第144話 神殿内部⑬

「くそがぁぁぁっ!」

 古代ゴーレムの強力な一撃でジャスティンは殴り飛ばされたが、すぐに立ち上がり向かっていく。


「相変わらず無駄なことが好きですねえ」

 エイブラムからは、先ほどまで見せていた苛立ちは消えていた。


 反対にジャスティンから焦りが見え始めている。

 攻撃をかわす足は重く、あれだけ使いこなしていた二本の剣に振り回されるような動き。

 蓄積された疲労は誰の目にも明らかで、三回攻撃をすれば一回は攻撃を受けるようになっていた。


 もう、あとはジリ貧。

 俺が一旦ゴーレムを引き受ける必要がありそうだ。


「ジャスティンと交代してきます」

 俺は一歩前に出た。


「待つんだ、ゲオっち!」

 俺の手をグッと強く掴んだのはエルキュールだった。


「エルキュールさん……?」


「見届けるんだ! これはジャスティンの戦い。ボクらの出来ることは、最後までジャスティンを信じて見届けることだよ!」


 エルキュールの真剣な眼差しに、俺はどうしていいか分からなくなった。

 ステータスの数字を見ている限り、状況は悪くなる一方だ。このままにしていれば結果は明らか。


 そのはずなのに、エルキュールの言う通り信じて見届けるべきだと感じていた。

 それはきっと、それが正しいということではなく、俺がそうしたいからだった。ジャスティンを信じ見届ける、俺がそうしたいのだと。


 俺は踏み出した一歩を元に戻し、見届ける覚悟を決めた。


「うおぉぉぉぉっ!!」


 俺たちの思いを力に代えるように、ジャスティンはがむしゃらに戦い続ける。

 倒されても倒されても立ち上がり、諦めることなく何度も向かっていく。


 心奪われるとはこういうことだった。

 俺はジャスティンのひたむきな戦う姿に、いつの間にか息を忘れるほど釘付けになっていた。


 美しいわけではない。

 格好いいわけでもない。

 それでも彼の戦いは、人を惹きつける何かがあった。



 しかし、現実は無情にもそんなことなど無視するように進んでいった。

 時間を追うごとにジャスティンのHPは減り、動きは鈍くなっていく。

 最後はもう、ほとんど一方的に攻撃を受けるだけの状態だった。


「諦めの悪いあなたでも、ここまでくれば自覚したでしょう。勇者の子よ、あなたの負けです。ヒィーーーヒッヒッヒッヒ!」

 エイブラムが高らかに笑う。


「ま……だ……ま…………だ…………」


 それでもジャスティンは立ち上がろうとするが、床に倒れ込み意識が途切れたようだった。

 HPを見ると残り10ちょっと。あと一撃でも喰らえばゼロになるだろう。


「やっと力尽きましか! あなたには驚かされてばかりでしたが、ここで会えたのはある意味運がいい! 勇者と魔王さえ倒せば、ラピストリ文明の力に対抗できる者はいなくなるはずでしたが、まさかこんな子に脅かされるとは思ってもいませんでした! ここで芽を摘めたのは幸いでしたね!! ヒィーーーヒッヒッヒッヒ!」


 見届けると言っても限界がある。

 ジャスティンを殺させるわけにはいかない。古代ゴーレムがまだ攻撃を続けるなら、俺はすぐにでも割って入る。さすがにエルキュールでももう止めないだろう。


 どうなるか分からなくても、いざとなれば俺の魔法でジャスティンを回復させることも、考慮に入れることにした。


 周囲を確認すると、メイベルはマリーの回復を続けている。HPはまだ三分の一も戻ってない。ゲームのように一瞬で回復はしないようだ。ここは任せるしかない。

 エルキュールは剣の柄を握っている。俺と同じで、手遅れになる前に割って入るつもりなのだろう。


 他の者は呆然と立っているだけに見えた。

 もう自分たちに出来ることはないと理解しているのか。事の成り行きを見守るだけの存在になっていた。


 一方、古代ゴーレムは動きを停止していた。勝利を確信したエイブラムから、最後の命令がくるのを待っているようだ。

 俺は、いつでも動けるよう構えながら、エイブラムの挙動を注視した。


「さてさて、勇者の子はあと一発で終わるでしょう。回復の追いつかない今の勇者では、私の古代ゴーレムには敵いません。あとはゴミクズばかりで論外。ヒッヒッヒ……、ヒッヒッヒ……、ヒィーーーヒッヒッヒッヒ!」


 エイブラムは狂ったように笑いながら、古代ゴーレムを下がらせると、ジャスティンの前まで歩み出てきた。

 自らの手でジャスティンのとどめを刺そうとでもいうのか。俺は最大限にエイブラムの動きを警戒した。


 エイブラムはジャスティンを見下ろすと、嬉しそうに言った。

「あなたを始末したら次は勇者。もちろん残りのゴミクズもすぐに片付けます。そして……私の大掃除が始まるのです! この力を使い魔族を滅ぼし、世界中にはびこる人間以外の種族を全て滅ぼすのです!!」


「…………せねえ」

 気絶したはずのジャスティンが声を出した。


「ん? ……何か言いましたか?」


「そんなことは……させねえって言ったんだ!」


 戦う力など残っていないジャスティンが、必死に立ち上がろうとしている。

 ジャスティンは諦めることを知らない。意識がある限りきっと戦い続けるだろう。


 もう見ていられない。誰もが彼の戦いを止めるべきだと思ったはずだ。

 ここで止めても責めるものはいないし、ジャスティンはよくやった。結果が出ているこの戦いを、これ以上続ける必要はないのだ。


 あとは俺に任せてくれ。


 誰に止められようと、俺はもう覚悟を決めていた。

 あとで本人に怒られるかもしれないが、何が何でもジャスティンを救う。


 そう思った瞬間、俺は不思議な現象に気づいた。

 回復魔法をかけられているわけでもないのに、ジャスティンの残りHPが大幅に増えていた。

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