第141話 神殿内部⑩

 ガラスが割れるような音と共に魔法陣が砕け散った。

 同時に絡みついていた無数の石のつるも消滅する。


「母ちゃん!」

 倒れ込むマリーにジャスティンがもつれながらも駆け寄った。


「なっ、なっ、何が起こったのだ!? どうしたのです!?」

 エイブラムは悲鳴のような声を出し、視線をそこかしこと動かす。


 俺とジャスティン以外は皆、メイベルさえもその場に倒れ込んでいた。

 ただ、HPはさほど減っていないので俺は安堵する。


「も、もう一度だ! 大いなるラピストリの古代魔法よ、その力をお見せなさい!!」


 エイブラムの声に反応するものはない。


「どうなっているのです!? ここは古代魔法の魔法陣が刻まれた生贄の間。魔力を流し込むだけで起動するはずです!」


「どうやら、生贄の間とやらに、不具合が生じたようね」

 マリーがジャスティンの肩に抱えられながら立ち上がった。


「勇者マリー……まだ意識がありましたか……」


「はん、甘くみるんじゃないよ。と言いたいところだけど、まさか勇者の力が押さえ込まれるなんて驚いたわ……」


「ふん、それはそうです。勇者と言っても所詮は人間。ラピストリ文明が辿り着いた古代魔法は神の領域ですので、あなたでも抗えるものではありません! むしろこれだけ生命力を奪われて意識のあるあなたに驚きです」


「褒められても少しも嬉しくないね。そんなことより、あんたの思惑はここまでみたいだけどどうする? ラピストリとやらの力が何故か破壊されたようだけどさ」


「くっ……」


 エイブラムは俺たちの様子を窺うように見回す。

 ほとんどが意識を取り戻し、みな立ち上がり始めている。意識のない第三王子がもっとも容態が悪そうだが、HPは四分の一ほど残っているので大丈夫だろう。


「こ、降参するんだ、エイブラム!」

 騎士のオリヴァーが足を引きずるように前へ出てきた。


「降参ですと? なぜ私が降参しなければならないのです」


「もう、これ以上罪を重ねるのをやめるんだ。犯した罪は償わなければならないが、最後に王国への忠誠を見せ、自ら降参しないか?」


 オリヴァーの表情から怒りは読み取れない。むしろ寂しそうな眼をしている。

 二人は同じシェミンガム王国の騎士と魔導士のトップ。当然知らない仲ではないはず。


 もしかしたらずっと友人だったのかもしれないと思うと、冷静な騎士団長が度々感情的な行動を見せたのも頷ける気がしてきた。


「世界最強の騎士が甘いですねえ。……だからこういうことになるのです! 見なさい、人間以外の下等な種族がはびこるこの世界を!」

 エイブラムは明らかに俺やジャスティン達を見ている。


「エイブラム……貴様まさか、まだ三十年前のことが忘れられないのか? 先の戦争で両親を亡くし、まだ魔族を恨み続けているのか?」


 オリヴァーの言葉にエイブラムは言葉をつぐむ。


「だと言うなら逆ではないのか? 戦争を二度と起こさないためにも、種族の垣根を越え共生していくことが大事なのではないのか!?」


「これ以上話すことはありません……。必要な生命力は十分奪いました。あなた達にはここで死んでもらいます」


「ま、待てエイブラム! これ以上抵抗すると言うなら、俺はこの剣でお前を止めなければならない!!」


 オリヴァーは剣を上へ掲げた。


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 アイテム名 エバーディーン

 装備レベル 45

 種別 武器

 属性 光

 攻撃力 333

 防御力 -

 特殊効果

  正義の心が強いほど装備者の全ての能力が大きく上昇する

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「聖剣エバーディーン……王都と同じ名を持つ王国の至宝。騎士オリヴァーを世界最強の騎士と言わしめているのが、あなたの強い正義感とその剣でしたね」


「そうだ! 私はこの剣に誓ったのだ! 王国の平和を乱すものがいたら、たとえ誰であろうとこの剣で打ち砕くと! それが幼き頃から一緒に育った友人であろうとも!!」


「その矜持きょうじ、とても素晴らしいものです。それでこそ我が友人。ですが……それでは駄目なのです。それでは、この力の前では無力に等しいのですよ! あなたにも見せてあげましょう! 私の研究成果を!!」


 広間の中にいた宮廷魔導士たちが、一斉に何かを呟き始めた。

 同時に禁呪の違和感に襲われる。俺は盾になるため、すぐに前へ進み出ようとした。


「皆さん下がってください! ここは俺が……ん??」


 違和感が違った。


 禁呪を使おうとすると、俺やメイベルはそれを違和感として感じ取ることが出来る。

 そしてそれは禁呪の種類によって微妙に違うと、先ほどの戦闘から気づいていた。


「皆さん、警戒してください! 今までと違う禁呪です!」

 俺はそう言いながら最も信頼しているメイベルに目で合図し、防御の準備を促した。


 メイベルは錫杖を構え魔法の準備をする。

 他の者たちも身構えながら、宮廷魔導士たちが何をするのか様子を窺っている。


「どうやって先ほどの部屋から生き残ったのか分かりませんが、あれは一瞬で終わる使い捨ての禁呪。一度唱えれば数秒で死んでしまう未完成の魔法でしたからね。うまく攻撃をかわしたのでしょう」


 エイブラムがエルキュールに視線を送りながら言った。

 英雄が何とかしたとでも思っているようだ。


「しかしこれは違います。私が完成させた古代魔法。時間制限なんてなく、半永久的に動くのです!! ヒィーーーヒッヒッヒッヒ!」


 宮廷魔導士たちの足元に一つの魔法陣が出現する。


 禁呪の違和感がさらに強まると、メイベルがいつもより早口で言った。

「ゲオ、勇者を早めに回復させておかないとヤバいかもしれないぜ」


 俺も同じことを思ったが、今はメイベルには何が起きても対処できる準備をしてもらう必要があった。

 あとは俺が何とかするしかない。


 そう思っているうちに、宮廷魔導士たちが魔法陣に吸い取られていった。

 生命力を奪う。エイブラムの言葉が頭に浮かんだ。


 みるみるうちに宮廷魔導士たちが消えていくと、代わりに魔法陣から巨大なゴーレムが姿を現した。


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 名前 古代ゴーレムA

 レベル 125

 種族 古代ゴーレム

 HP  13185/13185

 MP  4094/4094

 攻撃力 5419

 防御力 5583

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