第137話 神殿内部⑥
「ひゃゃゃぁぁぁーーー!!」
宮廷魔導士の一人が禁呪を発動させると、奇声をあげながらジャスティンへ飛び掛かってきた。
レベルは100を超えている。
神官たちが使用した禁呪とは違う、あの忌まわしい禁呪だ。
「任せな! アルティメットシールド!!」
メイベルが直ぐに防御魔法を展開し、宮廷魔導士の攻撃を防いだ。
「お、おっさん……今のってまさか……」
ジャスティンは攻撃後に屍と化した宮廷魔導士を見下ろしながら俺に尋ねた。
「はい、今のは魔族相手に使ったものと同じ禁呪です。神官たちと違い宮廷魔導士はあの禁呪を使用するようです」
「やっぱりそうかよ……。おい、てめえら! そんな魔法を使うのはやめろ! 自分が死んじまう魔法使ってもしょうがねえだろ!!」
「ジャスティン。キミの気持ちも分かるけど、彼らに声は届いていないようだ」
エルキュールがジャスティンの肩を抑えた。
宮廷魔導士たちはとても正気には見えなかった。顔色は悪く表情はうつろで目の焦点が合っていない。
ジャスティンの声にも無反応でコミュニケーションをとれるような状態ではなさそうだ。
「それよりもゲオっち。彼らが使っているのは最上級魔族を倒した、あの禁呪で間違いないかい?」
「はい。瞬間的なレベル上昇は100近くあり、使用した宮廷魔導士のHPは0まで減っていますので」
「そっか……。メイベルちゃん、彼らが全員同じ禁呪を使っても耐えられるかい?」
「全員無傷で防ぐのは無理だね。あの攻撃を完全に防ぐ防御魔法はアタシでも一つしかない。消費MPが多く連続で唱えられないし、数が多すぎるぜ」
この広間に留まっている宮廷魔導士は二十人程度。
彼らから感じる違和感を考えると、全員禁呪を使うと思ってよい。
それを感じ取ったうえでメイベルは言っているのだろう。
「なら、ここは一度撤退した方が良さそうだね。あれと戦うのは危険すぎる」
「我らもエルキュール殿の意見に賛成じゃ」
「シェミンガム国王。――――アルアダ国王も賛成かい?」
「はい、エルキュール様。先ほどの攻撃、聖女様が防いでおられなかったら、一撃で戦士たちの半分が死んでいたでしょう。悔しいですが、ここは我らがどうにか出来る戦場ではございません」
「何言ってんだよ!」
ジャスティンがアルアダ国王を怒鳴りつけた。
「あの奥に母ちゃん達がいるんだぜ!? あんたの息子がいるって言ってんだ! ここで引き下がるわけにいかねえだろ!!」
「ジャスティン殿。君の言う通りだけど、王国の戦士たちを、未来ある君達をここで失うわけにはいかないのだよ」
「ふざけんな! 俺は諦めねえ! 俺は一人でも行くぜ!!」
ジャスティンが周りを押しのけ、宮廷魔導士たちへ向かって歩き出そうとした。
「お待ちください、ジャスティン殿!!」
ジャスティンの前を、魔族のディルクが遮った。
「じいさん、止めても無駄だ。どいてくれ」
「どきません」
「……どけよ」
「どきません」
「どけって言ってんだろ! あいつらをあのまま放置して戻れってのか!?」
「そんなわけございません! あれは我が息子の命を奪った禁呪です!!」
「じ、じいさん……」
そうだった。
俺たちが初めて禁呪を見たのは、最上級魔族のバルトルトが、ディルクの息子が殺された時。
あの禁呪を許せないのは、この場にいる誰よりもディルクのはずだった。
「しかし、そちらの国王が仰っていることも正しい。未来あるジャスティン殿たちをここで犠牲にするわけにはいきません」
「だけどよ……」
「どうか、ここは私めにお任せください。この老体、この時のために皆さまについて参りました」
ディルクは膝を着き、ジャスティンへ頭を下げた。
「何言ってんだよ……。任せろって、いくら上級魔族でもじいさん死んじまうぜ……」
「私は飛べますゆえ、彼らをかく乱することが出来るでしょう。もちろん一発でも当たれば死にますが、うまくやればそれまでに半分ぐらいは禁呪を使わせることが出来るのではないかと」
「何だよ、それ……。じいさんが死ぬこと前提になってんじゃねえか……」
「あれが相手となると、それは誰がやっても同じことでございます。それならこの老体が引き受けるのが道理。どうか私に、息子の仇をとる機会をお与えください」
ディルクは顔を上げ、優しい笑顔を見せた。
ジャスティンはそれを決して許すことはないだろう。
しかしディルクも引き下がることはない。
皆がそう分かっていたので、誰も割って入ることが出来なかった。
俺は無意識に歩きだしていた。
俺が戦うと関係のない周囲まで破壊してしまうので戦わない。俺はそう言い訳をして戦闘は傍観してきた。しかし、本当はそうじゃなかった。
もちろん、そういう理由もあったが、一番ではない。
俺は戦うのが怖かった。戦って、この世界で存在してはいけないものだと気づかれるのが恐ろしかった。
世界の異物として皆に拒絶され、居場所を失いたくなかったのだ。
「ジャスティンもディルクさんも申し訳ない。ここは俺に任せてください」
だが今は、戦って皆を守る理由の方が強かった。
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