツケース(のようなもの)に記録をぶち込んで、捌緋に持たせる。
それを捌緋は、
捌緋は、蔵人所を目指しのんびり車椅子を漕いでいた。右手で車輪を回し、左手でスーツケースを引っ張る。意外と筋力と神経を使う動きを繰り返しながら、ゆっくりと進む。
荒んだ東京の街。散ったままの瓦礫。人の気配はない。桜は散ったか、木が腐ったかのどちらか。
崩壊を招いた感染症は、生きる者全てを腐らせた。その名残は、勿論植物にも痛々しく遺されている。
空は澱みを含んだ濃い曇り。
雨の気配が鼻をくすぐるが、生憎傘を持っていない。
そもそも捌緋は、原型を留めた傘がどのようなものかを見たことがないのだが。
思案と一定の動きを繰り返しながら、着々と目的地に近づいていく。
捌緋は、微妙な違和感を感じていた。
崩壊最終日に比較的人が少なかったこの辺りには、生き残った人々が体温を寄せあって暮らしているはずだ。
(この静けさは、なんなんだろうか...)
人の気配が全く感じられない。
捌緋は、不安と不信感を抱かずにはいられなかった。
微弱な波の胸騒ぎは、いつまでもその小さな動きを保ったままだ。
不安を感じつつ、捌緋は橋に車輪をかける。
大きくて真っ黒な門が徐々に近づいてくる。そうして、門の前に佇む青年も、段々視界に入ってきた。
車輪と石が触れ合って、不似合いで歪な音を立てている。
捌緋が青年に近づくと、青年は深く頭を下げた。ほんの少し長い藍色の髪が、はらりと音を立てた。スーツと謎の文様が描かれた面は、何時みたって不似合いである。
捌緋は少し口角を上げ、なるべく晴れやかな顔で、なるべく晴れやかな声で挨拶をする。
「こんにちは、司書さん」
「お久しぶりで御座います、捌緋さん。」
彼はいつも通り、優しさが深くに根付いた声を発した。捌緋がこの声を聞くのは、およそ三ヶ月ぶりである。
「さあ、行きましょうか。」
その呼び掛けに頷き、捌緋は目を閉じた。
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