第143話 神殿内部⑫

「この……剣を……?」

 オリヴァーはジャスティンの言葉に戸惑っている。


「ああ、そうだ。その剣で、俺があれをぶっ倒す。任せてくれ」


「ジャスティン……まさか君は私の代わりに……」


 オリヴァーは目をつぶり大きく息を吸うと、少し沈黙を置いてから持っている剣の柄をジャスティンへ向け言った。

「君は……正真正銘、勇者の子だな」


 ジャスティンは軽く笑顔で答えると、黙ったまま聖剣エバーディーンを掴んだ。


「その剣を使いますか……。それに、剣を二本持てば強くなれるとでも思っているのでしょうかね。まあいいです。魔族の血が混ざった勇者の子よ、あなたの正義、見せてもらいましょう」

 エイブラムは不思議と二人のやりとりを最後まで見届けると、静かにそう言った。


「ああ、見せてやるよ、魔法使いのおっさん! てめえのお気に入りの人形は、俺がぶっ壊す!!」


 ジャスティンが二本の剣を装備したままゴーレムへ向かって駆け出した。

 既にメイベルの補助魔法によって能力が大幅に上昇しているが、左手に持った聖剣が輝きだすと更に上昇する。


「くらええええぇぇぇぇぇっっっっ!!」


 ジャスティンはオリヴァーの攻撃位置と同じ場所へ二本の剣を叩きつけた。

 すると、ズシンと古代ゴーレムが片膝を着き、振動が床を伝わる。


「なんですと?!」

 エイブラムは少し喰い込んだ剣を見て、眉間にしわを寄せた。


「どうだ! 効いてるみたいだぜ!」


「な、生意気な! わざと受けてあげているというのに! もう手加減はしません!!」


「いらねえよ! そんなもん!!」


 ジャスティンは古代ゴーレムへ何度も攻撃を仕掛けた。

 二本の剣で突き刺し、斬りつける。まるで最初から二刀流だったかのような無駄のない動きだ。


「おらぁぁぁ!! はぁぁぁぁぁっ!!」


 ジャスティンの攻撃は、一撃一撃で500ずつ程度のダメージを与えている。

 彼のステータスを見ると、レベルが上がっているわけではないのでHPはそのままだが、攻撃力防御力は古代ゴーレムとほぼ同じだ。


「なっ?! なっ?! これが勇者の血とでも言うのですか……!? 私のゴーレムがここまで押されるとは……」


「でけえだけでノロマなんだよ! 待ってろ! こいつを壊したら、すぐてめえのとこまで行ってぶん殴ってやるからな!!」


「いちいち腹の立つ子ですね……。あなたも間違いなく始末すべき相手のようです」

 エイブラムはあからさまに不快な表情を浮かべる。


 それから、激しい戦闘が続いた。


 レベル100を超える戦いは、英雄エルキュールさえ凌駕する領域。

 ジャスティンの声以外は剣と古代ゴーレムの衝突音だけが響く中、皆、身動き一つせず息を潜めて戦闘を見守った。


 俺たちは、新しい英雄の誕生を見ているのかもしれない。


 誰かがそう言った気がした。いや、もしかしたら頭の中で浮かんだだけかもしれない。

 どちらにしてもその言葉は、皆のために戦うジャスティンを正に表していた。


 魔王と勇者の子。

 この世界で究極の運命を背負わされている彼は、それを重荷と感じることもなく、当たり前のようにその役割をまっとうするだろう。

 俺は、これからも綴られるジャスティンの物語に立ち会えたことを、嬉しくも誇りに思いながら、目の前の戦いを見届けていた。



「ゲオっち。様子がおかしくないかい?」

 ジャスティンと古代ゴーレムの戦いが続く中、エルキュールが俺に近づいてきた。


 戦闘は想像より長引いていた。

 一見してジャスティンが相手を圧倒しているように思えるが、古代ゴーレムには表情がなく、疲れを読み取れない。

 反対に、一方的に攻撃しているジャスティンには疲労が現れてきた。

 そのため、どれだけ優勢なのか分かりづらいのも事実だ。


 しかし、エルキュールはそれ以外の何かを感じ取っているようだ。

 HPが見える俺には、その何かを戦闘の途中から気づいていた。


「このままでは、ジャスティンは負けるかもしれません」


「どういうことだい、ゲオっち?」


「たしかにジャスティンの能力は古代ゴーレムと互角ですし、彼の攻撃は十分ダメージを与えています」


「ならどうして?」


「……古代ゴーレムは、戦闘中にHPが自動回復しているようです」


「なんだって!?」


 たぶん場所が悪かったのだろう。ここは元々古代魔法の魔法陣が刻まれた生贄の間。生命力を奪う機能は俺が壊したが、完全に破壊されたわけではない。

 古代ゴーレムへ何かが流れ込みHPが回復し続けているようだった。


「そろそろ気づいてきましたか? ヒィーーーヒッヒッヒッヒ!」

 エイブラムがしたり顔で、いつものカンに障る笑い声を発する。


「くっ、くそ。こいつ……どんだけHPがありやがるんだ!」

 ジャスティンも、いくら攻撃しても倒し切れない違和感に気づきだしていた。


「古代ゴーレム相手にこれほどの戦いをするなんてさすがに驚きましたが、勝敗は見えたようですね。勇者の子よ、あなたでは古代ゴーレムに勝てません!」


「なんだと……ふざけんな!!」

 ジャスティンは二本の剣で斬りつけた。


 ダメージはちゃんと500近く与えている。

 それでもエイブラムの言葉は正しいと俺は分かっていた。


 戦闘が始まったころは、少しずつだがゴーレムのHPを減らし半分近くまで追い込んでいた。だが途中からジャスティンに疲労が見え攻撃の手が緩むと、与えるダメージより回復が上回っていたのだ。

 今はもう、ほぼ満タンまでHPは戻っていた。


 古代ゴーレムはほとんど戦闘開始の状態。

 対するジャスティンは、HPは減っていないものの、極度に疲労がたまり動きが鈍くなっている。

 長引けば長引くほど、ジャスティンの劣勢が進むだけだった。


「ぐあっ」


 とうとう古代ゴーレムの攻撃がジャスティンに命中した。

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