第151話 ラピストリを超えるもの②

 ちゃんと確認をしたことはないが、他人のステータスを見ることができるのはたぶん俺だけだ。と言っても異世界モノの漫画や小説ではよくある話で、大して気にもしてこなかった。

 ただ、この世界の住人はそんなことを想像もしておらず、こいつのように驚くような事なのだろう。


 俺がステータスを見ることができるのか、否定も肯定もせず沈黙していると、エイブラムは言葉を続けた。


「私はレベルの話はしたが、亜神とは言っていない。ステータスが見えなければ…………そんな言葉は出てこないはずだ!」


 エイブラムは、ステータスが見えていることにこだわっているようだ。


「見えたから何だ?」


「やはり……見えるのか……?」

 エイブラムが観察するように俺の全身に視線を這わせてくる。

 今更ながら、俺が何者か確認でもしているのだろうか。


「その姿、まさかとは思ったが、ハーフ魔族というのは偽りだったのか……? 神話に出てくる魔王を超える存在、魔神が他者のステータスを見抜く魔眼を持つと聞くが…………。言い伝えでは、それは世界に厄災をもたらす眼」


「厄災?」

 何だか嫌な言葉だ……。


「魔神ではないにしても、貴様の眼がそれだというなら…………この世界に存在して良いものではない!!」


 エイブラムが強い憎しみを再び俺へ向けてきた。


 なんだよ急に。俺は魔神なんかじゃない。種族にはちゃんとハーフ魔族と書いてある。

 この眼だって、異世界転生すればだいたいの奴が持ってるじゃないか。世界に厄災をもたらすような、大層なシロモノじゃない。


 《この世界に存在して良いものではない》


 エイブラムのその言葉に俺は動揺していた。

 ずっと、そんなことはないと自分に言い聞かせてきた。なのに、やっぱりお前は世界の異物で、居てはいけないのだ、と改めて思い知らされた気がした。


 ディーナやエルキュールやジャスティン達が俺を受け入れてくれている。

 そんな心の支えが、大きく揺さぶられた。


「勇者や魔王より――――私が滅ぼすべき相手は、貴様だ!!」

 エイブラムが黒い翼を広げ飛び立った。


 滅ぼすべき相手?

 俺は英雄エルキュールや勇者の子ジャスティンとは違う。この世界の端でひっそりと生きていきたいだけの、ただの脇役だ。

 英雄や勇者と敵対する主要キャラのお前に、直接敵視される覚えはない。


 俺は空で羽ばたくエイブラムを目で追った。

 このままどこかへ飛び去っていかれると逃がしてしまうことになるのだが、今度は俺の思考が停止してしまったのか、身動きせずジッと見ていた。


 するとエイブラムは俺のほぼ真上で止まった。


「災いをもたらすバケモノめ! 私の力、この場で使い切ってでも貴様を消滅させてみせる!!」

 両掌を上空へ掲げると、黒い球体がエイブラムの頭上に現れた。


「はああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」


 咆哮のようなエイブラムの声と同時に、奴の身体からその球体へ力が流れ込んでいくのを感じた。禁呪の、あの禍々まがまがしい力だ。


「貴様だけはっ! 貴様だけはぁぁぁー!!!」


 悪魔のような形相をするエイブラム。

 この眼を持っているだけで、そんなにも存在が許せないのだろうか。


 世界に災いをもたらす眼か。

 なんだかどちらが正義なのか分からなくなってきた。


 それでも俺は滅ぼされるつもりはない。

 もちろん俺を傷つけることすら出来ないだろうが、それよりもあの球体の力、神殿どころか、この辺一帯を吹き飛ばすほどの力があるように感じる。

 このまま受けるわけにはいかないのだ。


 黒い球体はどんどん膨れ上がっていった。

 ブラックホールのように光を一切通さず、まるで空に開いた地獄への門のようだ。


 俺を滅ぼすためにあんなモノを作り出したのだと思うと、何とも言えない切なさを感じてくる。

 球体の大きさが、俺への憎悪や嫌悪感に比例している気がした。


 エイブラムは、もう言葉を交わす気はないようだ。

 ならば俺も力づくで止めるしかなかった。


「降参はしないってことでいいんだな?」


「ほざけ、バケモノが! 貴様の存在は決して認めん! この世界に貴様の居場所なぞ――――ない!!」

 黒い球体を俺へ向けて投げつけてきた。


 とんでもない力だが、俺だけなら何事もなく済むだろう。

 しかし周りの被害を考えると、そういう問題ではない。俺の後ろにはエルキュールやジャスティン達がいる。

 俺の存在意義どうこうの前に、黒い球体を消し去る必要があるのだ。


 俺は人差し指を空へ向けた。

 俺が攻撃することは、もうないだろうと思っていた。何をやっても必要以上に周りを巻き込み、どんな結果になるか分からないからだ。


 だけど今はこうするしかない。

 幸い、何がどれだけ起こるか分かっている攻撃が二つあった。


 一つはスライムへ使った殴る攻撃。

 軽く殴るだけで爆発的な衝撃が起こり、地面がクレーターのようにえぐれた。

 それではあの黒い球体を完璧に止めることはできない。むしろ爆発を誘発するだけだろう。


 もう一つは、古代竜ジオルドラードへの攻撃。

 あの戦いは今でも後悔している。この世界に来たばかりで、自分の行動がどういう影響を及ぼすのか考えもしなかった。

 それが、たった一回の初級魔法で取り返しのつかない結果を引き起こしてしまったのだ。

 それは自分のしでかした重大さに、後々気づかされることになったのだが、唯一の収穫があったとするなら、魔法を使う結果がどうなるかを知ることができたことだった。


 なあ、エイブラム。今度は後悔しないぜ。

 俺は自分の意志で魔法を使わせてもらうよ。


「マジックミサイル」


 魔法を唱えると、巨大な光の柱が天を貫いた。

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