第147話 神殿内部⑯

「ゲオっち、ボクからも頼むよ!」

 エルキュールも俺に言い寄ってきた。


 ジャスティンもエルキュールも、まるで買い物でも頼むようなノリで言ってくるが、本当に理解しているのだろうか。


 相手は禁呪と言われる古代文明の魔法を解明した、世界最高クラスの魔導士。たとえ壁を通り抜けることができても、簡単に捕まえられるものではない。

 普通に考えればかなり困難なのだが、二人は俺ができると信じて疑わないようだった。


「分かりました、ここは俺に任せてください」

 俺は期待を裏切らない返事をした。


 断り切れなかった、というわけではない。

 信頼されることが、その信頼を裏切らないで済む自分の能力が嬉しかった。


 この世界に来て、全てに嫌われるこの姿と、何にも役に立たないこの能力が、ずっと嫌で仕方なかった。

 しかし最近は、こんな俺を受け入れる人たちがいる、こんな能力でも役立てることがある、それが分かってきたのだ。


「おっさんが行ってくれるなら安心だな! 任せたぜ!」

 ジャスティンが拳を俺の太もも辺りに軽く当てて言った。


「いくらゲオっちでも、相手は何をしてくるか分からない。できれば捕まえるべきだけど、危険な時はそれ以外の選択肢も考えてみて」

 エルキュールは信頼もしてくれるが、心配もしてくれているようだ。


「はい、俺にどこまでできるか分かりませんが、できる限り頑張ります」

 俺は二人を見て言った。


 それから辺りを見回すと、皆がストーンゴーレムと戦闘しているのが見える。

 まだまだ大量に残っているが、ここは皆に任せればいいだろう。俺は俺のなすべきことをやるだけだ。


「あんた、これを壁抜けで通れるって言うのかい?」

 マリーが不思議そうに俺を見る。


 彼女は、普通の壁抜けスキルでは通り抜けられないことを、分かっていそうだ。


「はい、俺なら通れると思います」


「そうかい……もしそこまでの能力があるなら、確かにあんな魔導士を捕まえることも簡単に……。本来ならこれは勇者の仕事。私がどうにかしないといけないような事だけど、ここはあんたに任せるよ。ゲオとやら、頼んだよ」


 マリーが俺の背中を軽く叩いた。

 まさか勇者に任せると言われるとは。


「なんだよ母ちゃん。おっさんのこと疑ってたのかよ! おっさんなら大丈夫に決まってんだろ、なっ!」


「はい、すぐエイブラムを連れてきますので、待っててください!」


 俺は親指を立てるジャスティンに同じ動作で応えると、壁抜けスキルを使い扉を通り抜けた。




 扉を抜ける瞬間、あの禁呪の嫌な感覚に襲われた。

 やはり禁呪、つまりラピストリ文明の力で扉は閉ざされていたようだ。

 俺の耳でも、もうジャスティン達の音は何一つ聞こえない。


 目の前を見ると、見上げるほど長い登り階段が続いていた。

 神殿に入ってからだいぶ降りていたので、地上へ続いているのだろうか。


 ここも照明らしきものが見当たらないが、何故か明るくなっている。

 壁そのものが発光しているのかもしれない。


 肝心のエイブラムは見当たらなかった。

 だいぶ登っていったのだろうが、耳を澄ますと奴の息遣いが聞こえるので、そう遠くまでは行ってなさそうだ。

 この音を辿っていけば、逃がすことはないはずだ。


 俺は一歩ずつ階段を登り始めた。

 本当はダッシュで追いかけたい気分だが、張りきり過ぎて周りを壊したら大変だ。


 なので普段どおり力加減を意識しながら階段を登る。と言っても一歩で何段も飛ばしているので、奴よりは早く登っているだろう。

 その証拠に、息遣いが段々と近づいてきている。距離が縮まっているようだ。


 止まった?


 少しすると、エイブラムが立ち止まったように感じた。音の位置が動いていない。

 ただ休憩しているってわけでもなさそうだ。彼の周りから風の音も聞こえてくる。

 外に出たのかもしれない。


 俺は、エイブラムが動いていないことを確認しながら、そのまま登っていった。

 逃げる気はなさそうだ。いや、むしろ、奴の捨て台詞を考えると、まだ何か企んでいる可能性もある。


 だが何を企んでいようと、もう関係ない。

 任されたのだ。託されたのだ。何があろうと俺が解決してみせる。

 俺は強い覚悟を持って、エイブラムに追いついた。


 抜け出たところは、目に飛び込んだ景色からすると随分と高い場所。突入する前、神殿の向こう側に見えた山の頂上だろうか。思ったより登っていた。


 そこは人工的に平らに舗装され、床は大理石のような素材になっていた。

 表面には幾何学模様が施されており、どこか宮殿の応接間にでも通された気分だ。


 ただ、それ以外は何もない。家具や装飾品はもちろん、何一つ段差もない。

 綺麗に真っ平になっただけの中心に、エイブラムの姿があった。

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